日本競輪学校

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日本競輪学校
Nihon Keirin Gakkou 20110919.jpg
基本情報
所在地 静岡県伊豆市大野1827
座標 北緯35度0分7.7秒
東経139度0分23.5秒
座標: 北緯35度0分7.7秒 東経139度0分23.5秒
開設 1950年(昭和25年)9月15日
1968年7月10日現在地に移転
所有者 公益財団法人JKA
走路 南400m
(北400m・333m・250)[1]m
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日本競輪学校(にほんけいりんがっこう)とは、静岡県伊豆市(旧修善寺町)に所在する、日本における競輪選手を養成するための研修施設である[2]。略称は競輪学校(以下、競輪学校で統一する)。校長は滝澤正光(第23代・2010年4月より。名誉教諭兼務)。

概要[編集]

競輪選手になるためには、国家試験である競輪選手資格検定に合格しなければならない。競輪学校とは、その資格検定の合格(競輪選手)を目指す人に対し、指導・教育を行う施設である。競輪学校の入学試験に合格した者は、同校で1年程度(101期以降の現状は、毎年5月入学・翌年3月卒業)[3]の訓練を受けることとなる。

なお、資格検定の受験資格には「競輪学校」に関する項目はないため、実際には競輪学校に入学せずとも競輪選手になることは可能である。ただ、競輪学校へ入学せずに合格することは非常に厳しく、競輪選手になるためには、まず競輪学校の入学試験に合格し、同校で学習・訓練を受けることが大前提となっている[4]

また、競輪における走路審判員(JKAの職員)の養成および研修も、競輪学校にて行われている。

募集要綱と試験[編集]

競輪学校の募集要綱では、男女とも受験資格として以下の事項が定められており、以下の条件を満たした受験者に対し、年に1回入学試験が行なわれる(現在の内容は第101期(男子)・第102期(女子)受験者より適用のもの)

  • 日本国内に居住する者(国籍は不問)で、入学予定日の時点で満17歳以上の者(年齢の上限は無し)
92期までは受験時に満24歳未満という年齢制限もあった。93期以降は満24歳以上でも受験が可能となったことで、早速93期(2006年10月28日入学、2008年1月以降デビュー)では、1979年生まれ(当時27歳)の西谷岳文1971年生まれ(当時35歳)の奥平充男(ともに京都)、1977年生まれ(当時29歳)の南原照也千葉)などといった、これまでの制度では受験資格のなかった異色の合格者が誕生した。101期以降でも、合格者は20代前半以下が圧倒的に多いものの、毎回30代の合格者も少なからずいる(女子では102期で当時48歳高松美代子が合格している)[5][6]
  • 高等学校卒業と同等以上の学力を有する者(高卒資格保持者)
高卒資格はなくても、高認(旧大検)合格でも受験資格が得られる。内村竜也(山口、93期)や日野未来奈良、114期)などが大検または高認合格である。
なお、45期までは中卒でも入学できた(谷津田陽一山口国男ら)。
  • 以下のいずれにも該当しないこと
ア. 日本競輪学校を卒業した者
イ. 競輪選手として登録された者(消除者を含む)
ウ. 禁錮(こ)以上の刑に処せられた者
エ. 自転車競技法、小型自動車競走法、競馬法、日本中央競馬会法又はモーターボート競走法の規定に違反して罰金以上の刑に処せられた者
オ. 成年被後見人、被保佐人又は破産者で復権を得ない者
カ. 反社会的勢力との関係が疑われる者
キ. その他上記に準ずる事実がある者
ク. 規定により明らかに試験に合格しないと思われる者

男子[編集]

試験は第1次試験と第2次試験が行なわれ、第1次試験は実技のみ。第1次試験合格者のみ第2次試験を受験可能であり、第2次試験は日本競輪学校にて実技試験のほかに身体検査、面接も行なわれる。なお、第1次試験受験の際には、実技試験において、以下いずれかの1つを選択して申請する。

