日本競輪学校

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日本競輪学校
Nihon Keirin Gakkou 20110919.jpg
基本情報
所在地 静岡県伊豆市大野1827
座標 北緯35度0分7.7秒
東経139度0分23.5秒
座標: 北緯35度0分7.7秒 東経139度0分23.5秒
開設 1950年(昭和25年)9月15日
1968年7月10日現在地に移転
所有者 公益財団法人JKA
走路 南400m
(北400m・333m・250)[1]m
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日本競輪学校(にほんけいりんがっこう)とは、静岡県伊豆市(旧修善寺町)に所在する、日本における競輪選手を養成するための研修施設[2]。略称は競輪学校(以下、競輪学校で統一する)。校長は滝澤正光(第23代・2010年4月より。名誉教諭兼務)。

概要[編集]

競輪選手になるためには、国家試験である競輪選手資格検定に合格しなければならない。競輪学校とは、その資格検定の合格(競輪選手)を目指す人に対し、指導・教育を行う施設である。競輪学校の入学試験に合格した者は、同校で1年程度(101期以降の現状は、毎年5月入学・翌年3月卒業)[3]の訓練を受けることとなる。

なお、資格検定の受験資格には「競輪学校」に関する項目はないため、実際には競輪学校に入学せずとも競輪選手になることは可能である。ただ、競輪学校へ入学せずに合格することは非常に厳しく、競輪選手になるためには、まず競輪学校の入学試験に合格し、同校で教育・訓練を受けることが大前提となっている[4]

このほか、競輪における走路審判員(JKAの職員)の養成および研修も、競輪学校にて行われている。

募集要綱と試験[編集]

競輪学校の募集要綱では、男子・女子ともに受験資格として以下の事項が定められており、以下の条件を満たした受験者に対し、年に1回入学試験が行なわれる(現在の内容は第101期(男子)・第102期(女子)受験者より適用のもの)

  • 日本国内に居住する者(国籍は不問)で、入学予定日の時点で満17歳以上の者(年齢の上限は無し)
92期までは受験時に満24歳未満という年齢制限もあった。93期以降は年齢制限のうち上限が撤廃され満24歳以上でも受験が可能となったことで、早速93期では1979年生まれ(当時27歳)の西谷岳文1971年生まれ(当時35歳)の奥平充男(ともに京都)、1977年生まれ(当時29歳)の南原照也千葉)などといった、これまでの制度では受験資格のなかった異色の合格者が誕生した。101期以降でも、合格者は20代前半以下が圧倒的に多いものの、毎回30代の合格者も少なからずいる(女子では102期で当時48歳高松美代子が合格している)[5][6]
  • 高等学校卒業と同等以上の学力を有する者(高卒資格保持者)
高卒資格はなくても、高認(旧大検)合格でも受験資格が得られる。内村竜也(山口、93期)や日野未来奈良、114期)などが大検または高認合格である。
なお、45期までは中卒でも入学できた(谷津田陽一山口国男ら)。
  • 以下のいずれにも該当しないこと
ア. 日本競輪学校を卒業した者
イ. 競輪選手として登録された者(消除者を含む)
ウ. 禁錮(こ)以上の刑に処せられた者
エ. 自転車競技法、小型自動車競走法、競馬法、日本中央競馬会法又はモーターボート競走法の規定に違反して罰金以上の刑に処せられた者
オ. 成年被後見人、被保佐人又は破産者で復権を得ない者
カ. 反社会的勢力との関係が疑われる者
キ. その他上記に準ずる事実がある者
ク. 規定により明らかに試験に合格しないと思われる者

入学願書の提出方法、試験内容は男子・女子ともに同じ。試験は第1次・第2次と2回行なわれ、第1次試験の合格者のみが第2次試験を受験可能となっている。なお、実技試験における合格者の最低タイムは公表されていないが、合格者の最高タイムと平均タイムは公表されており[7]、これが合格への目安となる。

