石清尾山塊

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石清尾山塊
石清尾山塊
石清尾山塊
標高 232.4(石清尾山) m
所在地 日本の旗 日本
香川県高松市
位置 北緯34度20分17.6433秒 東経134度01分22.0249秒 / 北緯34.338234250度 東経134.022784694度 / 34.338234250; 134.022784694座標: 北緯34度20分17.6433秒 東経134度01分22.0249秒 / 北緯34.338234250度 東経134.022784694度 / 34.338234250; 134.022784694
山系 独立峰(山塊)
Project.svg プロジェクト 山
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石清尾山塊(いわせおさんかい)は、香川県高松市[1]の中心市街地の南西に位置し、標高200m前後の複数の頂と平坦な峰でなる山の総称である。山塊に、国指定史跡の「石清尾山古墳群」が所在する。[2][3]

概要[編集]

東部公園で石清尾山塊を遠望
突出部側から猫塚古墳を望む

石清尾山塊は、高松平野の北西部に位置し、市街地に囲まれた周囲約16キロメートル・東西約3キロメートル・南北約4キロメートルに広がる独立した山塊である。北端の石清尾山(232.4m)・南側の浄願寺山(239.5m)・東側に位置する稲荷山(166m)と室山(199.8m)などと平坦な峰でなる。山塊の名称は、北東山麓の石清尾八幡神社に由来する。山塊の北側の山麓から瀬戸内海まで約1キロメートルで、西側の香東川は南北に北流して瀬戸内海に注ぐ[1]

稲荷山と室山の2峰の山塊は、「紫雲山(しうんざん)」と総称する[2][3][4]。また峰近くの山腹の峰山町から石清尾山にかけて広がる緩斜面と平坦地の領域は、通称「峰山(みねやま)」と呼ばれる[5][6]

山塊の峰や尾根を中心に、古墳時代の前期から後期にわたる120基を超す積石塚と盛土墳が分布する。全長約96mの双方中円墳の「猫塚古墳」など20基を超す積石塚群は、国指定史跡の「石清尾山古墳群[7]として、全国の人々にも知られる香川県を代表する古代遺跡である[2][8]

山塊は、香川のみどり百選の一つ。また峰山には、高松市の峰山公園(丸山地区は芝生広場・ちびっ子広場ほか、東石清尾地区は花木園・桜並木ほか、西石清尾地区はアスレチックコース・はにわっ子広場・キャンプサイト・展望台ほか)が広がり、登山やハイキングが楽しめる里山として、高松市民に身近な存在である[9]

石清尾山の展望台では、東方の屋島と西方の五色台に挟まれた瀬戸内海が一望できる。高松市の中心市街とサンポート高松は眼下。前方に、女木島男木島直島豊島小豆島などの島々、行き交う船舶、海を隔てて岡山県の山々が遠望できる[6]。また展望台から望む夜景は、高松市民が楽しむ夜景スポットの一つである[10]

北東の山塊最大の摺鉢谷には、峰近くの緩斜面を果樹園や畑などに使用して集住する、峰山町がある。山上へは、山麓の宮脇町の峰山墓地から峰山町を経て、石清尾山の峰に至る自動車道が通る。山塊を囲み、山塊に広がる行政区は宮脇町のほか数町にまたがる[2][3][7]

石清尾山は、狭義では「石清尾山」を指すが、広義では「石清尾山塊」と解釈されている[2][3]

紫雲山[編集]

高松市の市街地の南に位置し、北側の標高166mの稲荷山から南に延びる尾根の、南側の標高199.8mの室山に至る山塊の総称である[2][3][11]。山名は行基菩薩が、南麓に所在していた無量寿院隋願寺に与えた、山号に由来するとされる[2][3][5]。また国土地理院の2万5千分1の地形図には、稲荷山と室山の間の峰に、拡大文字で「紫雲山」と記載する[1]。そして、1904年(明治37年)発行の印刷絵図『讃岐高松栗林公園真景』には、庭園と背景の2峰が描かれ、「紫雲山」と標示する[12]

尾根の周辺には、積石塚の稲荷山姫塚古墳など、複数の古墳が残存する[8][13]。また紫雲山の東面は栗林公園と地続きのため、山頂まで公園区域である。そのため、紫雲山は栗林公園の庭園単独の背景としての役割をはたしているとされる[14]

地形・地質[編集]

