談合試合

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談合試合(だんごうじあい)とは、片方もしくは双方の競技者もしくはチームが、あらかじめ申し合わせた結果になるように競技を行うこと。八百長の一種である。

概要[編集]

スポーツ競技においては、相手競技者もしくはチームに勝利することが最大の目標であるが、例えばリーグ戦で試合結果次第では当該両競技者・チームとも次の段階へ進める場合、その下にいる競技者・チームを蹴落とす目的で、両チームとも次段階へ進めるように、あらかじめ申し合わせて結果を操作することがある。これがいわゆる談合である。

また、一方の競技者もしくはチームが、相手競技者もしくはチームに敗北するように結果を操作することもある。この場合は特定の競技者やチームをアシストして、別の特定競技者・チームの優勝を阻止する目的で行われるケースが多い。

ただ、仮にそのような結果になったとしても、その試合が談合であったことを証明するのは難しい場合が多い。

また、こうした行為が制度上明確に禁止されていることはまれである。このため「不正」とみなすべきか「合理的な戦術」と考えるべきかは議論の残るところである。

談合疑惑が持たれた試合[編集]

サッカー[編集]

各チーム2試合を終えた段階で、オーストリアが2勝、西ドイツ・アルジェリアが1勝1敗、チリが2敗という展開であった。第3試合目はまずアルジェリア対チリが行われ、アルジェリアが3-2で勝利を収めたが、オーストリアと西ドイツはアルジェリアとチリよりも後に試合を行うという日程だったため、西ドイツは勝てば2次リーグに進むことができ、オーストリアも勝利・引き分けは勿論敗戦でも2点差以内なら2次リーグに進むことができた。それをいいことに、両チームの最終戦は西ドイツが前半7分に先制すると、残り83分間両チームは攻める気配を見せず、そのままタイムアップした。結果、西ドイツとオーストリアが2次リーグに進出し、アルジェリアは1次リーグで敗退した。
試合後、アルジェリアはFIFAに提訴したが訴えは却下された。だが、後の大会から1次リーグの同一組の最終戦は同時刻に開催することが決定した。
最終戦を前に、ブルガリアを除く3チームに決勝トーナメント進出の可能性が残されていたが、デンマークとスウェーデンは双方が2得点以上かつ引き分けであれば、自動的に両チームとも決勝トーナメントに進めることになっていた。展開こそ談合が行われたとは考えにくかったものの試合は2-2の引き分けに終わり、デンマークとスウェーデンが決勝トーナメントに進み、残るイタリアは敗退した。
その後イタリアサイドが訴えるも、提訴は却下された。

バレーボール[編集]

最終日5月27日の第1試合でタイがキューバに3-1で勝利し、この段階で残された2つの出場枠のうちタイ、日本、セルビアの3チームにオリンピック出場の可能性が残されていた。第3試合の日本対セルビア戦では、セルビアは勝てばオリンピックに出場することができ、日本は負けても2セットとることができればオリンピックに出場することができた。結果はセットカウント3-2でセルビアが勝利し、セルビアと日本はオリンピック出場を決め、タイは予選敗退したため、セルビアと日本の間で談合があったのではないかという疑いが持たれた。
この件に関して国際バレーボール連盟は調査を行ったが不正は行われなかったと結論付けた。しかしこのような疑惑が起こるのを防ぐために、2016年オリンピック以後の出場国予選のシステムについては変更を行うこととした[1][2][3]

野球[編集]