第1次試験

実技のみ。願書提出の際には、以下にある技能試験または適性試験のいずれか1つを選択する(但し、選択後の変更は認められていない)。なお、女子の試験に使用する自転車のフレームは、日本自転車競技連盟における競技規則適合品の使用が可能となっている。

技能試験 - 主に自転車競技経験者が対象。自転車によるスタンディングスタートでの1000m走行時間、および400mフライングスタートからの200m走行時間を小倉競輪場で計測。
  • 男子は、1000mタイムトライアルは1分10秒が一般的に合否のボーダーラインと言われている[8]。参考に、第113期生入学試験1次試験における1000mタイムトライアルの平均は1分10秒52、200mタイムの平均は11秒54であった[9]。また、競輪選手資格検定における合格ラインは、1000mタイムトライアルが1分15秒以内、200mタイムが12秒8以内とされている[10]
  • 女子は、参考に、第114期生入学試験1次試験における1000mタイムトライアルの平均は1分20秒12、200mタイムの平均は13秒15であった[11]。また、競輪選手資格検定における合格ラインは、1000mタイムトライアルが1分27秒以内、200mタイムが14秒0以内とされている[10]
適性試験 - 自転車競技未経験者が対象。垂直跳びの跳躍高と、背筋力計による背筋力を、競輪学校で計測。
第2次試験
身体検査 - 業務規程別表第1の「身体検査合格基準」で定める検査項目。
人物考査 - 口頭試問、適性検査・作文等の筆記試験。口頭試問では面接で志望動機などが問われ、また適性検査ではSPIを用いた基礎学力(国語力、数学力)が問われる。
実技試験(適性受験者のみ) - 競輪学校で、自転車エルゴメータ(台上走行試験装置)を用いた軽負荷での最高回転回数(回/秒)と体重負荷(実走行相当)での最高速度(km/h)と仕事量(kgm)を計測[12]

なお、国体などで自転車競技(トラックレース)において優秀な成績を収めている者については、1次試験が免除されることがある。

  • 特に入学試験の直近にあたる世界規模(トラックレースだけでなく、オリンピックでの自転車種目以外を含む個人種目上位入賞者など)の大会において優秀な成績を収めた者は、特別選抜入試制度として別枠の試験が行なわれ、試験内容も大幅に緩和される。
  • この制度により、スケート競技で活躍した植松仁武田豊樹牛山貴広が入学している。ただ、西谷岳文の場合は金メダルを獲得した長野オリンピック1998年開催と、受験時とはかなりの間があったことからこの制度での受験はできず、一般受験で合格した。また、世界自転車競技センター(WCC)における訓練受講により、大森慶一永井清史北津留翼柴崎淳もこの制度で入学した[13]

また、適性試験では「他競技において優秀な成績を収めた者」を対象に、一次試験が免除される「適性の特別枠」が設けられている。

  • プロ野球Jリーグなど他のプロスポーツ競技経験者においては、退団した年とその翌年に限り一次試験が免除される規定があり[12]、これを利用し松谷秀幸らが競輪学校に合格している。なお、この規定を周知させるため、プロ野球トライアウト会場に競輪学校ブースを設営して入学願書を配布するなど、より優秀な選手を獲得しようとスカウト活動にも取り組んだこともあった[14]

ほとんどの受験者は自転車競技経験者、または自転車競技未経験でも師匠(主に現役選手)の下で猛練習を積んできた者であるため、技能試験の受験者が圧倒的に多く、男子でも適性試験の合格枠は現状毎回5名とされている[5][15]。但し、史上最年長となる45歳でGIレース優勝を果たした松本整、「怪物」滝澤正光(現競輪学校校長)、「中部の帝王」山田裕仁などは適性受験者(『適性組』とも呼ばれる)であり、競輪で活躍するためには自転車競技の経験者が有利になるかと言えば、そうでもない。