技能試験 - 自転車競技経験者が対象。スタンディングスタートでの1000mタイムトライアル、および400mフライングスタートからの200mタイムを小倉競輪場で計測。1000mタイムトライアルは1分10秒が一般的に合否のボーダーラインと言われている[7]
  • 参考に、第113期生入学試験1次試験における1000mタイムトライアルの平均は1分10秒52、200mタイムの平均は11秒54であった[8]。また、競輪選手資格検定における合格ラインは、1000mタイムトライアルが1分15秒以内、200mタイムが12秒8以内とされている[9]
適性試験 - 自転車競技未経験者が対象。第1次試験で垂直跳びと背筋力、第2次試験で自転車エルゴメータ(台上走行試験装置)を用いた軽負荷での最高回転回数(回/秒)と体重負荷(実走行相当)での最高速度(km/h)と仕事量(kgm)を日本競輪学校で計測[10]

国体などで自転車競技(トラックレース)で優秀な成績を収めている者については技能試験が免除され、入試は面接だけとなる場合がある。

  • 特に入学試験の直近にあたる世界規模(トラックレースだけでなく、オリンピックでの自転車種目以外を含む個人種目上位入賞者など)の大会において優秀な成績を収めた者は、特別選抜入試制度として別枠の試験が行なわれ、試験内容も大幅に緩和される。
  • この制度によりスケート競技で活躍した植松仁武田豊樹牛山貴広が入学している。ただ、西谷岳文の場合は金メダルを獲得した長野オリンピック1998年開催と、受験時とはかなりの間があったことからこの制度での受験はできず、一般受験で合格した。また、世界自転車競技センター(WCC)における訓練受講により、大森慶一永井清史北津留翼柴崎淳もこの制度で入学した[11]

ほとんどの受験者は自転車競技経験者、または師匠(主に現役選手)の下で猛練習を積んできた者であるため、技能試験の受験者が圧倒的に多く、適性試験の合格枠は毎回5名とされている[5][12]。但し、45歳でGIレースに優勝した松本整、「怪物」滝澤正光(現競輪学校校長)、「中部の帝王」山田裕仁などはいわゆる『適性組』出身であり、競輪で活躍するためには自転車競技の経験者が有利になるかと言えば、そうでもない。

  • 適性一次試験では、かつては持久力走、100m走、立ち幅跳びなどが行われていたが、現在は垂直跳びと背筋力測定のみ。これは持久力走では鍛え方次第(努力)でタイムを縮めることができる一方で、垂直跳びや背筋力は鍛えても伸びるものではないため(「天性」の要素が強い)。

適性試験では「他競技において優秀な成績を収めた者」を対象に、一次試験が免除される「適性の特別枠」が設けられている。

  • プロ野球Jリーグなど他のプロスポーツ競技経験者においては、退団した年とその翌年に限り一次試験が免除される規定があり[10]、これを利用し松谷秀幸らが競輪学校に合格している。なお、この規定を周知させるため、プロ野球トライアウト会場に競輪学校ブースを設営して入学願書を配布するなど、より優秀な選手を獲得しようとスカウト活動にも取り組んだこともあった[13]

女子[編集]

2009年11月、JKA1964年に廃止された女子競輪2012年から復活させる意向を持っていることを明かし、2010年9月30日に記者会見で2012年7月よりFI・FII開催において女子競輪を1日2レースを行う予定であることを発表した[14]

復活した女子競輪にはガールズケイリンという愛称が付けられ、選手については2010年11月4日にJKAより詳細な募集要綱(受験資格、試験内容など)が公表され、35名程度が募集されることになった。女子の試験は日本競輪学校で男子同様に第1次試験と第2次試験が行なわれ、特別入試枠も設定されている。なお女子の試験に使用する自転車のフレームは、日本自転車競技連盟における競技規則適合品の使用が可能となっている。

女子の第1回生[15]は、入学試験を第1次が2011年1月18日から19日、第2次が2月17日から18日にかけて実施し、36名が合格して同年5月9日に入学式が行われ、競輪学校において訓練・養成を受け、2012年3月24日に卒業した。その後、第102期生[15]として同年5月1日に選手登録され、同年7月1日以降順次デビューした。なお、第104期生(女子第2回生)以降も同様の育成課程となっている。

