「発芽」の版間の差分

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[[File:Sunflower seedlings.jpg|thumb|right|200px|[[ヒマワリ]]の種子発芽]]
{{出典の明記|date=2011年5月}}
[[File:Sunflower seedlings.jpg|thumb|right|220px|[[ヒマワリ]]の発芽]]
[[ファイル:Carica papaya seedlings.jpg|thumb|200px|[[パパイヤ]]の種子発芽]]
'''発芽'''(はつがとは、[[植物]]の[[種子]]ばえること[[胞子]]が動き出場合も発という。
'''発芽'''(はつが、Germination)とは、植物の[[種子]]や[[むかご]]などからが出ること、また、[[胞子]]や[[花粉]]などを始めることを指用語である。似た用語に'''萌''' (ほが) があるが、これは通常[[樹木]]の[[冬芽]]や[[切り株]]からの芽生えのことを指す


== 種子植物場合 ==
== 種子の発芽 ==
=== 概要 ===
[[種子植物]]の[[種子]]は多くの場合、[[細胞]]が[[水]]を失い、[[胚]]の状態で休眠している。これに対してある条件を満たすと休眠が解除され、胚が成長して種子の皮の外に[[根]]や[[芽]]を出す。発芽を促進する因子としては十分な水、十分な量の[[酸素]]、適当な[[温度]]の三つが重要である。種によっては[[光]]の条件が必要であったり、それ以外にも[[休眠]]を解除する刺激が必要であったりする。光が発芽に必要なものは、[[光発芽種子]]といわれる。
[[File:Taxus baccata seed seedling.png|thumb|200px|[[ヨーロッパイチイ]]の種子の発芽。地上に現れてすぐの実生(一番左)は、胚軸がフック状になっている。また種皮が地上で脱落しているため、この実生は地上性である。]]
[[ファイル:Sa cumin.jpg|thumb|200px|[[クミン]]の種子]]
[[ファイル:Beech seedling.jpg|thumb|200px|[[ブナ属]]の1種の[[実生]]]]
[[ファイル:Coconut germinating on Black Sand Beach, Island of Hawaii.JPG|thumb|200px|[[ココナッツ]]の発芽]]


[[種子]]の発芽は、[[種子]]が吸水して、胚組織の一部である幼根(のちに[[根]]となる器官)が種皮を破って現れるまでの一連の過程を経て行われる<ref name="shusi185">鈴木(2003)p.185</ref>。また発芽によって発生した幼植物のことを'''[[実生]]'''(みしょう)という。土壌中にある種子は、のちに茎となる胚軸が土を押し上げて地上に現れるが、その際に幼芽が傷つかないように、頂端がフック状になって幼芽を保護している<ref name="leys6">Leyser and Day (2003) p.6</ref>。また発芽途中の段階では、幼芽は種皮に包まれている。芽が地上に出た後、フック状になっていた部分はまっすぐに伸び、幼芽が子葉となる<ref name="leys6"/>。なお幼芽から種皮が外れるタイミングは2通りあり、地上に芽を出したあとに脱落する'''地上性'''(Epigeal)の実生と、地中ですでに幼芽が種皮から離れる'''地下性'''(Hypogeal)の実生とがある<ref name="leys6"/>。
休眠中の種子には貯蔵物質として[[脂質]]や[[デンプン]]が多く含まれているが、発芽に際してこれらが分解され、より多くの生物の活動に必要な物質が合成される。[[ジベレリン]]は、デンプンなどの分解を促進し、発芽を誘導する[[植物ホルモン]]として知られている。逆に、発芽を抑制する作用を持つ植物ホルモンとして[[アブシジン酸]]が知られている。


外見的には、幼根が種皮を破って出現するか、あるいは土壌から芽あるいは根が出現した段階で、種子が発芽したと認識できるが、実際にはその段階に至るまでに、種子の成熟や[[休眠]]など、種子内部での複雑な[[生理学]]的変化を経ている<ref name="shusi185"/>。一般的には、それらの生理学的な過程を経たあと、環境条件(光、水分、温度など)が適切な場所に置かれると種子は発芽するが、そのような外的環境以外にも、他の生物による被食などが発芽に大きな影響を及ぼす場合もある。
== スプラウト ==

英語では発芽させることをスプラウト(Sprout) といい、様々な種子を発芽させたもの[[スプラウト]]として食用とする。スプラウトにすると[[ビタミン]]などの栄養素が大幅に上がることが判っており、[[アルファルファ]]や[[緑豆]](市販されている[[モヤシ]]の大半)、[[貝割れ大根]]などはおなじみだが、近年では[[ブロッコリー]]、[[ソバ]]などの新顔も加わっている。
=== 種子の成熟 ===
種子が発芽力をもつためには、通常多少の成熟期間を必要とする。どの程度成熟期間が必要かは種によって異なり、形態的には未熟に見える段階ですでに発芽力を持つ植物([[イネ科]]など)や、形態的には成熟したように見えても、その後一定の日数を経過しないと発芽力を獲得しない植物([[ウリ科]]、[[ナス科]]など<ref name="suzu1964"/>)などがある<ref name="shusi82">鈴木(2003)p.82</ref>。種子の発育と発芽力の獲得については多くの研究があり<ref name="shusi85">鈴木(2003)p.85</ref>、例えば[[レタス]]の種子は開花後8日ですでに発芽力を持ち、10-12日後には発芽率が非常に高くなることが知られている<ref name="shusi89">鈴木(2003)p.89</ref>。一方[[カラタチ]]のように開花後90-100日が経過しないと発芽力を獲得せず、120-130日後になってようやく高い発芽率を示す、成熟の遅い種も知られている<ref>岡崎 光良, 小河原 公司, 稲生 美子 (1964) カラタチ種子 (Poncirus trifoliata Raf.) の発芽と貯蔵について. 岡山大学農学部学術報告 24(1) 29-36 [http://ousar.lib.okayama-u.ac.jp/journal/181]</ref>。