  • 入学時には競走で使用するピスト(但し男子と女子ではフレームの材質が異なる)とロード走行用のロードレーサーの2種類の自転車を用意しなければならないが、適性試験枠で合格した者に対しては購入に向けて別途ガイダンスが行われる[7]
  • ちなみに、適性試験ではかつて第1次試験で持久力走、100m走、立ち幅跳びなども行われていたが、現在は垂直跳びと背筋力測定のみとなっている。これは、持久力走では鍛え方次第(努力)でタイムを縮めることができる一方で、垂直跳びや背筋力は鍛えても伸びるものではないため(「天性」の要素が強い)。

生徒の生活[編集]

競輪学校での在学期間は、毎年5月中旬から翌年3月下旬までの1年弱である。これまでは全員が同じ期間在学することになっていたが、競輪学校募集要項の改訂に合わせて、93期以降の生徒で学業・訓練競走共に成績優秀の者は、最短半年程度で早期に卒業できるようになった[16]

競輪学校での生活はまさに「軍隊」、「ネイビーシールズ」並みの厳しさと言われる[17]

朝は6:30に起床。速やかに起床し、点呼のあと、男子は上半身裸、女子はシャツ1枚となり『錬成』と称する凡そ1500mのランニング[17]、掃除などを行い、朝食を摂る。午前は平日は9:05(月曜ないし月曜が祝日の場合は祝日明けには朝礼も行う)、土曜は9:00から第1時限となり、主に国語や社会といった一般教養科目の他に自転車競技法や競輪のルールなどの学科講習が行われる(日曜・祝日は休みで、終日自由時間)。その後昼食を挟み、午後は12:40から授業が再開される(平日のみ。土曜の研修は午前で終了)。午後は夕方まで競走訓練などが行われる。競走訓練は主に学校内の施設やバンクで行なわれるが、姉妹施設である隣接の日本サイクルスポーツセンターで中・長距離ロード訓練などを行なうこともある。夕方以降は入浴・食事・自習・自由時間・自室清掃などで、22:00消灯となる[18]

競輪は基本的に雨天決行(台風など競走に大きな支障をきたす恐れがある場合を除く)であるため、競走訓練もそれに準じて雨天でも実施される。

生活は全寮制で、既婚者でも自宅通学は認められておらず、また自宅へ帰宅できるのは8月のお盆休みと年末年始の休暇中の、それぞれ二週間程度のみとなっている[7]。登下校や外出の際は制服着用が義務付けられており[7]、また怪我の治療のための通院など特別な事情がある以外の私用の外出は男子・女子交互で隔週日曜[7]の8:30 - 17:30のみ(土曜日午後は外出禁止)、かつ静岡県内に限定されて許可されているが、帰校が門限を1分でも過ぎれば退学処分を含む厳罰が下される[17]

2011年5月より女子生徒が入学したため、現在寮ではフロアにより男子限定・女子限定と隔てられている。男子は3階フロアで、女子は4階フロアでそれぞれ宿泊し、4階には監視カメラと赤外線センサーが設置されている。寮の階段も男女別とされており、男子が女子用の階段を使用すればペナルティーが科せられる[17]。入浴施設は、既存の大浴場の室内に新たに仕切りの壁を設置して、男子用・女子用とで隔てた[17]。なお、食事は食堂にて男子と女子とでエリアと時間帯を分けて摂っている[7]

寮からの電話(発信)は自由時間(21:45まで)に限り公衆電話のみ使用が許可されているため、競輪学校では未だにテレホンカードが大人気である[17]。その他、不必要な私物は持ち込み禁止であり、携帯電話および情報機器はおろか、たばこ、酒、ドライヤー、化粧品なども一切禁止である[17]。実際に、102期生(女子1期生)では夏季休暇後の帰校の際にパソコンと携帯電話を隠し持っていた生徒がおり、一人は退学処分、一人は停学・留年(のちに104期生としてデビュー)の処分が下った。また私物のドライヤーを持ち込んだ生徒に対しては、暫くの間外出禁止とされた[17]

