遷移元素

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遷移元素(せんいげんそ、transition elements)とは、周期表第3族元素から第11族元素の間に存在する元素の総称である[1][2]遷移金属(せんいきんぞく、transition metals)とも呼ばれる。第12族元素(亜鉛族元素、ZnCdHg)は化学的性質が典型元素金属に似ており、またイオン化してもd軌道が10電子で満たされ閉殻していることから日本では一般に典型元素に分類されるが、遷移元素に分類される例も多く見られる[3]

遷移元素の単体は一般に高い融点と固さを有する金属である。常磁性を示すものも多い。コバルトニッケルのように強磁性を示すものも存在する。

また化合物や水和イオンが色を呈するものが多い。種々の配位子錯体を形成することができ、触媒として有用なものも多い。

歴史[編集]

メンデレーエフの短周期表。まずVIII族元素が遷移金属と呼ばれるようになる。
IUPAC分類に従い3族から11族までを遷移元素とした長周期表。

ドミトリ・メンデレーエフが周期表(短周期表)を作成した当時はまだ希ガス同定されておらず、今日の第3族–第7族元素で発見されているものも少なく、また発見されていたものが多い第8–第10族元素に属する元素であっても1つの族(VIII族)にまとめられていた。というのも、短周期表を区分する物性や化学的性質は、s電子p電子など、主に最外殻電子の性質に由来するものであり、d電子f電子などの内殻電子の構成に由来する元素の変化は目だって現れなかったためである。メンデレーエフは原子量順に並べると、化学的性質の異なるVII族とI族の間に、性質の似通った3つの元素の組から構成されるVIII族元素が配置できることを見出し、これら金属元素は19世紀の最終四半世紀ごろからVII族とI族を繋ぐ元素グループという意味で「遷移金属」(de:Übergangsmetalle/en:transitional metal)と呼ばれるようになった[3]

その後第3族–第7族元素の発見により周期表も改良され、今日の第1・2および12–18族元素から構成される典型元素(短周期族名の後にAをつけて区別する)と第3族–11族元素から構成される遷移元素(短周期族名の後にBをつけて区別する)が短周期表の中で分類されるようになった。

その後、量子化学により元素のもつ電子殻の構造が理解され、K、L、M電子殻やそれを構成するs、p、d、f電子軌道など電子ブロック分類に基づく長周期表や拡張周期表で元素が分類されるようになり、第3–第11族元素を指して「遷移元素」と呼ぶようになった。

特徴[編集]

遷移元素は典型元素とは異なりd軌道あるいはf軌道が閉殻になっていない。そして原子番号の増加によって変化するのは主に、d軌道ないしはf軌道電子である[4]

s軌道ないしはp軌道電子においては、主量子数の小さい軌道は大きい軌道を超えて外側にほとんど分布しないのに対して、d軌道ないしはf軌道電子はより主量子数が大きいs軌道、p軌道の内側にも外側にも分布する。この性質は遷移元素の特徴に大きく影響を与えている。

d軌道ないしはf軌道電子が, より主量子数の大きいs軌道の外側にも分布するということは、そのs軌道電子に対する核電荷遮蔽(しゃへい)の効果が弱いことを意味している。その為にd軌道ないしはf軌道が閉核でない元素では, s軌道準位が, それより主量子数の小さいd軌道あるいはf軌道よりも低くなる。この効果により、遷移元素では原子番号の増加に対して、s軌道よりもエネルギー準位の高いd軌道やf軌道が変化することになる[5]

d軌道ないしはf軌道の外部にも広く分布する電子が多数存在するという性質は、金属結合に関与しうる電子が多いということも意味する。その多数の電子が結合力を増大させるため、遷移金属では典型元素金属に比べて融点が高いものが多く、とりうる酸化数も多数存在することになる。

遷移元素においては第4・第5周期はd軌道に電子が存在するが、第6・第7周期にはd軌道とf軌道に電子が存在することになる。このことは、ランタノイド系列やアクチノイド系列が存在するという理由以上には電子配置や核遮蔽による準位への影響度合いが、第4・第5周期の場合と第6・第7周期の場合とでは異なることを意味する。したがって、典型元素では同じ族の元素の性質が似通っていたのに対して、遷移元素においては第4・第5周期と第6・第7周期とでは性質が異なる場合もしばしば見られる。