種子の成熟過程は、'''登熟、追熟、後熟'''の3つの過程に大きく分けることが出来る<ref name="shusi84">鈴木(2003)p.84</ref>。登熟過程は開花、受粉後、[[果実]]が採取されるまでの期間を指し、その期間に種子の形態形成が進行し、[[脂質]]<ref name="shusi241">鈴木(2003)p.241</ref>や[[デンプン]]<ref name="shusi238">鈴木(2003)p.238</ref>、タンパク質<ref name="shusi236">鈴木(2003)p.238</ref>などの貯蔵物質の蓄積や含水量の減少、[[休眠]]誘導などが起こる<ref name="shusi84"/>。この登熟過程では、種子の生長を調整する物質である[[オーキシン]]や[[ジベレリン]]、[[サイトカイニン]]などの急激な増減がみられ、登熟過程が終了する頃にはそれらの濃度は低下している<ref name="shusi101">鈴木(2003)pp.101-103</ref>。

追熟過程は、通常果実が採集された日から種子が採集されるまでの日数を指し<ref name="shusi84"/>、その期間にさらなる貯蔵物質の蓄積や発育の進行が見られる<ref name="shusi94">鈴木(2003)p.94</ref>。ただし十分な登熟期間を経ている場合は、追熟期間がなくても良好な発芽率を示す場合も多い<ref name="shusi94"/>。また追熟期間の発育量には温度などが大きく関係しており、低温より高温で発育がより進行することなどが知られている<ref name="shusi97">鈴木(2003)p.97</ref>。

追熟後も発芽力を獲得できない種子は、発芽可能となるために後熟過程を経る必要がある<ref name="shusi98">鈴木(2003)p.98</ref>。後熟過程では胚の形態形成や肥大成長が起こり、形態的に成熟することによって発芽力を得るが、開花から種子採取までの日数によって、後熟過程で得られる発芽力の強さも大きく異なる<ref name="shusi99">鈴木(2003)p.99</ref>。例えば[[ホオズキ]]では、開花後70日が経過してから採取した種子と、50-60日が経過してから採取した種子では、後者のほうが長い後熟期間を経ないと高い発芽率を示さないことが知られている<ref>Y. Suzuki and T. Saito 1969 Photo-, thermo- and chemical-induction in seed germination of Physalis Alkekengi 福島大学教育学部理科報告 19 37-46 [http://jairo.nii.ac.jp/0057/00002104/en]</ref>。

=== 休眠の解除 ===
[[ファイル:Abscisic acid.svg|thumb|200px|[[アブシジン酸]]は発芽を抑制する働きがある。]]
[[ファイル:Gibberellin A3.svg|thumb|200px|[[ジベレリン酸|ジベレリンA<sub>3</sub>]]。低温処理などによって増加し、発芽の促進に働く。]]
{{Main|休眠}}
一部の種を除いて、[[種子植物]]の[[種子]]は、登熟を経て十分に成熟すると水分含量が少なくなり、種子内の代謝活性が著しく抑制される<ref name="shusi189">鈴木(2003)p.189</ref>。この状態を[[休眠]]といい、生育可能な環境で確実に発芽するために獲得した能力であると考えられている<ref name="shusi132">鈴木(2003)p.132</ref>。特に冷帯や温帯の種では、種子が生産されて秋ごろにすぐ発芽する種はほとんど無く、大半の種は冬の低温によって休眠を解除してからでないと発芽できない種子を生産する<ref name="shu156">種生物学会編(2009)p.156</ref>。このような休眠性をもつのは、霜や低温、乾燥といった生育に不適な環境である秋から冬に発芽せず、気温が上昇し生育に好適である春に発芽するためである<ref name="shu156"/>。

休眠状態にある種子は胚の生長が抑制または停止されるため<ref name="shusi132"/>、発芽が起こるにはまず休眠が解除される必要がある。休眠を解除する要因には以下のようなものがある。

*成熟過程の一部である'''後熟'''(After-ripening)過程によって、休眠が解除されることが知られている<ref name="shusi153">鈴木(2003)p.153</ref>。後熟過程は、種子が好適な温度条件などが整った環境に置かれると進行し、胚の肥大成長や発芽抑制物質である[[アブシジン酸]]などの減少、発芽促進物質の増加などが起こる<ref name="shusi155">鈴木(2003)p.155</ref>。なお休眠性を持たない種子は後熟過程をもたないものと考えられている<ref name="shusi85"/>。