在校中は、男子に対しては丸刈り(摘まんだ手の指と指の間からはみ出ない程度の長さまで。但し丸坊主は禁止)が強制され、女子に対しては髪型はショートカット(両耳が見える程度のベリーショート)、かつ化粧の禁止が義務付けられている。また、礼節にも非常に厳しく、校内の人間に対しては全員に大きな声で「こんにちは」と挨拶し[17]、教官に対する反抗的な態度や、生徒間同士で金銭の貸し借りなどが発覚した場合は即刻退学処分となる[19]。同様に、在校中は男女間の生徒同士の交流も厳禁である[20]

公営競技の選手は命賭けの職業でもあることから、競輪学校における教官の指導は厳しいが、それでも「自ら鍛えないと強くなれない」という意識が徹底しており、早朝や放課後または休日に学校から課せられた訓練とは別のトレーニングを自主的に取り組む生徒もいる。

学費は無料。但し食費や制服・ウェア代、競輪仕様の車輪やタイヤなど諸々の費用については自己負担であり、年間トータルで費用は120万円ほど(男子の場合。女子は男子より食事の量を少なめにしているため、それよりはやや安い)が必要である。食費のみ毎月、その他は入学後競輪学校が指定した日に一括して入金することになっているが、JKAから貸し付けを受けることも可能である。貸し付けを受けた場合、競輪選手としてデビュー後に獲得賞金の中から源泉徴収によって分割払いし、1年間かけて返済する[7]

校内には売店や飲料の自動販売機がある。売店やマッサージにかかる費用はチケット制としており、利用分は月締めで後日登録した銀行の預金口座から引き落とし精算となる[7]

競輪学校での生活については、漫画『Odds -オッズ-』に詳しい描写があるほか、漫画『ギャンブルレーサー』でも少し触れられている[21]

デビューについて[編集]

生徒は卒業の直前に、競輪選手資格検定を受験する。合格すれば卒業となり[22]、競輪選手になる資格を得られる。その後、卒業者で競輪選手になる者は、全国各地にある選手会のいずれかの支部に所属する[23]ことで選手登録され、また併せて身分証を兼ねた選手登録証と選手手帳を交付されることで、晴れて競輪選手となる。デビューは男子・女子ともに毎年7月で、デビュー戦は極力登録地近辺の競輪場が斡旋されるが必ずしもそうなるとは限らない。

男子

S級(S班・1班・2班)、A級(1班・2班・3班)の2クラス6班制のクラス分けがされている。デビュー時は最下位の「A級3班」の格付けで、その後は競走成績によってトップクラスたるS級への昇進、果てはGIGPタイトルの獲得、賞金王を目指す。

過去には、39期より大相撲でいう前相撲のようにデビュー期の選手のみで行われる「新人リーグ」が開始され、51期からデビューの1期4ヶ月間は新人リーグのみに出走し成績によって格付けが決められていたが、「新人リーグは車券が買いにくい」[24]とファンに不評であったため、76期を最後に廃止された。そのため、77期以降の新人選手は1開催3人程度、通常の競走に斡旋されている。

女子

ガールズケイリン選手として、男子とは異なる競走プログラム・ルールでレースを行い、ガールズケイリンコレクションなどのタイトル獲得、賞金女王を目指す。2017年7月1日より、新たに創設された「L級1班」の格付けとなっている(但し現状は昇降級の制度が無いため、当面は全員が「L級1班」)[25]

沿革[編集]

当初は競輪の創成期に登録のみで選手となった者への再訓練機関として、1950年に『日本サイクリスト・センター』として現在の東京都調布市小島町に設立された。全登録選手の再訓練が終了した後は、新人選手の育成機関としての役割を担うようになったが、当初は生徒が近隣の京王閣競輪場に出向いて訓練を行っていたが、競輪開催で京王閣が使えない日はバスで西武園競輪場まで移動を強いられるなど満足な訓練ができなかったことや、施設が手狭になったことなどから、1968年に現在地へ移転した。