受験方法や試験内容は基本的に男子と同じで、第1次試験では、受験の際に技能試験ないし適性試験のいずれか1つを選択して申請する。また、第1次試験合格者のみ第2次試験を受験可能であり、第2次試験は日本競輪学校にて実技試験のほかに身体検査、面接も行なわれる。

  • 参考に、第114期生入学試験1次試験における1000mタイムトライアルの平均は1分20秒12、200mタイムの平均は13秒15であった[16]。また、競輪選手資格検定における合格ラインは、1000mタイムトライアルが1分27秒以内、200mタイムが14秒0以内とされている[9]

自転車競技以外のスポーツ競技大会において優秀な成績を収めた者を対象とする適性試験においては、第1次試験を免除する制度がある(但し技能試験には免除制度はない)[17]。第1次試験合格者のみ第2次試験に進めるようになっている。願書は7月 - 8月下旬頃まで受け付け、10月上旬に第1次試験、11月下旬に第2次試験がそれぞれ行われ、翌年1月中旬頃に合格発表が行われる[17]。このほか、オリンピックや世界選手権など世界を舞台に優秀な成績を収めた者が対象の特別試験があり、こちらは例外で10月中旬まで願書を受け付ける[17]

生徒の生活[編集]

競輪学校での在学期間は1年弱である。これまでは全員が同じ期間在学することになっていたが、競輪学校募集要項の改訂に合わせて、93期以降の生徒で学業・訓練競走共に成績優秀の者は、半年程度で早期に卒業できるようになった[18]

朝は6:30に起床。それから練成(体操など。男子は上半身裸で乾布摩擦も行う)、掃除などを行い、朝食を摂る。午前は平日は9:05、土曜は9:00から第1時限となり、主に国語や社会といった一般教養科目の他に自転車競技法や競輪のルールなどの学科講習が行われる(日曜・祝日は休みで、終日自由時間)。その後昼食を挟み、午後は12:40から授業が再開される(平日のみ。土曜の研修は午前で終了)。午後は夕方まで訓練(体育)が行われる。訓練は主に学校内の施設やバンクで行なわれるが、姉妹施設である隣接の日本サイクルスポーツセンターで中・長距離ロード訓練などを行なうこともある。夕方以降は入浴・食事・自習・自由時間などで、22:00消灯となる[19]

競輪は基本的に雨天決行(台風など競走に大きな支障をきたす恐れがある場合を除く)であるため、競走訓練もそれに準じて雨天でも実施される。

生活は全寮制で、既婚者でも自宅通学は認められておらず、また自宅へ帰宅できるのは夏季と年末年始の休暇中のみとなっている。2011年5月より女子生徒が入学したため、現在寮ではフロアにより男子限定・女子限定と隔てられている[20]。日曜は一時的に近隣への外出が許可される(8:30 - 17:30)が、2011年度より男女隔週となっている。寮からの電話(発信)は自由時間(21:45まで)に限り公衆電話のみ使用が許可されており、携帯電話および情報通信機器の持ち込みは認められていない。

在校中は男子に対しては丸刈りが強制され、女子に対しては髪型はショートカット(両耳が見える程度のベリーショート)かつ化粧の禁止が義務付けられている。また、礼節にも非常に厳しく、教官に対する反抗的な態度は即刻退学処分となる。この他、生徒間同士で金銭の貸し借りなどが発覚した場合も即刻退学処分となる[21]

公営競技の選手は命賭けの職業でもあることから、養成学校における教官の指導も厳しい。その中でも競輪学校は体力面で最も過酷となっているが、それでも「自ら鍛えないと強くなれない」という意識が徹底しており、早朝や放課後または休日に学校から課せられた訓練とは別のトレーニングを自主的に取り組む生徒もいる。

学費は無料。但し食費やウェア代などについては自己負担(トータルで最低100万円はかかる)となるが、JKAから貸し付けを受けることができる。貸し付けを受けた場合、デビュー後に獲得賞金の中から源泉徴収によって分割払いで返済する。

競輪学校での生活については、漫画『Odds -オッズ-』に詳しい描写がある。

デビューについて[編集]