むしろ同じ周期であれば、s軌道電子の構造が等しい隣接する族と性質が似通う面も多く、三組元素の鉄族元素白金族元素のように同じ属だけではなく、同じ周期でも区分される場合もある。

遷移金属[編集]

遷移元素は全て金属元素であるが、d軌道またはf軌道など内殻に空位の軌道を持つため、典型元素の金属とは異なる化学的性質を持つ。そのため、これら金属元素は「遷移金属」とも呼ばれる。

例えば、内殻のd軌道に安定な不対電子を持つことが可能なため、遷移金属の多くは常磁性であったり、複数の酸化数をとることが容易である。あるいはd軌道はさまざまな配位子と結合して、同じ元素でも多様な錯体を形成する。

一方、内殻軌道が閉殻の亜鉛カドミウム水銀亜鉛族元素)は電子配置も化学的性質も典型元素の金属に近いので遷移元素とはされない。

遷移元素の電子配位一覧[編集]

第一遷移元素(3d遷移元素)
元素記号 元素名 電子配位(基底状態、中性原子)
Sc スカンジウム 3d4s2
Ti チタン 3d24s2
V バナジウム 3d34s2
Cr クロム 3d54s
Mn マンガン 3d54s2
Fe 3d64s2
Co コバルト 3d74s2
Ni ニッケル 3d84s2
Cu 3d104s
Zn 亜鉛 3d104s2
第二遷移元素(4d遷移元素)
元素記号 元素名 電子配位(基底状態、中性原子)
Y イットリウム 4d15s2
Zr ジルコニウム 4d25s2
Nb ニオブ 4d45s1
Mo モリブデン 4d55s1
Tc テクネチウム 4d55s2
Ru ルテニウム 4d75s1
Rh ロジウム 4d85s1
Pd パラジウム 4d10
Ag 4d105s1
Cd カドミウム 4d105s2

第三遷移元素は、ランタン(La)から(Au)までの元素をいう[1][6]

第三遷移元素(4f遷移元素)
元素記号 元素名 電子配位(基底状態、中性原子)
La ランタン 5d16s2
Ce セリウム 4f15d16s2
Pr プラセオジム 4f36s2
Nd ネオジム 4f46s2
Pm プロメチウム 4f56s2
Sm サマリウム 4f66s2
Eu ユウロピウム 4f76s2
Gd ガドリニウム 4f75d16s2
Tb テルビウム 4f96s2
Dy ジスプロシウム 4f106s2
Ho ホルミウム 4f116s2
Er エルビウム 4f126s2
Tm ツリウム 4f136s2
Yb イッテルビウム 4f146s2
Lu ルテチウム 4f145d16s2
Hf ハフニウム 4f145d26s2
Ta タンタル 4f145d36s2
W タングステン 4f145d46s2
Re レニウム 4f145d56s2
Os オスミウム 4f145d66s2
Ir イリジウム 4f145d76s2
Pt 白金 4f145d96s1
Au 4f145d106s1


第四遷移元素は、アクチニウムからレントゲニウムまでの元素をいう[1][6]

電気伝導性[編集]

遷移金属とも呼ばれるように、遷移元素は単体では良導体であるが、酸化物になると配位数や格子間距離などに応じて、様々な電気的特性を示す。

例えば PrNiO3 や NdNiO3 は低温では絶縁体であるが、室温になると金属になる。これらは典型的なモット絶縁体であり、低温では価電子Niサイトに局在している。しかし、温度が上昇するとPrNdのイオン半径が増加するため、結晶構造に歪みが生じる。これにより、Niサイトに局在していた電子が波動性を回復して結晶全体に広がり、金属に転移する。

磁性[編集]

遷移元素において安定な不対電子が存在しやすい性質は、磁性を持つ元素が多数含まれることの理由の一つとなっている。すなわち、典型元素では最外殻の不対電子は他の原子と共有結合することで安定化し不対電子の磁気的性質が容易に打ち消されるのに対して遷移金属では不対電子を持つ単体やイオンが安定である為に典型元素に比べて磁気的性質を発現するものが多い。