*多くの種子は、'''低温条件'''下に一定期間置かれると、休眠が解除される([[春化]])。休眠解除に低温処理を必要とする種子では、低温条件に置かれると発芽抑制物質である[[アブシジン酸]]が減少し、発芽促進物質である[[ジベレリン]]様物質が増加することが知られている<ref name="shusi158">鈴木(2003)p.158</ref>。

*[[イネ]]や[[ペカン]]など高温処理によって休眠覚醒が促進される例も報告されている<<ref name="shusi159">鈴木(2003)p.159</ref>。高温処理では、発芽抑制物質の分解促進や、包皮組織の変性による抑制物質の種子外への放出促進などが起こるものと推測されている<ref name="shusi159"/>。

*特に温帯で生育する種の中に、休眠の覚醒に'''湿層処理''' (Stratification, 湿った環境に一定期間置かれること) が必要となる種子をもつものが存在する<ref name="shusi155"/>。またこの処理を低温環境下で行う場合は低温湿層処理といわれ、多くの種で休眠を解除する要因として知られている<ref name="shusi156">鈴木(2003)pp.156-157</ref>。

なお、休眠が解除された種子、あるいは休眠性のない種子が発芽に不適な環境に置かれた場合、'''二次休眠'''に入り、その後発芽に好適な環境に置かれても発芽できなくなることがある<ref name="shusi132"/>。

=== 発芽に必要な条件 ===
[[ファイル:Mung bean germination.ogv|thumb|200px|[[リョクトウ]]の発芽を早送りで撮影した映像]]
休眠が解除された種子が発芽するには、発芽に適した水分や温度、光などといった条件を満たした環境に種子が置かれる必要がある<ref name="shusi189"/><ref name="leys">Leyser and Day (2003) p.5</ref>。主要な環境要因としては、次のような要因があげられる。

'''[[水|水分]]'''は、発芽を規制する最も重要な要因であり、発芽には多くの水分を必要とする<ref name="shusi189"/>。含水量の少ない種子は[[水ポテンシャル]]によって種子内部へ吸水し、発芽に必要な代謝を活性化する<種子の世界-13- 高橋 成人 農業および園芸 65(9), p1047-1053><ref name="shusi191">鈴木(2003)p.191</ref>。種子の吸水は、急激に水を吸って膨潤する吸水期、緩やかに吸水して代謝系が活性化する発芽始動期、発芽始動期で発芽に必要なタンパク質合成が行われた後、幼根や幼芽の生長が始まる成長期に分けられる<ref>高橋 成人(1990)「種子の世界-13-」 農業および園芸 65(9), pp.1047-1053</ref><ref name="shusi191"/>。吸水が行われる部位はは種によって異なるが、種皮や発芽口から吸水する種が多い<ref name="shusi193">鈴木(2003)p.193</ref>。

発芽可能な'''[[温度]]'''は植物種、光条件、種子の成熟度などによって著しく異なる<ref name="shusi198">鈴木(2003)p.198</ref><ref>Yoshihiro Suzuki and Nobindo Takahashi (1968) Effects of after-ripening and gibberellic acid on the thermoinduction of seed germination in ''Solarium melongena''. Plant Cell Physiology 9(4): 653-660.</ref>。発芽の最適温度は、温帯の植物で20-25度、熱帯の植物で30-35度であることが多い<ref name="shusi198"/>。一方で、発芽に適さない温度条件に置かれた場合、代謝活性が阻害されるなどして発芽が抑制されることもある<ref name="shusi201"/>。また一定の温度条件下で発芽する種子が多くある<ref name="taka"/>一方で、発芽に変温条件を必要とする植物も多くあるが<ref name="suzu1965">鈴木善弘, 木本氏幹 (1965) ナス種子の発芽に関する研究. 福島大学学芸学部理科報告 15 42-57 [http://ir.lib.fukushima-u.ac.jp/dspace/handle/10270/3245]</ref><ref name="suzu1964">鈴木, 善弘 (1964) ナス種子の発芽に及ぼす Gibberellin の効果に関する研究(2), 福島大学学芸学部理科報告 14 48-54 [http://ir.lib.fukushima-u.ac.jp/dspace/handle/10270/1966]</ref>、これは種子が自然条件下において昼夜の気温変化にさらされていることが関係していると考えられている<ref name="taka">高橋成人(1973)「作物における種子の発芽-作物の形態と機能1-」農業技術 28巻・1号, p.30-35[http://www.affrc.go.jp/jasi/062795.pdf]</ref>。しかし変温環境がどのような生理学的、[[生化学]]的機構を引き起こしているのかについては、あまり明らかとなっていない<ref name="taka"/><ref name="shusi201">鈴木(2003)p.201</ref>。