生徒は卒業の直前に、競輪選手資格検定を受験する。合格すれば卒業となり[22]、競輪選手になる資格を得られる。その後、卒業者で競輪選手になる者は、全国各地にある選手会のいずれかの支部に所属する[23]ことで選手登録され、また併せて身分証を兼ねた選手登録証と選手手帳を交付されることで、晴れて競輪選手となる。その後は男子は「A級3班」、女子は「A級2班」からの格付けで競輪選手としてデビュー(デビュー戦は極力登録地近辺の競輪場が斡旋される)し、以後は男子は競走成績によってトップクラスたるS級への昇進を目指す[24]

過去、男子は39期より大相撲でいう前相撲のようにデビュー期の選手のみで行われる「新人リーグ」が開始され、51期からデビューの1期4ヶ月間は新人リーグのみに出走し成績によって格付けが決められていたが、「新人リーグは車券が買いにくい(予想しづらい)」とファンに不評であったため、76期を最後に廃止された。そのため、77期以降の新人選手は1開催3人程度、通常の競走に斡旋されている。

沿革[編集]

当初は競輪の創成期に登録のみで選手となった者への再訓練機関として、1950年に『日本サイクリスト・センター』として現在の東京都調布市小島町に設立された。全登録選手の再訓練が終了した後は、新人選手の育成機関としての役割を担うようになったが、当初は生徒が近隣の京王閣競輪場に出向いて訓練を行っていたことや、施設が手狭になったことなどから、1968年に現在地へ移転した。

  • 1951年 1期生徒入学。新人選手の育成訓練開始。
  • 1955年 日本競輪学校に改称。
  • 1968年 現所在地に移転。
  • 1972年 29期入学試験より学歴は高卒ないし高卒同等(但し学科試験に合格すれば中卒でも入学できた)が入学条件となる。29期と30期より年2回入学開始。
  • 1976年 39期入学試験より高卒ないし高卒同等資格保持者を対象とした適性試験開始。
  • 1979年 46期入学試験より技能・適性試験ともに学歴は高卒ないし高卒同等が必要となる。
  • 1999年 85期より年1回入学に変更(5月入学)。
  • 2000年 86期より特別選抜入学制度(特別選抜入試)開始。
  • 2006年 93期より学力・小論文試験廃止。年齢制限撤廃。92期と93期より年2回入学復活。
  • 2008年 97期より該当自転車競技大会において優秀な成績を収めた者に対する技能試験免除(1次、2次とも)が1次のみとなる。
  • 2011年 101期より再び年1回入学に変更。および102期(女子第1回生)[15]と同時養成(5月入学、翌年3月卒業)。
  • 2014年 109期の合格枠を増員、50名とした[25]
  • 2015年 111期より男子の合格枠を増員、70名とした[5]

男子については、昭和の時代は期ごとに100名以上もの入学者を抱えたこともあったが、平成に入ってから期ごとに定員75名程度となり、更に85期から92期までは売り上げ減など昨今の競輪界の低迷を反映して年1回の募集となった。その後、新人がデビューする機会の増加による競輪の活性化を求める声が相次いだため、93期からは年2回の募集が復活(第93期より第100期までは各期とも技能60名・適性15名[26]の計75名)し、同時に従来から行なわれていた国語・数学・社会などの学力試験・小論文試験や年齢制限(上限のみ)なども廃止し、選手としての実力を持った生徒が入学しやすいよう配慮された。しかし101期より選手の増加抑制や女子選手の募集を見据えて再び年1回募集に変更の上、定員は男子36名・女子20名程度(102期のみ35名)と再び大幅に削減された[27]。ただ、やはり新陳代謝を求める声も強く、また受験者自体が減少傾向にある(受験者は、101期では453名であったが109期は280名にまで減少。ただ111期は310名、113期は343名と再び増加傾向にある[28])ことを受けて、その後は再び合格枠を増やしており、109期は50名(技能43名・適性7名)[25]とし、2015年度の111期以降は70名(技能65名・適性5名)[5][29]としとしている。なお、合格倍率は、直近10年で見ると100期までが5倍程度、101期 - 105期が10〜12倍、107期が9倍であった[30]。合格枠を増員した109期以降は5倍程度となっている[28]。とは言え容易に合格できるものではないため、現役の競輪選手の中には複数回受験して漸く合格した、というケースも多い。