また電子配置の面だけでなく、磁性は結晶構造や錯体構造とも密接な関連があり、このことが多様な構造を持つ遷移元素においてさまざまな磁気的性質を発現する要因にもなっている。

触媒活性[編集]

遷移元素は良い均一系・不均一系触媒となりうる。例えば鉄はハーバー・ボッシュ法の触媒である。また、酸化バナジウム(V)硫酸製造の接触法に、ニッケルはマーガリン製造の水素添加に、白金は硝酸製造に、それぞれ用いられる。遷移元素は反応中にさまざまな酸化状態をとりながら錯体を形成し、活性化エネルギーの低い経路を提供する。

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遷移元素化合物の水溶液。左から
Co(NO3)2 (赤)、K2Cr2O7 (橙)、K2CrO4 (黄)、NiCl2 (緑)、CuSO4 (青)、KMnO4 (紫)

は電場と磁場の振動であり、その振動数が異なると、目を通して違った色として認識される。色の変化は、ある物質に入射した光が反射・透過・吸収されることによって起こる。遷移元素のイオンや錯体は、その構造に由来してさまざまに着色している。同じ元素であっても構造が違えばその色は異なる。例えば7価のマンガンのイオン MnO4 は紫だが、Mn2+ は薄い桃色である。

遷移元素の錯体では、配位子が化合物の色を決定する要素となる。これは配位によってd軌道のエネルギーが変化するためである。配位子が遷移元素イオンと結びつくと、縮退していたd軌道は高エネルギー準位の組と低エネルギー準位の組に分かれる。配位子を持つイオン、つまり錯体に光を当てると、低エネルギー準位にあった電子が高エネルギーの準位に移動する(遷移する)。このとき吸収される光が色として認識される。吸収される光はエネルギー準位の差とちょうどエネルギーを持つものに限られるため、準位差の違いは吸収する光の波長、すなわち色の違いとして現れる。

錯体の色は以下の要素によって決まる。

  • 中心となる遷移元素イオンの性質、特にd電子の数。
  • 中心イオンの周りの配位子の位置。幾何異性体は異なる色を示すことがある。
  • 配位子の性質。強い配位子が結合すると、エネルギー準位の分裂幅は大きい。

亜鉛の場合、3d軌道がすべて満たされているため低エネルギーのd軌道から高エネルギーのd軌道への遷移が起こらない。そのため亜鉛の錯体は無色である。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c (英語) transition element IUPAC. Compendium of Chemical Terminology, 2nd ed. (the "Gold Book"). Compiled by A. D. McNaught and A. Wilkinson. Blackwell Scientific Publications, Oxford (1997). XML on-line corrected version: http://goldbook.iupac.org (2006-) created by M. Nic, J. Jirat, B. Kosata; updates compiled by A. Jenkins. ISBN 0-9678550-9-8. doi:10.1351/goldbook.T06456.
  2. ^ IUPAC REDBOOK p.43:IUPAC Nomenclature of Inorganic Chemistry. Third Edition, Blackwell Scientific Publications, Oxford, 1990.
  3. ^ a b (英語) Jensen, William B. (2003). “The Place of Zinc, Cadmium, and Mercury in the Periodic Table”. Journal of Chemical Education 80 (8): 952–561. doi:10.1021/ed080p952. http://www.uv.es/~borrasj/ingenieria_web/temas/tema_1/lecturas_comp/p952.pdf. 
  4. ^ 原子番号増加でs軌道、d軌道ないしはf軌道電子が変化する箇所も存在する
  5. ^ d軌道やf軌道が閉殻の場合は核遮蔽が強く、準位が高くなったs軌道電子が変化する
  6. ^ a b Chapter_7._d-Metal Complexes

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • F.A.Cotton, G.Wilkinson, C.A. Murio, M. Bochmann, "Advanced Inorganic Chemistry", 6th Ed., 1999. ISBN 0-471-19957-5.