1936年秋季のシーズン優勝の決定方式は、6つの大会を開催し、それぞれの大会での優勝チームに勝ち点1を与え(2つ以上のチームの同率優勝の場合は均等に分配)、シーズンを通じて最も多くの勝ち点を得たチームを優勝とするというものであった。5大会を消化した時点で東京巨人の勝ち点が2.5、大阪タイガースが2となり、この2チームにシーズン優勝の可能性が絞られたなか、最後の第2次東京大会が開催される。この大会は7チームがそれぞれ6試合を戦う総当たり戦であったが、巨人は早々につまずき、12月3日の試合終了時点で1勝2敗、この大会での優勝の可能性はほぼ消滅した。大会優勝の可能性を残していたのはタイガース(この時点で3勝1敗)、阪急(同4勝0敗)の2チームである。もしタイガースがこの大会で単独優勝を果たせば勝ち点1を加えて3となり、その時点でシーズン優勝が決定してしまう。巨人にとって自らのシーズン優勝の可能性に望みをつなぐためには、阪急をアシストしてタイガースの優勝を阻止するしかないという状況にあった。
そして行なわれた12月4日の試合、巨人は0-3で阪急に敗北する。日本プロ野球史上において、談合試合と目されている唯一の試合である。
結局この大会でタイガースと阪急は同率優勝を果たし勝ち点0.5ずつを獲得、年間勝ち点2.5でならんだタイガースと巨人によってシーズン優勝決定戦が行なわれ、それを制した巨人が日本プロ野球史上初のシーズン王者に輝いた。
「優勝のための唯一最善の方法が談合試合だった」というこのエピソードは、日本のプロ野球がその草創期において、リーグ戦の運営に不慣れなまま試行錯誤を繰り返していたことを物語るものである。翌シーズンからまた優勝決定方式は改められ、それ以来日本のプロ野球において、談合試合の可能性のある試合は行なわれていない[注釈 1]
1984年の前期リーグ(1988年までは2シーズン制であった)を制覇した三星は、後期リーグは相手を待つ立場になっていた。その後期リーグの優勝の行方はOBとロッテに絞られていたが、この年までの三星はOBとの相性が今一つで、逆にロッテとは相性が良かった。
ロッテがOBを1ゲーム差でリードして迎えた9月22日、三星はこの日からのロッテとの2連戦で連敗するとロッテの優勝が確定する状況であるのをいいことに、談合を犯すこととなる。初戦では4回までに9点を挙げるが、試合中にOBの勝利が報じられるや、不可解な投手交代・相手チームの盗塁の不阻止・意図的とも思える盗塁死を犯し、最後はゴロを捕った後に悪送球という形で9-11で敗北した。さらに翌9月23日も主力を外して7-15で敗れ、世間から大バッシングを受けることとなった。
そして三星の思惑通りロッテは後期を制覇し、この年の韓国シリーズでも第5戦までで三星が3勝2敗とリードしていたが、第6, 7戦を落として韓国チャンピオンを逃すこととなる。
その結果、三星は2002年に韓国シリーズを制覇するまで、長年にわたりダーティーイメージが付きまとうこととなった。また、KBOは数度にわたり韓国シリーズ進出の制度変更を余儀なくされた。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 談合試合とは言われなかったが、2004年から3年間実施されていたパシフィック・リーグプレーオフでは、最初の2年間は1位のチームが2チームある場合は第1ステージは行わない制度であったため、談合試合を行わなければプレーオフに進出できないケースが生じる可能性があった。例えば3位が確定した丙が、敗れれば乙との同率1位が確定する甲と対戦した場合、丙が勝利すると甲・乙が同率1位となって丙は出場できなくなり、逆に甲が勝利すると甲1位・乙2位・丙3位となり、丙は甲に敗れることでプレーオフに出場できることになる。このケースは起こらなかったがこれに近いケースはあった。2005年9月24日、西武ライオンズ(現:埼玉西武ライオンズ)は福岡ソフトバンクホークスに勝利し、3位を確定した。この時点で首位ソフトバンクは133試合86勝45敗2分、2位のロッテが133試合83勝48敗2分であり、それぞれ残り試合は3試合であった。ソフトバンクが残り3試合に全敗し、ロッテが残り3試合に全勝した場合、ソフトバンクとロッテが86勝48敗2分けの同率首位で並ぶことになるため西武のプレーオフ出場は決まらなかった。翌日も西武はソフトバンクと対戦したが、この試合、西武はソフトバンクに勝ってもプレーオフ出場は決まらず、引き分けか負けるとプレーオフ出場が決まるという状況となった。結局この日の西武はソフトバンクに2-4で敗れ、ソフトバンクの単独首位が決定、西武のプレーオフ出場も決まった。このこともあってか、最終年および後継となるクライマックスシリーズでは、そうした事態が発生しないよう制度が改定された。[4]

出典[編集]

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関連項目[編集]