地形の詳細は巻頭と概要に記述の通り。

石清尾山と浄願寺山は、白亜紀後期の花崗岩類を中期中新世(約1300万年前~約1500万年前)の讃岐岩質安山岩(サヌキトイド)が覆ったビュートで、頂部に平坦面が残る。石清尾八幡宮から紫雲山は、讃岐岩質安山岩の貫入岩体で、石清尾山の東の尾根に火道角礫岩が分布する[15]

登山・ハイキング[編集]

代表的なコースの、石清尾山から紫雲山を廻るコースは下記の通り。

最寄りの市民病院バス停から5分ほど車道を登ると、社会福祉法人「さぬき」の入り口に登山口の案内表示があり、構内を通り抜けた山側に登山口がある。稜線に沿って登り、平坦な峰を進むと石清尾山の山頂の展望台に到着する。展望台から南に入り、林の中を進み「猫塚古墳」を目指す。古墳を過ぎれば車道に出る。車道を南に進み、トイレ・「姫塚古墳」・「小塚古墳」の前を通り、休憩所を過ぎればハイキングコースの道標がある。山道に入り「石船塚古墳」の右側をたどると紫雲山への縦走路に入る。東側に下り、紫雲山に登り返すと、稲荷山と室山の分岐の尾根に出る。北に折れ、稲荷山を目指して平坦な峰を進む。稲荷山の三角点は、「稲荷山北端1号墳」の墳丘にある。北に向かって急坂を道標のある場所まで下り、裾野を回り込み、中野稲荷神社の境内の階段を下る。眼前の鉄道の高架を抜け、左に曲がればJR栗林公園北口駅である。本ルートは、最寄りのJR栗林公園北口駅をスタート地点とする登山者も多い[16][5]

歴史[編集]

摺鉢谷を下流より望む

古墳時代は、山塊の北側の山麓は海岸であり、東側と西側の山麓を河川が北流していたとされてる[17]。標高150~160メートルの摺鉢谷では、弥生時代の青銅器・土器・石器が採取され、高地性集落の痕跡が認められる。浄願寺山と紫雲山の標高20~30メートルの場所でも、弥生時代の遺物が採取されている[8]

古墳時代前期の積石塚は、大和豪族を首長とする政治連合に参加しながら、自立的な地域支配を行っていた豪族の遺跡とされている。その後、古墳時代後期まで、山塊の全域で多くの盛土墳が築かれている[18][19][13]

江戸時代の摺鉢谷は、深山幽谷であると『三代物語』に記述する[2]。江戸時代初め、香東川は石清尾山塊を挟んで東西二筋の流れであったが、西嶋八兵衛の治水工事で東側の流れが堰き止められ、西側の流れ一本に改変された[11][20]

昭和時代初め、摺鉢谷の峰近くの緩斜面と平坦地が開拓され、徐々に居住者が増える。峰山町は1940年(昭和15年)、高松市の町名になる。2017年(平成29年)12月現在、64世帯・152人が居住する[2][21]。1979年(昭和54年)、市政施行90周年記念事業の一環として峰山公園の整備が始まる。1981年(昭和56年)に丸山地区の供用開始、1983年(昭和58年)に全域の供用開始となる。その後、はにわっ子広場などが新設された[9]

山の標高[編集]

サンポートで石清尾山を望む

石清尾山(いわせおやま)[編集]

稲荷山(いなりやま)[編集]

  • 標高:166m

室山(むろやま)[編集]

浄願寺山(じょうがんじやま)[編集]

小山[編集]

交通[編集]

バス路線は山麓で止まり、峰山への乗り入れは無い。山上へはタクシーの利用、または自家用車か徒歩になる。

ショートカット[編集]

山塊は都心の人口密集地に囲まれ、交通を阻む状態にあるため、複数のショートカットが存在する。

栗林トンネル[編集]

峰山と紫雲山の間に位置し、高松市の中心部と鶴尾地区及びそこに連結する国道32号を結ぶ動脈である。トンネルは香川県道172号川東高松線の一部で交通量も多い。ここをショートカットしない場合は、中央通り国道11号)まで迂回することになる。栗林トンネルの北側に延びる約1キロメートルの百舌坂は、学生や市民ランナーが走り込み練習をする坂で、上りきると市街地が一望できる[22]

切通越え[編集]

切通越えは峰山と浄願寺山の間の峠越えの道路で、鶴尾地区弦打地区を結ぶ。自動車の対向困難箇所が多数存在する狭隘な農道のため、対向車が現れることは稀である。ここをショートカットしない場合は、栗林トンネルか産業道路(香川県道176号檀紙鶴市線)を経由することになる。