[[ファイル:3G6O.pdb.jpg|thumb|200px|光を感知する物質である[[フィトクロム]]の立体構造。]]
'''[[光]]'''は、古くから種子の発芽に影響することが知られている。例えば Caspary (1860) は光が種子発芽を促進することを認め、また Hendricks et al. (1904) は光が発芽を抑制する事例を発見した<ref>Rollin, P., 1972. Phytochrome control of seed germination. In Phytochrome. Eds K. Mitrakos and W. Shropshire. Academic Press, London and New York. pp. 229-254.</ref>。発芽における光の影響は植物種、また種子の生理条件などによってさまざまであるが、大きく分けて長日性の種子(長時間の光照射が発芽を促進)、短日性の種子(長時間の暗期が発芽に必要で、長時間の光照射が発芽を抑制)、そして光非依存性種子(光要求性なし)がある<ref name="shusi204">鈴木(2003)p.204</ref>。光が発芽に必要なものは[[光発芽種子]]といわれ、964種の種子を対象に行なった発芽実験では約70%が光によって発芽を促進される光発芽種子であるとされた<ref name="shusi204"/><ref>藤伊正(1964)「光発芽の生理」植物学雑誌 77(910) 146-154</ref>。また光によって発芽率が低下する種子は嫌光性種子というが<ref name="shusi204"/>、これは好光性種子よりも[[赤外線]]や[[紫外線]]による発芽阻害効果を強く受けるためで、嫌光性種子でも600-700μmなど特定の波長では発芽が促進される<ref>近藤頼巳(1936)五〇 好光性種子竝に嫌光性種子の發芽に對する光の影響 ((D) 作物一般に關するもの) 日本作物學會紀事 8(4), 611-612 [http://ci.nii.ac.jp/naid/110001735885/]</ref>。

光を感受する部位は種によって異なりるが、種皮や胚、胚軸などで光を感受する種が多い<ref name="shusi206">鈴木(2003)p.206</ref>。発芽に有効な波長は赤色光(R, 約600nm)であり、遠赤色光(FR, 約730nm)には発芽を抑制する効果や、赤色光によって獲得した発芽誘起効果を打ち消すことが知られている<ref name="shusi207">鈴木(2003)p.207</ref>。これらの波長は、種子に含まれる色素タンパク質である[[フィトクロム]]によって感受される。フィトクロムは赤色光によって活性型(Pfr型)となり、発芽を促進する作用を持つが、遠赤色光を受けると不活性型(Pr型)に変化し、発芽を促進する機能を失う<ref name="shusi209">鈴木(2003)p.209</ref>。またフィトクロムが活性を持つためには、種子が一定以上の水分を含んでいる必要がある<ref name="shusi210">鈴木(2003)p.210</ref>。

'''[[酸素]]'''は、多くの種において、種子発芽における[[代謝]]を行うために必要である<ref>S. M. Siegel, L. A. Rosen (1962) ''Effects of Reduced Oxygen Tension on Germination and Seedling Growth'' Physiologia Plantarum 15 (3), 437–444 doi:10.1111/j.1399-3054.1962.tb08047.x</ref>。種子は、幼根や幼芽の生長を行うためのエネルギーとして、[[呼吸]]により酸素を取り入れるが、種子外部が無酸素状態であれば、[[発酵]]による酸化過程からエネルギーを得る<ref name="shusi217">鈴木(2003)p.217</ref>。一般に酸素吸収速度が大きいほど代謝が活発になるため、発芽過程の進行が早まる。

発芽を促進する酸素濃度は植物種、温度などによって異なり、例えば[[ナス]]では酸素濃度10%より30%でより高い発芽率を示す<ref name="suzu1965"/>。しかし[[コナギ]]などの[[水田雑草]]では低酸素条件で発芽率が上昇し、逆に空気中の酸素濃度では発芽率が低くなるという種も多くある<ref name="shusi218">鈴木(2003)p.218</ref>。酸素の少ない嫌気的な条件でも発芽できる種は、種子内に[[デンプン]]を豊富に貯蔵しており、それを無気呼吸によって発芽にかかるエネルギーを獲得している<ref name="shu92">種生物学会編(2009)p.92</ref>。また無気呼吸の際には有害な副産物が生じるが、嫌気発芽能を持つ種子ではそのような副産物を排除する機構も持っている<ref name="shu92"/>。

=== 発芽特性と生態的戦略 ===
[[ファイル:Pisum sativum emerging (Kiemplanten kreukerwten 'Kelvedon Wonder') 1.jpg|thumb|200px|[[エンドウ]]の発芽]]
種子植物の発芽特性はその植物の生態的な特徴とも大きな関係がある。例えば、更地に真っ先に侵入して個体群を拡大する[[先駆種]](パイオニア種)といわれるタイプの植物では、発芽は春から秋にかけて散発的に起こり、また休眠が複数年にわたることや、撹乱が起きた際に発芽しやすいといった特徴を持つ<ref name="shu161">種生物学会編(2009)p.161</ref>。[[ハルニレ]]などがその例として知られるが、これは、さまざまな環境で最適なタイミングで発芽することによって、どのような環境でも確実に実生を定着させるための戦略であると考えられている<ref name="shu166">種生物学会編(2009)p.166</ref>。一方、寿命が長く[[極相林]]を構成する種類などでは、発芽した実生の定着に失敗したとしても、寿命が長い分繁殖の機会が多いため、早春など生存率が高まると予想される時期に一斉に発芽する戦略を取る<ref name="shu168">種生物学会編(2009)p.168</ref>。

=== 他の生物が発芽に及ぼす影響 ===
[[ファイル:Dumetella carolinensis 2.jpg|thumb|200px|[[オプンティア|ウチワサボテン]]の果実を食べる[[ネコマネドリ]]]]
種子発芽は、以上に示したような条件が揃えば発芽するとは限らず、他の生物の活動によって発芽が促進、あるいは抑制される例も知られている。

