笠間焼

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茨城県笠間市国道50号沿いにある笠間焼の大(2011年8月撮影)
笠間焼の陶器市
(茨城県つくば市、2010年11月)

笠間焼(かさまやき)は、茨城県笠間市周辺を産地とする陶器

春に行われる陶炎祭(ひまつり)には約50万人[1] 、秋に行われる陶器市である笠間浪漫にも多くの観光客が足を運ぶ。

概要[編集]

江戸時代中期の安永年間(1770年代)から作られ始めた。箱田村の名主久野半右衛門道延が、近江信楽の陶工長右衛門を招聘して窯を築き陶器を焼いたのが起こりとされている。のち笠間藩主の仕法窯として保護され、・摺り鉢などの日用雑器が作られた。[2]幕末から明治にかけては江戸に近い利点から、大量生産の機会を得て技術者や従事者も飛躍的に増えた。陶器商田中友三郎による「笠間焼」の広報・販路開拓が功を奏したという。以後、時代の転換にともなって生産品の変化などを経て、現在では300人に近い陶芸作家や窯元のいる窯業産地となっている。関東地方では、益子と並ぶ大きな窯業産地として知られている。

特徴[編集]

関東ローム層から出土する笠間粘土や花崗岩の風化によってできた鉄分を多く含む蛙目(がいろめ)粘土と呼ばれる陶土によって作られる。笠間粘土は粘りが強く粒子が細かいため焼き上がりが丈夫であり、当時の日常雑器としては理想的な土だった。

特徴がないのが特徴」と言われている。戦後、伝統にこだわらない自由な作品が作れる笠間の気風を求めて各地から若い陶芸家たちが集まったためで、現在では安価で実用的な水瓶徳利から芸術的で斬新なデザインのオブジェまで多種多様な焼き物が焼かれている。

著名な作家[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]