高松市は切通峠の下部に峰山トンネル(仮称)を貫通させ、2018年度の供用を目指して道路工事中である。この道路工事は、都市計画道路木太鬼無線の一部である。完成すればそれまで迂回を余儀なくされていた、高松平野の中央と西部の拠点市街地が結ばれ、栗林トンネルに匹敵する重要度の高い道路になる。

放送送信所[編集]

高松平野の中心に位置し、高松市全体を見渡せるロケーションから石清尾山には高松市を放送対象地域とするコミュニティFMの送信所が置かれている。

他にも室山には鶴尾地区や栗林町を対象としたRNCの中継局も設置されている(→RNC栗林南中継局参照)。

FMラジオ放送送信設備[編集]

周波数 放送局 コールサイン 空中線電力 ERP 放送対象地域 放送区域内世帯数
81.5MHz エフエム高松 JOZZ9AB-FM 20W 108W 高松市 約16万4000世帯
※指向性あり

FMラジオ放送送信設備(廃止)[編集]

2000年3月23日に亀井町から移転。送信設備はFM高松と共用であった。2005年4月1日午前0時をもって高松FMへ吸収合併され廃止。

周波数 放送局 コールサイン 空中線電力 ERP 放送対象地域 放送区域内世帯数
78.0MHz FM MARINO JOZZ9AF-FM 20W 不明 高松市 約16万4000世帯
※指向性あり

出典[編集]

  1. ^ a b c 電子国土基本図(地図情報) = 国土地理院
  2. ^ a b c d e f g h i 『角川日本地名大辞典 37 香川県』、角川書店、1985年、127-128・383・777頁。
  3. ^ a b c d e f 『香川県大百科事典 』、四国新聞社、1984年、417頁。
  4. ^ 森合重仁 編『香川県 地学のガイド』、コロナ社、1979年、34-40頁。
  5. ^ a b c 林 巍「紫雲山・峰山」『里山に遊ぶ』、里山悠遊クラブ・自然探訪の会、2003年、64-65頁。
  6. ^ a b 「峰山」『野山への招き』、髙松市ハイキング協会、2001年、87-92頁。
  7. ^ a b 国指定文化財等データーベース = 文化庁
  8. ^ a b c 廣瀬常雄 著『日本の古代遺跡 8 香川』、保育社、1991年、157-175頁。
  9. ^ a b 「峰山公園」『かがわの都市公園』、香川県都市計画課、2014年、34頁。
  10. ^ 「週刊 まちぶら/高松市・峰山公園かいわい」、朝日新聞、2007年7月2日、閲覧。
  11. ^ a b 香川県の歴史散歩編集委員会 編『香川県の歴史散歩』、山川出版社、2013年、10-12頁。
  12. ^ 『栗林公園 北庭完成100周年 特別名勝指定60周年記念事業 報告書』、香川県栗林公園事務所、2014年、11頁。
  13. ^ a b 『史跡 石清尾山古墳群』(パンフレット)、髙松市教育委員会、1998年、10-11頁。
  14. ^ 中西 勉 編著『造園史 特別名勝 栗林公園』、美巧社、2004年、82頁。
  15. ^ 長谷川修一・鶴田聖子 著『香川大学生涯学習教育研究センター研究報告(別冊) 讃岐ジオサイト探訪』、香川大学生涯学習教育研究センター、2013年、62-63頁。
  16. ^ 高松勤労者山の会 著「石清尾山」『香川県の山』、山と渓谷社、2017年、24-27頁。
  17. ^ 蔵元晋司「古からのメッセージ 32/さぬき考古学講座」。四国新聞、2017年12月7日閲覧。
  18. ^ 木原溥幸・和田 仁 著『讃岐と金毘羅道』、吉川弘文館、2001年、54-55頁。
  19. ^ 高上 拓「高松平野の「王家の谷」ー石清尾山古墳群」『香川県 謎解き散歩』、新人物往来社、2001年、165-167頁。
  20. ^ 藤田勝重 著『西嶋八兵衛と栗林公園』、美巧社、2015年(復刻版)、3-7頁。
  21. ^ 峰山町の登録人口[1] = 高松市
  22. ^ 百舌坂/菊池寛のエピソード由来。四国新聞、2018年2月11日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]