  • 1951年 1期生徒入学。新人選手の育成訓練開始。
  • 1955年 日本競輪学校に改称。
  • 1968年 現所在地に移転。
  • 1972年 29期入学試験より学歴は高卒ないし高卒同等(但し学科試験に合格すれば中卒でも入学できた)が入学条件となる。29期と30期より年2回入学開始。
  • 1976年 39期入学試験より高卒ないし高卒同等資格保持者を対象とした適性試験開始。
  • 1979年 46期入学試験より技能・適性試験ともに学歴は高卒ないし高卒同等が必要となる。
  • 1999年 85期より年1回入学に変更(5月入学)。
  • 2000年 86期より特別選抜入学制度(特別選抜入試)開始。
  • 2006年 93期より学力・小論文試験廃止。年齢制限撤廃。92期と93期より年2回入学復活。
  • 2008年 97期より該当自転車競技大会において優秀な成績を収めた者に対する技能試験免除(1次、2次とも)が1次のみとなる。
  • 2011年 101期より再び年1回入学に変更。および102期(女子第1回生)[26]と同時養成(5月入学、翌年3月卒業)。
  • 2014年 109期の合格枠を増員、50名とした[27]
  • 2015年 111期より男子の合格枠を増員、70名とした[5]

男子については、昭和の時代は期ごとに100名以上もの入学者を抱えたこともあったが、平成に入ってから期ごとに定員75名程度となり、更に85期から92期までは売り上げ減など昨今の競輪界の低迷を反映して年1回の募集となった。その後、新人がデビューする機会の増加による競輪の活性化を求める声が相次いだため、93期からは年2回の募集が復活(第93期より第100期までは各期とも技能60名・適性15名[28]の計75名)し、同時に従来から行なわれていた国語・数学・社会などの学力試験・小論文試験や年齢制限(上限のみ)なども廃止し、選手としての実力を持った生徒が入学しやすいよう配慮された。しかし101期より選手の増加抑制や女子選手の募集を見据えて再び年1回募集に変更の上、定員は男子36名・女子20名程度(102期のみ35名)と再び大幅に削減された[29]。ただ、やはり新陳代謝を求める声も強く、また受験者自体が減少傾向にある(受験者は、101期では453名であったが109期は280名にまで減少。ただ111期は310名、113期は343名と再び増加傾向にある[30])ことを受けて、その後は再び合格枠を増やしており、109期は50名(技能43名・適性7名)[27]とし、2015年度の111期以降は70名(技能65名・適性5名)[5][31]としとしている。なお、合格倍率は、直近10年で見ると100期までが5倍程度、101期 - 105期が10〜12倍、107期が9倍であった[32]。合格枠を増員した109期以降は5倍程度となっている[30]。とは言え容易に合格できるものではないため、現役の競輪選手の中には複数回受験して漸く合格した、というケースも多い。

女子については、合格枠は104期以降では毎回20名(但し112期の合格者は技能15名・適性6名の計21名[6])としており、応募者は40〜50名台のため、合格倍率は3倍弱である[33]

施設[編集]

練習用の走路は南400mとよばれるバンクをメインに、333m・250mのバンクと、日本サイクルスポーツセンターの北400mおよび伊豆ベロドローム(屋内250m)を使用する[1]。なお、250m走路は主に生徒の走行訓練より日本国外へ遠征する選手の練習用として用いられている(日本国外の走路は250mが主のため)。他には教室・体育館・屋内練習施設・寮・ロードコースなどがある。また敷地内には舗装された急坂があり、そこを自転車で駆け上がる「登坂訓練」は有名[34]

施設の一般使用は認めていないが、一部の大会などについては競輪学校側が趣旨と目的を判断し特別に使用を認めることもある。

卒業記念レース歴代優勝者[編集]

卒業記念レースは、卒業式直前に2日間の日程で実施される。従来は殆どが競輪学校南400mピスト(周長400m)にて開催されてきたが、早く競輪選手としての身構えをつけてもらおうという意味合いや、生徒の父兄など関係者のみならず競輪ファンの関心も高いなどの理由から、現在は南関東のいずれかの競輪場で開催されている。また、競輪選手となってから実施されるルーキーチャンピオンレースヤンググランプリにも繋がるレースでもある。なお、競輪学校が現在地に移転した26期より、現在の形で実施されている。