女子については、合格枠は104期以降では毎回20名(但し112期の合格者は技能15名・適性6名の計21名[6])としており、応募者は40〜50名台のため、合格倍率は3倍弱である[31]

施設[編集]

練習用の走路は南400mとよばれるバンクをメインに、333m・250mのバンクと、日本サイクルスポーツセンターの北400mおよび伊豆ベロドローム(屋内250m)を使用する[1]。なお、250m走路は主に生徒の走行訓練より日本国外へ遠征する選手の練習用として用いられている(日本国外の走路は250mが主のため)。他には教室・体育館・屋内練習施設・寮・ロードコースなどがある。また敷地内には舗装された急坂があり、そこを自転車で駆け上がる「登坂訓練」は有名[32]

施設の一般使用は認めていないが、一部の大会などについては競輪学校側が趣旨と目的を判断し特別に使用を認めることもある。

卒業記念レース歴代優勝者[編集]

卒業記念レースは、卒業式直前に2日間の日程で実施される。従来は殆どが競輪学校南400mピスト(周長400m)にて開催されてきたが、早く競輪選手としての身構えをつけてもらおうという意味合いや、生徒の父兄など関係者のみならず競輪ファンの関心も高いなどの理由から、現在は南関東のいずれかの競輪場で開催されている。また、競輪選手となってから実施されるルーキーチャンピオンレースヤンググランプリにも繋がるレースでもある。なお、競輪学校が現在地に移転した26期より、現在の形で実施されている。

