非国民

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非国民(ひこくみん、旧字体: 非國民)とは、自国で「国民に非ざる振る舞いをする」とされる人物を指す日本語蔑称である。

概要[編集]

近現代の日本(とりわけ日清戦争からアジア太平洋戦争に至る時期)において、反国体的・反戦的な活動・言論を行う者や、政府の方針に従わない者などに対して、特定の思想・価値観に基づいて用いられてきた、強い憎悪・非難・侮辱などを含意する表現。もともと日本国籍のない外国人を表す言葉ではない。

歴史[編集]

第二次世界大戦前[編集]

この用語が用いられた初期の事例としては、日清戦争後、日本主義・ロマン主義に傾倒した小説家の高山樗牛による「非国民的小説を難ず」(1898年4月『太陽』)がある。1904年日露戦争期に「君死にたまふこと勿れ」を詠んだ与謝野晶子やその他の反戦派も「非国民」として侮蔑された。

1925年制定の治安維持法に見られるように、戦前日本においては国体または私有財産制を否定するような結社およびそれを支援するような言動が違法化され取り締まりの対象となっており、実質的に思想・信条の自由に大きな制約があった。

第二次世界大戦中に、戦争遂行に協力しない・不十分な者、果ては生活に不満を漏らす者などに使用され、他にも不満や欲求の表明を抑圧するような各種標語が唱えられた(例:「日本人ならぜいたくは出来ない筈だ」「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵だ、まず不服を言いますまい」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」「お前は日本人か、その姿で」など)[1]。戦時体制に順わない者・具体的に反戦を唱える者は近隣住民から「非国民」呼ばわりされ迫害されることもあった。

また太平洋戦争期には日本政府も「非国民」という言葉を用いた。例えば内閣情報局による「家庭防空の手引き:我等は総て国土防衛の戦士」『週報』では、本土空襲があった場合、隣組による消火活動に協力しなかったり(防空法で禁じられた空襲予告地域からの逃亡など)、事前に買いだめをしたりすることなど、つまり自分や自分の家族の安全・生活を戦争遂行のための集団行動よりも優先させるような姿勢を持つことを、「非国民的」などと述べている[2]

第二次世界大戦後[編集]

戦後は民主化とともに、「非国民」の用語は半ばタブー視された。日本国憲法第19条は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」として、思想信条の自由を保障している。また法的には22歳以上の日本人が自らの意志で外国籍を取得した場合を除いて、日本国籍を剥奪されることはない[3]。たとえ政府の方針を批判しようが戦争反対を唱えようが、そうした個人の思想・価値観をもって法的制裁を受けることはなくなった。逆に、特定の他人を「非国民」呼ばわりして精神的苦痛を与えた場合、侮辱罪名誉毀損罪等が問われる可能性がある。

戦前の翼賛体制を批判して不敬罪に問われた経験をもつ尾崎行雄(元衆議院議員・1898年-文部大臣・1903年-東京市長・1914年-司法大臣)は、1948年に世界連邦建設同盟(現・世界連邦運動協会)を創設し、肯定的・積極的な意味合いで「非国民たれ」と主張した[4]

今日ネット上では、スポーツの国際試合で自国の代表を応援しなかったり試合自体を見なかったりする程度のことをもって「非国民」と呼ぶような、軽い意味で使われることもある。また税法の抜け穴を利用して外国のタックスヘイブンなどで資産運用した者が「非国民」と罵られたこともある[5]

注釈[編集]

  1. ^ 国立昭和館・展示品。画像amanaimages
  2. ^ 情報局(内閣)『週報』(1941年9月3日号)「家庭防空の手引き:我等は総て国土防衛の戦士」7, 42
  3. ^ 法務省:国籍選択について
  4. ^ 世界連邦運動・高知
  5. ^ 朝日新聞(2016年7月24日)

関連項目[編集]