は適性入学者。太字はGP・GI(男子)、ガールズグランプリ・ガールズケイリンコレクション(女子)優勝者。

参考:21期〜25期の卒業記念レース優勝者
優勝者 登録地
21 伊藤繁 神奈川
22 福島正幸 群馬
23 丹波秀次 岡山
24 班目秀雄 福島
25 畔蒜啓次 東京

記録会[編集]

競輪学校では、入学直後に行われる試走記録会を含めて4〜5回の記録会[39][40]が、それぞれ2日間かけて行われる(初日は200mフライングダッシュ・400mフライングダッシュ・1000mタイムトライアル、2日目は男子は3000mタイムトライアル・女子は2000mタイムトライアル)。

各記録ごとに基準タイムがそれぞれ設けられており、生徒はこの記録会で出した記録を基に次の記録会までの間、能力の高い者順に金・白・黒・赤・青で班分けされ、競走訓練の際にはそれぞれの決められた色のカバーがかけられたヘルメットを着用する。

最高位は金色で、一般的にゴールデンキャップと呼ばれており、白のヘルメットに金色のラインが描かれている。平成2年9月の67期生より制定されたが、スピード、持久力の両方で高い水準をクリアした生徒だけに与えられるもので毎回出るものではなく、獲得者は制定以降男子12名・女子5名のみである(2017年7月時点)。なお、着用するヘルメットは原則学校からの貸与だが、ゴールデンキャップに限り本人に授与される[41]

男子[編集]

200mFD 400mFD 1000mTT 3000mTT 備考1 備考2
A 11.30以内 23.30以内 1.08.50以内 3.45.50以内 スピード◎ 持久力◎
A 11.80以内 24.20以内 1.11.50以内 3.59.00以内 スピード○ 持久力○
B 11.80以内 24.20以内 上記以外 上記以外 スピード○ 持久力×
C 上記以外 上記以外 1.11.50以内 3.59.00以内 スピード× 持久力○
D 上記以外 上記以外 上記以外 上記以外 スピード× 持久力×

女子[編集]

200mFD 400mFD 1000mTT 2000mTT 備考1 備考2
A 12.50以内 25.60以内 1.16.50以内 2.42.00以内 スピード◎ 持久力◎
A 13.00以内 26.50以内 1.20.00以内 2.50.00以内 スピード○ 持久力○
B 13.00以内 26.50以内 上記以外 上記以外 スピード○ 持久力×
C 上記以外 上記以外 1.20.00以内 2.50.00以内 スピード× 持久力○
D 上記以外 上記以外 上記以外 上記以外 スピード× 持久力×

ゴールデンキャップ獲得者[編集]

は適性入学者

男子
氏名 記録会名 年月日 200mFD 400mFD 1000mTT 3000mTT
67 金古将人 第2回記録会 H02/09/11 - 13 11秒20 23秒21 1分06秒76 3分44秒27
69 稲村成浩 試走記録会 H03/05/09 - 13 11秒11 22秒99 1分07秒22 3分43秒69
69 豊岡弘 第3回記録会 H03/10/29 - 31 11秒27 23秒29 1分07秒47 3分41秒57
74 小嶋敬二 第2回記録会 H05/11/16 - 18 11秒08 23秒10 1分07秒73 3分42秒86
88 武田豊樹 第2回記録会 H14/08/19 - 21 10秒86 22秒75 1分06秒62 3分44秒69
91 金澤竜二 第1回記録会 H17/07/11 - 12 10秒98 22秒95 1分07秒87 3分41秒31
93 上野真吾 第3回記録会 H19/06/18 - 19 11秒29 23秒26 1分08秒42 3分43秒33
93 宮島聖悟 第4回記録会 H19/09/10 - 11 11秒27 23秒16 1分08秒36 3分45秒22
95 金子哲大 第4回記録会 H20/09/01 - 02 11秒28 22秒89 1分07秒80 3分45秒35
103 杉森輝大 第1回記録会 H24/08/21 - 22 11秒20 22秒59 1分08秒03 3分41秒19
107 吉田拓矢 第1回記録会 H26/09/03 - 04 11秒25 23秒02 1分07秒52 3分44秒19
111 松本貴治 第1回記録会 H28/07/04 - 05 11秒03 22秒66 1分06秒95 3分45秒06
女子
氏名 記録会名 年月日 200mFD 400mFD 1000mTT 2000mTT
106 小林優香 試走記録会 H25/05/10 - 11 12秒10 25秒37 1分15秒58 2分37秒64
106 小林優香 第1回記録会 H25/07/29 - 30 12秒13 25秒00 1分12秒98 2分37秒41
106 小林優香 第2回記録会 H25/09/24 - 25 11秒94 24秒08 1分12秒65 2分33秒85
112 梅川風子 第1回記録会 H28/07/04 - 05 12秒45 25秒36 1分14秒92 2分39秒10
112 太田りゆ 第2回記録会 H28/09/12 - 13 12秒28 25秒21 1分15秒28 2分39秒78
112 三澤杏奈[42] 第2回記録会 H28/09/12 - 13 12秒44 25秒22 1分14秒42 2分36秒11
114 日野未来 第1回記録会 H29/07/03 - 04 12秒22 25秒10 1分15秒48 2分40秒96