例えば、動物による果実の被食によって種子の発芽率が変化することが知られている。果実を捕食する[[鳥類]]や[[哺乳類]]は、[[消化管]]内で果実のみを消化し種子を排出するが<ref name="shu173">種生物学会編(2009)p.173</ref>、その過程で種皮に傷がつくなどして、被食されていない種子より被食された種子のほうが発芽率が上昇する例が知られている<ref name="shu174">種生物学会編(2009)p.174</ref>。また果肉には種子発芽を抑制する物質が含まれていると考えられており<ref name="shu175">種生物学会編(2009)p.175</ref>、果肉の被食あるいは土壌生物などによる分解が、発芽率を上昇させているものと考えられている<ref name="shu176">種生物学会編(2009)p.176</ref>。また被食や分解によって果肉が除去されないと種子の死亡率が高くなる例も報告されている<ref name="shu177">種生物学会編(2009)p.177</ref>。

また、植物の根などから分泌される化学物質(アレロケミカル、他感作用物質)によって、その植物の近辺にある他の植物の種子発芽が抑制されることもある([[アレロパシー]])<ref name="shu115">種生物学会編(2009)p.115</ref>。アレロケミカルの例として、[[アブシジン酸]]を放出することで種子の発芽、生育を一時的に阻害する[[テルペノイド]]<ref name="shu116">種生物学会編(2009)p.116</ref>や、[[オオイタドリ]]がもつ強力な発芽阻害作用を持つ[[ナフトキノン]]<ref name="shu118">種生物学会編(2009)p.118</ref>などが挙げられる。ただし、それらの化学物質によって同種の植物の種子発芽が阻害される場合は、[[自家中毒]](自己中毒)といってアレロパシーとは区別される<ref name="shu115"/>。

== 無性的な繁殖体の発芽 ==
[[ファイル:HydrocharisBaby.jpg|thumb|200px|[[ヨーロッパトチカガミ]]([[トチカガミ科]])の殖芽の発芽]]
[[無性生殖]]や[[栄養生殖]]によって生産される、いわゆる[[むかご]]や[[塊茎]]([[ジャガイモ]]など)、[[殖芽]]などといった繁殖体から芽が出ることも、種子と同様に発芽という。

これらの無性的な繁殖体は、種子とは異なる発芽特性を示す場合もある。例えば[[ヤマノイモ属]]のむかごでは、種子では発芽を促進する働きのある[[ジベレリン]]によって休眠が促進されることが知られている<ref>丹野憲昭(1993)「ヤマノイモ属植物の成長,特に休眠におけるジベレリンの作用」東北大学博士学位論文の要旨及び審査結果の要旨[http://ir.library.tohoku.ac.jp/re/handle/10097/25344]</ref>。また[[カシュウイモ]]のむかごでは、低温処理によって発芽が阻害される<ref>木俣美樹男、山上真一、小林興(1975)「カシュウイモむかご(地上塊茎)の休眠について」東京学芸大学紀要.第6部門,産業技術・家政 Vol.27 p.6-10</ref>。

同じ植物の種子と無性的な繁殖体の発芽特性が異なることもある。例えば[[ヒルムシロ科]]の[[水草]]である[[リュウノヒゲモ]]は、[[塊茎]]という無性的な繁殖体をもつが、リュウノヒゲモの種子は低温処理や十分な後熟を経てもあまり発芽率が良くないのに対して、塊茎は低温処理を行うとさまざまな温度条件で良好な発芽率を示す<ref name="wijk">Van Wijk, R.J., 1989. Ecological studies on Potamogeton pectinatus L. III. Reproductive strategies and germination ecology. Aquat. Bot., 33: 271-299.</ref>。このような発芽特性の違いは、種子が主に[[土壌シードバンク|シードバンク]]として、一度消滅した個体群を再生させる機能をもつのに対し、塊茎は次年度の個体群を形成する機能を持つ<ref name="wijk"/>といった、各繁殖体の生態的な機能の違いにも関係している。

== 花粉の発芽 ==
[[File:LilySEM.jpg|thumb|200px|[[ユリ科]]植物の花粉の発芽([[電子顕微鏡]]写真)]]
植物の[[花粉]]が[[柱頭]]に付着して[[受粉]]すると、花粉の発芽が起こり、花粉の中から[[花粉管]]が伸長する。この花粉管によって精細胞が[[胚珠]]に運ばれ、受精が起こって結実に至る。

