瑞穂郷

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花蓮県の旗 花蓮県 瑞穂郷
別称: 水尾
Mizuhomakiba06.jpg
地理
Karen mizuhokyou.svg
位置 北緯23°26'
東経121°30'
面積: 135.5862 km²
各種表記
繁体字: 瑞穂郷
日本語読み: ずいすい
みずほ[1](慣用読み)
漢語: Rùisùi
通用: Rùeisùei
注音符号: ㄖㄨㄟˋ ㄙㄨㄟˋ
片仮名転写: ルイシュイ
行政
行政区分:
上位行政区画: 花蓮県の旗 花蓮県
下位行政区画: 11村174鄰
政府所在地: -
瑞穂郷長: 陳進光
公式サイト: 瑞穂郷公所
情報
総人口: 12,172 人(2014年11月)
戸数: 4,661 戸(2014年11月)
郵便番号: 978
市外局番: 03
瑞穂郷の木: -
瑞穂郷の花: -
瑞穂郷の鳥: -
紅葉渓をまたがる台鉄台東線新・旧鉄道橋および台9線紅葉渓橋(奥から)

瑞穂郷(ずいすい-きょう)は台湾花蓮県である。

地理[編集]

瑞穂郷は花蓮県南東部に位置し、北は光復郷と、西は万栄郷卓渓郷と、東は豊浜郷と、南は玉里鎮とそれぞれ設置、北回帰線が郷内を通過している。花東縦谷に位置し、西側の中央山脈と東側の海岸山脈に挟まれた地形であり。南は舞鶴台地に繋がっている。秀姑巒渓の沖積扇上に位置するため地勢は平坦である。住民は閩南系と原住民が多く、原住民の中ではアミ族が最も多くなっている。

歴史[編集]

瑞穂郷の旧名は水尾と称した。1862年、台湾鎮総兵の呉光亮が武将の呉立貴に命じこの地で屯田を開始し、次第に集落が形成されていった。日本統治時代の1911年(明治44年)、総督府は「『水尾瑞穗』國音相近ク文字又瑞祥ト認ムル」[2]に依り、水尾から和風地名・瑞穂(みずほ)と改称した。なお、台湾語や客家語では旧称が現在でも使用されている。

1937年の花東地方改制の際、この地に瑞穂庄が設置され花蓮港庁鳳林郡の管轄とされた。戦後は花蓮県瑞穂郷とされ、また1946年には一部の村が新設された光復郷万里郷に行政移管されるなどの変遷を経て現在に至っている。

経済[編集]

行政区[編集]

  • 瑞穂村
  • 瑞美村
  • 瑞祥村
  • 瑞良村
  • 瑞北村
  • 舞鶴村
  • 鶴岡村
  • 奇美村
  • 富源村
  • 富民村
  • 富興村

歴代郷長[編集]

氏名 任期

教育[編集]

国民中学[編集]

国民小学[編集]

交通[編集]

種別 路線名称 その他
鉄道 台東線 瑞穂駅 富源駅
省道 台9線

観光[編集]

国際交流都市[編集]

出典[編集]

  1. ^ 小川琢治編 『市町村大字讀方名彙』 成象堂、大正十四年、387頁。
  2. ^ 臺灣總督府編、『官營移民事業報告』、臺灣總督府、大正八年、六一頁。

外部リンク[編集]