は適性入学者。太字はGP・GI(男子)、ガールズグランプリ・ガールズケイリンコレクション(女子)優勝者。

実施日 優勝者 登録地 会場
26 1969年3月7日 杉渕孝一 神奈川 南400mピスト
27 1969年12月19日 小山靖 宮城
28 1970年12月16日 三好真人 東京
29 1972年1月28日 棚橋良博 岐阜
30 1972年8月2日 宮一透 群馬
31 1973年2月14日 大石好克 岐阜
32 1973年7月25日 新田三男 福岡
33 1974年3月28日 葛西新蔵 青森
34 1974年4月17日 山本和正 岩手
35 1975年3月12日 松田隆文 大分 333mピスト
36 1975年9月10日 大久保広重 福岡 南400mピスト
37 1976年3月10日 竹内久人 岐阜
38 1976年9月8日 山口健治 東京
39 1977年3月9日 長谷忠 岡山
40 1977年9月7日 遠藤三郎 静岡
41 1978年3月8日 町島洋一 福島
42 1978年9月7日 高木和彦 栃木 川崎競輪場
43 1979年2月28日 北村徹 熊本
44 1979年9月5日 岸本元也 熊本
45 1980年3月5日 齊藤哲也 兵庫 南400mピスト
46 1980年9月3日 細川忠行 愛知
47 1981年3月11日 鵜沼正樹 静岡
48 1981年9月9日 菅野浩司 神奈川
49 1982年3月10日 奥羽勲 熊本
50 1982年9月8日 田村剛男 福島
51 1983年3月9日 野原哲也 福井
52 1983年7月27日 田中祥之 大阪
53 1984年3月7日 木野内高 福島
54 1984年7月18日 伊藤勝也 静岡
55 1985年3月13日 村松浩章 静岡
56 1985年7月23日 宮路智裕 熊本
57 1986年3月11日 坂本勉 青森 川崎競輪場
58 1986年7月23日 川口満宏 東京 南400mピスト
59 1987年3月11日 小橋正義 岡山
60 1987年7月15日 金田健一郎 大阪
61 1988年3月9日 神山雄一郎 栃木
62 1988年7月13日 内林久徳 滋賀
63 1989年3月8日 千原千里 福岡
64 1989年6月21日 三宅伸 岡山
65 1990年2月21日 古川圭 福岡
66 1990年6月19日 児玉広志 香川
67 1991年2月27日 佐々木一昭 岩手
68 1991年6月19日 阿部康雄 新潟
69 1992年2月28日 中村淳 栃木 前橋競輪場
実施日 優勝者 登録地 会場
70 1992年6月17日 関靖夫 埼玉 南400mピスト
71 1993年2月24日 笹川竜治 新潟
72 1993年6月16日 川原義哲 大阪
73 1994年2月23日 古閑良介 福岡
74 1994年6月15日 小嶋敬二 石川
75 1995年3月1日 手島慶介 群馬
76 1995年6月14日 冨田卓 千葉
77 1996年2月28日 小林正治 東京
78 1996年6月12日 若松将弘 愛知
79 1997年2月26日 毛利昇平 京都
80 1997年6月11日 齋藤登志信 山形
81 1998年4月15日 前反祐一郎 広島
82 1998年12月16日 荒井崇博 佐賀
83 1999年4月21日 佐々木雄一 福島
84 1999年12月15日 井山和裕 山口
85 2000年4月19日 中川誠一郎 熊本
86 2001年4月17日 井上昌己 長崎
87 2002年4月13日 藤川浩平 石川
88 2003年4月10日 成田和也 福島
89 2004年4月7日 五日市誠 青森
90 2005年4月6日 廣川泰昭 愛媛
91 2006年4月7日 藤野孝彦 佐賀
92 2007年4月11日 寺田信彦 大分
93 2007年10月17日 谷田泰平 岐阜
94 2008年3月26日 鈴木雄一朗 東京
95 2008年10月15日 上原龍 長野
96 2009年4月9日 西村光太 三重
97 2009年10月14日 井上嵩 東京
98 2010年3月24日 増原正人 広島
99 2010年10月14日 上吹越俊一 鹿児島 伊東温泉競輪場
100 2011年3月24日 阿部力也 宮城 南400mピスト
101(男子) 2012年3月22日 山本伸一 高知 松戸競輪場
102(女子) 加瀬加奈子 新潟
103(男子) 2013年3月27日 小酒大勇 福島 川崎競輪場
104(女子) 石井寛子 東京
105(男子) 2014年3月26日 伊早坂駿一 茨城 平塚競輪場
106(女子) 石井貴子 千葉
107(男子) 2015年3月25日 新山響平 青森 静岡競輪場
108(女子) 尾崎睦 神奈川
109(男子) 2016年3月23日 太田竜馬 徳島 伊東温泉競輪場
110(女子) 土屋珠里 栃木
111(男子) 2017年3月22日 静岡競輪場
112(女子)
参考:21期〜25期の卒業記念レース優勝者
優勝者 登録地
21 伊藤繁 神奈川
22 福島正幸 群馬
23 丹波秀次 岡山
24 班目秀雄 福島
25 畔蒜啓次 東京

記録会[編集]

競輪学校では、入学直後に行われる試走記録会を含め全部で4回の記録会[33]が行われており、その記録会での記録により練習を行う班、ヘルメットキャップの色が分けられている。最高位は金色(ゴールデンキャップと呼ばれる)で、平成2年9月の67期生より制定されて以来、獲得者は男子12名・女子4名である(2017年1月時点)。なお、ヘルメットは、白・黒・赤・青については学校からの貸与だが、ゴールデンキャップに限り本人に授与される[34]

男子[編集]

200mFD 400mFD 1000mTT 3000mTT 備考1 備考2
A 11.30以内 23.30以内 1.08.50以内 3.45.50以内 スピード◎ 持久力◎
A 11.80以内 24.20以内 1.11.50以内 3.59.00以内 スピード○ 持久力○
B 11.80以内 24.20以内 上記以外 上記以外 スピード○ 持久力×
C 上記以外 上記以外 1.11.50以内 3.59.00以内 スピード× 持久力○
D 上記以外 上記以外 上記以外 上記以外 スピード× 持久力×

女子[編集]