交通アクセス[編集]

伊豆箱根鉄道駿豆線修善寺駅より新東海バスまたはタクシーとなる。競輪学校正門下の道は、ほぼ1時間ごとにサイクルスポーツセンター行きの路線バスが運行されているが、休日の朝と夕方には外出生徒の送迎を兼ねて競輪学校の正門前まで運行されている。なお、当地を訪れる来場者の大半は自家用車を利用している。

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b 日本自転車競技連盟・自転車競技場一覧 - 南400m以外は日本サイクルスポーツセンターの管理扱いとなっている。
  2. ^ 「学校」と称しているものの、あくまでもJKA付属の教育訓練施設であり、学校教育法に規定する専修学校各種学校ではない。
  3. ^ 但し、学業・訓練競走共に成績優秀な者で競輪学校が特別に認めた生徒においては、最短半年程度で早期卒業できる制度がある。
  4. ^ 競輪選手資格検定では面接、実技(1000mおよび200mの時間計測や自転車整備技能)のほか、学科試験として自転車競技法および同法施行規則といった法規に関する問題や自転車競走実施規則に関するガイドライン、一般教養、スポーツに関する医学知識など多岐にわたり出題されるため、独学での合格は難しい。なお、資格検定の受験資格・受験方法・試験内容については広報KEIRIN(4 - 5ページ目)に詳しい記載がある。
  5. ^ a b c d 日本競輪学校第111回生徒入学試験合格者名簿 (PDF) - KEIRIN.JP(2016年1月14日配信)
  6. ^ a b 日本競輪学校第112回生徒入学試験合格者名簿 (PDF) - KEIRIN.JP(2016年1月14日配信)
  7. ^ a b c d e f g h 日本競輪学校パンフレット - 9〜10ページ「Q&A」
  8. ^ ギャンブルレーサー』第20巻p.117
  9. ^ 日本競輪学校 第113回生徒入学試験合格者の成績一覧 (PDF) - KEIRIN.JP(2017年1月12日配信)
  10. ^ a b 競輪に係る業務の方法に関する規程 - 第77条3項ア
  11. ^ 日本競輪学校 第114回生徒入学試験合格者の成績一覧 (PDF) - KEIRIN.JP(2017年1月12日配信)
  12. ^ a b 日本競輪学校第115回(男子)生徒入学試験募集要項(一般試験) - KEIRIN.JP、2017年6月1日
  13. ^ 日本競輪学校第92回生徒特別選抜試験合格者 牛山貴広(トリノオリンピック・スピードスケート代表)の決定について - KEIRIN.JP、2006年3月24日
  14. ^ 2008年11月11日横浜ベイスターズ総合練習場で行われたトライアウトでは会場に競輪学校ブースを設営して入学願書を配布したが、年1回の募集となった現状では入学試験まで1年待たせることになる(現在は入学試験を毎年10月以降に実施)ため、プロ野球トライアウト会場でブースを設営したのはこの一度きりに留まっている。
  15. ^ 日本競輪学校第113回生徒入学試験合格者名簿 (PDF) - KEIRIN.JP(2017年1月12日配信)
  16. ^ 但し、現在までに早期卒業の適用を受けたものは一人もいない。
  17. ^ a b c d e f g h i 【あの時・ガールズケイリン誕生】(4)競輪学校女子1期生たちの挑戦”. 報知新聞社 (2017年5月1日). 2017年5月8日閲覧。
  18. ^ 生徒の生活 - 日本競輪学校ホームページ
