萱島大介

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萱島 大介
Daisuke Kayajima
Cycling (road) pictogram.svg
個人情報
本名 萱島 大介
かやじま だいすけ
生年月日 (1980-01-06) 1980年1月6日(38歳)
国籍 日本の旗 日本
身長 180 cm[1]
体重 80 kg[1]
チーム情報
所属 日本競輪選手会大分支部
期別 99期
分野 競輪
役割 選手
アマ所属チーム
2009
別府愛好会
グランツール最高成績
最終更新日
2012年6月3日
萱島 大介
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大分県東国東郡国東町(現:国東市
生年月日 (1980-01-06) 1980年1月6日(38歳)
身長
体重
180 cm
74 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 遊撃手二塁手外野手
プロ入り 2002年 ドラフト11巡目
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

萱島 大介(かやじま だいすけ、1980年1月6日 - )は、大分県出身で日本競輪選手会大分支部所属の競輪選手、元プロ野球選手内野手)。

経歴[編集]

野球選手時代[編集]

国東高校福岡大学を経て社会人野球ローソンに進むが、2002年シーズンオフにローソン野球部が休部になり、同年10月に阪神タイガースの入団テストを受験。50 m走5秒7、ベース一周 (109.728 m) では当時5年連続盗塁王だった赤星憲広の記録13秒6を上回る13秒29と俊足をアピールし[2]、この年のドラフト11巡目で阪神に指名され入団した。このドラフトではローソンの同僚新井智が9巡目、伊代野貴照が10巡目でそれぞれ指名され阪神に入団している。

当初は左打ちだったが、2005年にはその俊足を生かすため、スイッチヒッターに転向した。守備では遊撃手二塁手など内野を守っていたが、俊足を活かして外野守備につくこともあった。赤松真人とともに期待される俊足若手選手の一人であったが、打撃力に課題があり一軍出場を果たせず、2006年10月6日、現役を引退した。

2007年から2008年まで阪神二軍のスタッフ・用具係を務めていたが、競輪選手を目指すため退団した。

競輪選手時代[編集]

2008年末に地元大分に帰り、元S級選手の三好林太郎に師事[3]2009年7月17日、日本競輪学校第99期一般入学試験(適性試験)に合格した[4]。同年11月25日に入学。

2010年10月15日、同校を卒業。在校競走成績は77戦5勝で第77位[5]。同年11月1日付で競輪選手登録された。

2011年1月1日、玉野競輪場でデビュー(8着)。同年1月27日、防府競輪場の第1レースでプロ初勝利を挙げた。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

  • 一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 68 (2003年 - 2006年)

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]