200mFD 400mFD 1000mTT 2000mTT 備考1 備考2
A 12.50以内 25.60以内 1.16.50以内 2.42.00以内 スピード◎ 持久力◎
A 13.00以内 26.50以内 1.20.00以内 2.50.00以内 スピード○ 持久力○
B 13.00以内 26.50以内 上記以外 上記以外 スピード○ 持久力×
C 上記以外 上記以外 1.20.00以内 2.50.00以内 スピード× 持久力○
D 上記以外 上記以外 上記以外 上記以外 スピード× 持久力×

ゴールデンキャップ獲得者[編集]

は適性入学者。

男子
氏名 記録会名 年月日 200mFD 400mFD 1000mTT 3000mTT
67 金古将人 第2回記録会 H2/9/11 - 13 11秒20 23秒21 1分06秒76 3分44秒27
69 稲村成浩 試走記録会 H3/5/9 - 13 11秒11 22秒99 1分07秒22 3分43秒69
69 豊岡弘 第3回記録会 H3/10/29 - 31 11秒27 23秒29 1分07秒47 3分41秒57
74 小嶋敬二 第2回記録会 H5/11/16 - 18 11秒08 23秒10 1分07秒73 3分42秒86
88 武田豊樹 第2回記録会 H14/8/19 - 21 10秒86 22秒75 1分06秒62 3分44秒69
91 金澤竜二 第1回記録会 H17/7/11 - 12 10秒98 22秒95 1分07秒87 3分41秒31
93 上野真吾 第3回記録会 H19/6/18 - 19 11秒29 23秒26 1分08秒42 3分43秒33
93 宮島聖悟 第4回記録会 H19/9/10 - 11 11秒27 23秒16 1分08秒36 3分45秒22
95 金子哲大 第4回記録会 H20/9/1 - 2 11秒28 22秒89 1分07秒80 3分45秒35
103 杉森輝大 第1回記録会 H24/8/21 - 22 11秒20 22秒59 1分08秒03 3分41秒19
107 吉田拓矢 第1回記録会 H26/9/3 - 4 11秒25 23秒02 1分07秒52 3分44秒19
111 松本貴治 第1回記録会 H28/7/4 - 5 11秒03 22秒66 1分06秒95 3分45秒06
女子
氏名 記録会名 年月日 200mFD 400mFD 1000mTT 2000mTT
106 小林優香 試走記録会 H25/5/10 - 11 12秒10 25秒37 1分15秒58 2分37秒64
106 小林優香 第1回記録会 H25/7/29 - 30 12秒13 25秒00 1分12秒98 2分37秒41
106 小林優香 第2回記録会 H25/9/24 - 25 11秒94 24秒08 1分12秒65 2分33秒85
112 梅川風子 第1回記録会 H28/7/4 - 5 12秒45 25秒36 1分14秒92 2分39秒10
112 太田りゆ 第2回記録会 H28/9/12 - 13 12秒28 25秒21 1分15秒28 2分39秒78
112 三澤杏奈 第2回記録会 H28/9/12 - 13 12秒44 25秒22 1分14秒42 2分36秒11

交通アクセス[編集]

伊豆箱根鉄道駿豆線修善寺駅より新東海バスまたはタクシーとなる。競輪学校正門下の道は、ほぼ1時間ごとにサイクルスポーツセンター行きの路線バスが運行されているが、休日の朝と夕方には外出生徒の送迎を兼ねて競輪学校の正門前まで運行されている。なお、当地を訪れる来場者の大半は自家用車を利用している。