花粉の発芽は柱頭での[[水和反応]]などによって促進されることが知られている<ref name="Raven">{{cite book | last = Raven | first = Peter H. | coauthors = Ray F. Evert, Susan E. Eichhorn | title = Biology of Plants, 7th Edition | publisher = W.H. Freeman and Company Publishers | year = 2005 | location = New York | pages = 504–508 | isbn = 0-7167-1007-2}}</ref>。また花粉の発芽に適した温度も種によって異なり、例えばナスでは15℃より25℃でより高い発芽率を示す<ref name="nas2008"/>。花粉は[[シャーレ]]上や[[試験管]]内などで ''[[in vitro]]'' に発芽させることも可能である<ref name="Martin">{{cite journal |author=Martin FW |title=In Vitro Measurement of Pollen Tube Growth Inhibition |journal=Plant Physiol |volume=49 |issue=6 |pages=924–925 |year=1972 |pmid=16658085 |pmc=366081 |doi=10.1104/pp.49.6.924}}</ref><ref name="Pfahler">{{cite journal |author=Pfahler PL |title=In vitro germination characteristics of maize pollen to detect biological activity of environmental pollutants |journal=Environ. Health Perspect. |volume=37 |issue= |pages=125–32 |year=1981 |pmid=7460877 |pmc=1568653|doi=10.2307/3429260 |jstor=3429260}}</ref>。花粉の発芽を実験的に行う場合は、培地として[[寒天培地]]<ref name="nas2008">『ナスの花粉発芽に及ぼす培養温度ならびに促成栽培における種子数,収量および果実外観に及ぼす日中加温の受粉の影響(栽培管理・作型)』</ref><ref>飯塚正英, 工藤暢宏 , 木村康夫 , 荻原勲(2001)「胚珠培養による Spiraea thunbergii Sieb. と Spiraea japonica L. との種間雑種の作出」園芸学会雑誌 70(6), 767-773</ref>やゼラチン培地<ref>亀谷寿昭, 日向康吉(1970)「Brassica胚珠の試験管内受精」育種學雜誌 20(5), 253-260</ref>などが用いられる。

[[自家不和合性]]を持つ植物においては、同じ花の花粉が柱頭についた場合([[自家受粉]])、花粉発芽の抑制や花粉管伸長の阻害が起こることが知られている。これは柱頭上で自花の花粉と他花の花粉を識別できる機構に基づいているが<ref name="watanabe2002">渡辺正夫(2002)「[http://www.nougaku.jp/award/watanabe.pdf アブラナ科自家不和合性におけるS遺伝子座の分子遺伝学的解析]」『[http://www.nougaku.jp/award/award1.htm 平成14年度(第1回)日本農学進歩賞]』(財)農学会</ref>、この機構によって花粉は柱頭についても発芽できない、または発芽できても花粉管を伸長することが出来ずに受精には至らない。また、花粉発芽や花粉管伸長を阻害する物質として[[ギ酸カルシウム]]が知られており、摘花処理(一部の花を間引くこと)を行う際に使用されることがある<ref>平塚伸, 渡辺学, 河合義隆, 前島勤, 川村啓太郎, 加藤尉行(2002)「ニホンナシに対するギ酸カルシウムの摘花作用」園芸学会雑誌 71(1), 62-67</ref>。


== 胞子の発芽 ==
== 胞子の発芽 ==
[[シダ]]類・[[コケ]]類・[[藻類]]・[[菌類]]などの[[胞子]]が休眠状態から活動を始める場合にも発芽という。この場合、胞子は厚い壁に包まれていのが普通なのでその一部が破れて内部から活動的な部分が出現するが、何が出るはその生物次第である。発芽によっ管状構造が出て来る場合、[[発芽管]]と呼ぶ。胞子の内容物は発芽管を通して外に出て来る。多くの菌類の場合、それそのまま[[菌糸]]として発達する。
[[シダ]]類・[[コケ]]類・[[車軸藻綱|シャジクモ類]]・[[藻類]]・[[菌類]]などの[[胞子]]が休眠状態から活動を始める場合にも発芽という。胞子が発芽す[[発芽管]]を通し胞子の物質が出現するが、各分類群によって胞子の生長様式は異なる。例えばシダ植物では、胞子からは[[前葉体]]を生じそこから植物体を発達し、コケ植物の場合は通常胞子から原糸体を生じ[[配偶体]]とる。菌類の場合胞子は[[菌糸]]として発達する。また細菌では、胞子は発芽すると栄養細胞として生長する。


また一部の[[褐藻]]類、[[紅藻]]類、[[緑藻]]類、[[菌類]]などでは、[[鞭毛]]をもち運動能をもつ胞子である'''[[遊走子]]'''を持つこともあり<ref>井上勲『藻類30億年の自然史―藻類からみる生物進化・地球・環境』(2007年、東海大学出版会)p.61 ISBN 978-4486017776</ref>、この遊走子から個体が発生することも同様に発芽という。
植物寄生性の[[卵菌類]]の場合、[[遊走子嚢]]が[[散布体]]としてふるまう。これから内容物が出るのも発芽というが、この場合、水があれば[[遊走子]]が放出され、無ければ[[菌糸]]の形で発芽が行なわれる。

=== シダ植物、コケ植物 ===
[[ファイル:Onoclea sensibilis 4 crop.jpg|thumb|200px|[[アメリカコウヤワラビ]]([[シダ植物]])の前葉体]]
[[ファイル:Bryophyta 12.png|thumb|200px|コケ植物の胞子発芽(図右)]]
[[シダ植物]]や[[コケ植物]]の胞子は胞子体で形成され、適当な環境条件で発芽して配偶体を形成する<ref name="waseda">シダ植物の物質生産に基づく成長の生理生態学的研究 [http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/3011/3/Honbun-4037.pdf]</ref>。シダ植物の場合、この配偶体のことを[[前葉体]]ともいい、発芽して生じた前葉体はハート型であることが多く、[[光合成]]による栄養成長によって生長する<ref name="waseda"/>。一方コケ植物の胞子は、発芽すると原糸体となって分枝し、造卵器や造精器といった生殖器官をもつ配偶体に生長する<ref name="koke">[[岩月善之助]]、水谷正美『原色日本蘚苔類図鑑』(1972年、[[保育社]])p.1</ref>。