  19. ^ これは、卒業後競輪選手となった時に金銭関係のトラブルが公正な競走を阻害する事を未然に防止するため。
  20. ^ 異性と話せない?ピース・又吉&綾部もビックリ、競輪学校の寮生活”. IID (2016年3月29日). 2017年5月22日閲覧。
  21. ^ 但し、両作品とも連載開始時は女子生徒が入学する前であったため、作中での描写は現在とは異なる部分もある。
  22. ^ 資格検定に不合格となると、卒業できず留年となる(例として110期生は合格者20名に対し、卒業者は22名であった)。
  23. ^ 所属しなければJKAからレースへの斡旋を拒否され、出走できない。
  24. ^ 基本的に選手ほぼ全員無名で誰が誰か分からないことや、当時はデビュー時全員が20歳代前半以下のため力量差が少なく誰が1着になってもおかしくないため予想しづらい、という意見が多かった。
  25. ^ ガールズケイリンの平成29年度の取組みについて - ガールズケイリン情報配信サイト、2017年3月24日配信
  26. ^ KEIRIN.JP・日本競輪学校第103回(男子)及び第104回(女子)生徒募集について - 冒頭に期生のついての記述あり。
  27. ^ a b 日本競輪学校第109回生徒入学試験合格者名簿 (PDF) - KEIRIN.JP(2014年12月24日配信)
  28. ^ 特別センター試験 スピードスターからの声 - KEIRIN.jp
  29. ^ 日本競輪学校の歴史 - 日本競輪学校ホームページ
  30. ^ a b 日本競輪学校第113回(男子)生徒入学試験(一般試験)応募者状況 (PDF) - KEIRIN.JP(2016年9月15日配信)
  31. ^ 日本競輪学校第113回生徒入学試験合格者名簿 (PDF) - KEIRIN.JP(2017年1月12日配信)
  32. ^ 日刊スポーツ大阪版、2015年7月1日付20面『レース記者喜怒愛楽』
  33. ^ 日本競輪学校第114回(女子第7回)生徒入学試験(一般試験)応募者状況 (PDF) - KEIRIN.JP(2016年9月15日配信)
  34. ^ 日本競輪学校案内
  35. ^ 競走成績戦法別一覧表(第109回生)総合 (PDF) - KEIRIN.JP
  36. ^ 競走成績戦法別一覧表(第110回生)総合 (PDF) - KEIRIN.JP
  37. ^ a b 競走成績戦法別一覧表(第111回生・女子第6回生(第112回生))総合 (PDF) - KEIRIN.JP(2017年3月24日配信)
  38. ^ a b 決勝戦成績表(第111回生・女子第6回生(第112回生) (PDF) - KEIRIN.JP(2017年3月24日配信)
  39. ^ 日本競輪学校第111回生徒・第112回(女子6回)生徒 学校行事その他予定 (PDF) - ガールズケイリン情報発信サイト(2016年8月23日配信)
  40. ^ 日本競輪学校 第113回生徒・第114回(女子7回)生徒 学校行事その他予定 (PDF) - ガールズケイリン情報発信サイト(2017年5月25日配信)
  41. ^ 日本競輪学校第111・112回生徒におけるゴールデンキャップ獲得者について - ガールズケイリン情報発信サイト、2016年7月6日
  42. ^ 後に退学したため、記録は抹消されている。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]