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b 日本自転車競技連盟・自転車競技場一覧 - 南400m以外は日本サイクルスポーツセンターの管理扱いとなっている。
  2. ^ なお「学校」と称しているものの、あくまでもJKA付属の教育訓練施設であり、学校教育法に規定する専修学校各種学校ではない。
  3. ^ 但し、学業・訓練競走共に成績優秀な者で競輪学校が特別に認めた生徒においては、最短半年程度で早期卒業できる制度がある。
  4. ^ 競輪学校入学試験では筆記試験(学力検定)は廃止されたが、競輪選手資格検定では筆記試験があり、ここでは自転車競技法および同法施行規則といった法規に関する問題や自転車競走実施規則に関するガイドラインなど多岐にわたって出題されるため、独学での合格は難しい。資格検定の受験資格・受験方法・試験内容についてはこちら(3 - 4ページ目)に詳しい記載がある。
  5. ^ a b c d 日本競輪学校第111回生徒入学試験合格者名簿 (PDF) - KEIRIN.JP(2016年1月14日配信)
  6. ^ a b 日本競輪学校第112回生徒入学試験合格者名簿 (PDF) - KEIRIN.JP(2016年1月14日配信)
  7. ^ ギャンブルレーサー』第20巻p.117
  8. ^ 日本競輪学校 第113回生徒入学試験合格者の成績一覧 (PDF) - KEIRIN.JP(2017年1月12日配信)
  9. ^ a b 競輪に係る業務の方法に関する規程 - 第77条3項ア
  10. ^ a b 未経験者対象の適性試験枠を拡大しました - 日本競輪学校第95期生徒募集時の案内
  11. ^ 日本競輪学校第92回生徒特別選抜試験合格者 牛山貴広(トリノオリンピック・スピードスケート代表)の決定について - KEIRIN.JP、2006年3月24日
  12. ^ 日本競輪学校第113回生徒入学試験合格者名簿 (PDF) - KEIRIN.JP(2017年1月12日配信)
  13. ^ 2008年11月11日横浜ベイスターズ総合練習場で行われたトライアウトでは会場に競輪学校ブースを設営して入学願書を配布したが、年1回の募集となった現状では入学試験まで1年待たせることになる(現在は入学試験を毎年10月以降に実施)ため、プロ野球トライアウト会場でブースを設営したのはこの一度きりに留まっている。
  14. ^ JKA記者発表会(女子ケイリン)の実施について 2010年9月30日
  15. ^ a b c KEIRIN.JP・日本競輪学校第103回(男子)及び第104回(女子)生徒募集について - 冒頭に期生のついての記述あり。
  16. ^ 日本競輪学校 第114回生徒入学試験合格者の成績一覧 (PDF) - KEIRIN.JP(2017年1月12日配信)
  17. ^ a b c 日本競輪学校第114回(女子第7回)生徒入学試験の応募状況について(一般試験) - ガールズケイリン情報配信サイト
  18. ^ 但し、現在までに早期卒業の適用を受けたものは一人もいない。
  19. ^ 生徒の生活 - 日本競輪学校ホームページ
  20. ^ 入浴施設は、既存の大浴場の室内に新たに仕切りの壁を設置して、男子用・女子用とで隔てた。
  21. ^ これは、卒業後競輪選手となった時に金銭関係のトラブルが公正な競走を阻害する事を未然に防止するため。
  22. ^ 資格検定に不合格となると、卒業できず留年となる。
  23. ^ 所属しなければJKAからレースへの斡旋を拒否され出走できない。
  24. ^ 女子については現状は昇降級制度がないため、全員がA級2班のままである。
  25. ^ a b 日本競輪学校第109回生徒入学試験合格者名簿 (PDF) - KEIRIN.JP(2014年12月24日配信)
  26. ^ 特別センター試験 スピードスターからの声 - KEIRIN.jp
  27. ^ 日本競輪学校の歴史 - 日本競輪学校ホームページ
  28. ^ a b 日本競輪学校第113回(男子)生徒入学試験(一般試験)応募者状況 (PDF) - KEIRIN.JP(2016年9月15日配信)
  29. ^ 日本競輪学校第113回生徒入学試験合格者名簿 (PDF) - KEIRIN.JP(2017年1月12日配信)
  30. ^ 日刊スポーツ大阪版、2015年7月1日付20面『レース記者喜怒愛楽』
  31. ^ 日本競輪学校第114回(女子第7回)生徒入学試験(一般試験)応募者状況 (PDF) - KEIRIN.JP(2016年9月15日配信)
  32. ^ 日本競輪学校案内
  33. ^ 日本競輪学校第111回生徒・第112回(女子6回)生徒 学校行事その他予定 (PDF) - ガールズケイリン情報発信サイト(2016年8月23日配信)
  34. ^ 日本競輪学校第111・112回生徒におけるゴールデンキャップ獲得者について - ガールズケイリン情報発信サイト、2016年7月6日
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]