シダ植物の胞子は、多細胞の種子とは違って一つの細胞からなる器官であるが、発芽の生理学的な面では種子と胞子で多くの特徴が共通している<ref name="wein"/>。たとえば光による胞子発芽には、種子と同様にジベレリンが関与していることが知られており、ジベレリン生合成阻害剤によって光発芽は阻害される<ref name="wein">ERIC S. WEINBERG AND BRUCE R. VOELLER (1969) INDUCTION OF FERN SPORE GERMINATION Proc. N. A. S. 64 835-842</ref>。

シダ植物の胞子発芽に適した条件は、[[アメリカコウヤワラビ]]などで実験的に調べられている。それによると散乱光が胞子発芽を促進する一方で、[[太陽光]]は発芽に不適であるばかりか、強い太陽光に長時間晒されると葉緑体の[[クロロフィル]]が破壊される<ref name="hartt">Hartt,C.E.(1925) Conditions for germination of spores of Onoclea sensibilis. Botanical Gazette 79(3): 427-440</ref>。また温度と光の組み合わせによって発芽率は変化し、アメリカコウヤワラビの場合、発芽に適した温度は、散乱光下では16-34℃であるが、暗黒条件では24-33℃の温度条件下で発芽が起きる<ref name="hartt"/>。また[[トクサ属]]の種でも暗条件で発芽することが知られている<ref name="Heald"/>。ただし[[コタニワタリ]]など、種によっては光がない条件で発芽できない胞子を持つものもある<ref name="Heald"/>。

コケ植物の胞子発芽に関する環境条件については、[[ヒョウタンゴケ]]などの蘚類や[[ゼニゴケ]]などの苔類で調べられている。光条件については、光に晒されることによって発芽が促進される一方、光がない条件では通常発芽できないことがわかっている<ref name="Heald">Conditions for the Germination of the Spores of Bryophytes and Pteridophytes http://www.jstor.org/stable/2464515</ref>。ただし青色光や緑色光では発芽率が低下することも報告されている<ref>中村 厳 , 佐々木 隆男 (1964) 蘚類の培養に関する研究 : I. カギバニワスギゴケ(Pogonatum inflexum)胞子の発芽と糸状体の生長 : 日本育種学会第25回講演会講演要旨 : 一般講演 育種學雜誌 14(3), 198, 1964 http://ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=jp&type=pdf&id=ART0001954418 </ref>。また暗黒条件で1ヶ月保存された胞子は発芽能を失う<ref name="Heald"/>。しかしCO2を除去した環境でも発芽が起こることから、発芽に光合成は必要ではないものと考えられている<ref name="Heald"/>。光の強さも発芽に影響し、蘚類では弱光条件でも発芽できるのに対し、苔類では弱光条件で発芽が阻害されることが知られている<ref name="Heald"/>。ただしヒョウタンゴケなどでは、5-10%濃度の[[ブドウ糖]]を培地に与えると、暗黒条件でも発芽が起こることが知られている。

温度条件では、30度以上の高温で胞子の死滅または発芽率の大幅な低下が見られるが、短時間の高温処理の後、光がある常温環境に置くと発芽が見られる<ref name="Heald"/>。

=== シャジクモ類 ===
[[ファイル:Chara sp reproductive structure.JPG|thumb|200px|[[シャジクモ属]]の1種の[[生殖器]]。上の造卵器から卵胞子を生産する。]]
[[車軸藻類|シャジクモ類]]は他の緑藻植物と比べて陸上植物に最も近縁な分類群であり<ref>Nakayama, Takeshi 1997. 18SrDNA phylogeny of the green algae with evaluation of morphological characters. Thesis (Ph.D. in Science)--University of Tsukuba, (A), no. 1627</ref>、陸上植物の起源になった分類群とされている<ref>藤村政隆 2008 褐藻 Pylaiella littoralis のミトコンドリア group II イントロンと Chlorella saccharophila と同定された緑藻 KS-1 株の分子系統解析 [http://introking3.com/002ftp/33/ase4/1105118.pdf]</ref>。このシャジクモ類は[[卵胞子]]で繁殖を行なっているが、この卵胞子は休眠を経たのち減数分裂を行って発芽し<ref>シャジクモ類卵胞子化石から推定する古環境</ref>、栄養生長を行なって成体となる。発芽に好適な環境については、実験的に発芽させることが容易な ''Chara zeylanica'' の発芽適温(20-30℃)などは判明しているが<ref>Henderson 1961. p.12</ref>、[[シャジクモ]](''Chara braunii'')の卵胞子は低温処理([[春化]])など様々な条件で処理しても発芽が殆ど見られないなど<ref>Henderson 1961. p.4</ref>、発芽に適した条件についてはあまり研究が進んでいない。また酸素濃度や二酸化炭素濃度が発芽に及ぼす影響なども研究途上にある<ref>Henderson 1961. p.24</ref>。

=== 藻類 ===
<!--分類的には多系統であるが便宜上同じ項で扱う-->
[[コンブ]]や[[ワカメ]]などの[[褐藻]]、[[テングサ]]などの[[紅藻]]、[[アオサ]]などの[[緑藻]]などといった藻類は、胞子あるいは遊走子をもち、それが石や岩、他の藻体、または堤防などの人工物に着生して発芽する<ref name="mine">峯, 一朗 (2007) 海藻類の多様な生活史とそこにみられる生物相互作用. 黒潮圏海洋科学研究科 教材 [https://ir.jimu.kochi-u.ac.jp/dspace/handle/10126/316]</ref>。発芽した胞子は芽胞体や葉状体となり、それが生長して成体となる。

藻類の胞子発芽は、他の生物との相互作用によって制御されることもある。例えば海産の細菌である ''Pseudoalteromonas tunicata'' は、[[アオサ]](緑藻)や[[イトグサ]](紅藻)の胞子発芽を阻害する物質を分泌している<ref name="mine"/>。また[[サンゴモ]](紅藻)の一種である[[エゾイシゴロモ]]は、その表面に遊走子が付着すると、その遊走子の発芽、生育を阻害する働きを持っていることが知られている<ref>正置, 富太郎, 藤田, 大介, 秋岡, 英承 (1981)エゾイシゴロモ(紅藻サンゴモ科)上におけるマコンブの発芽について. 北海道大學水産學部研究彙報 32(4) 349-356 [http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/23772/1/32(4)_P349-356.pdf]</ref>。

また特に[[渦鞭毛藻]]などでは、[[シスト]](休眠胞子、休眠性接合子)という休眠性の細胞体を形成し、それが発芽して繁殖する性質が知られている。<!--シストは水面表層または底層に多く、例えば貝毒の原因となる[[アレキサンドリウム・タマレンセ]](''Alexandrium tamarense'')のシストが広島湾で調査された際には、そこでは水面0-3cmの層に多く、また底層にも多量に堆積していることが確認された<ref>マクロベントス (イソゴカイとシズクガイ) がアレキサンドリウムシストの鉛直分布と発芽に及ぼす影響 水産総合研究センター研究報告 17号、p.17-22 [http://www.affrc.go.jp/agrolib/RN/0000100084.pdf]</ref>。-->シストの発芽には通常一定期間の休眠が必要であり、休眠期間は種によって異なるが、数週間から6ヶ月程度である種が多い<ref name="uchi">内田 卓志 (1994) 室蘭産渦鞭毛藻 Scrippsiella trochoidea のシスト形成・発芽に及ぼす温度の影響. 南西海区水産研究所研究報告 (27), p243-249 [http://www.affrc.go.jp/agrolib/RN/0000058469.pdf]</ref>。また、シストを発芽させるために低温処理などによって休眠解除を行う必要がある種もいる<ref name="uchi"/>。シストの発芽可能な温度は5-22℃と幅広いが、5℃など低温条件で生じた発芽細胞は生存できず、発芽に適した条件が揃えばその後生育が可能であるか否かにかかわらず発芽するものと考えられている<ref name="uchi"/>。

=== 菌類 ===
<!--こちらも分類学的には便宜上の括りを使用-->
[[ファイル:Fungi sessuate reproduction.png|thumb|200px|担子菌類の[[生活環]]]]
[[File:Rustsporegermination.jpg|thumb|200px|[[さび病菌]]の胞子発芽]]
いわゆる[[キノコ]]を生産する[[担子菌類]]の胞子は、発芽して一次菌糸となり、別の一次菌糸と交配して二次菌糸となる<ref name="matsu">太田 明 (2008) マツタケの胞子の発芽と菌糸の特性(<第2特集>マツタケ研究の最前線). 森林科学 : 日本林学会会報 (53), 35-36 [http://ci.nii.ac.jp/naid/110006792888]</ref>。この二次菌糸が成長し、条件が整うと子実体([[きのこ]]など)を作るが、その子実体が形成される機構はほとんど明らかになっていない<ref name="matsu"/>。また一部の菌類では胞子の発芽条件自体も不明な点が多く、特に[[マツタケ]]などの[[菌根菌]]では培地に播種してもほとんど発芽しないことが多い<ref name="matsu"/>。

菌根菌の胞子は、[[共生]]関係にある[[マツ]]などの樹木と一緒に播くことや、[[酪酸]]を加えた培地に播くことで、ある程度発芽率が上昇することが知られている<ref name="matsu"/>。しかし、採取された胞子は乾燥に非常に弱く、乾燥条件で放置すると数時間で発芽能を失う<ref name="matsu"/>。

また、[[ジャガイモ疫病菌]]などの[[卵菌|卵菌類]]では遊走子嚢を持つが、その遊走子嚢から直接菌糸が生じる'''直接発芽'''と、遊走子嚢から遊走子を生産し、その遊走子が発芽して菌糸を生じる'''間接発芽'''という2つのタイプの発芽様式をもつ。遊走子嚢が直接発芽を行うか間接発芽を行うかは外部環境によって変化し、例えばジャガイモ疫病菌では、30-36℃の高温処理を行うと、間接発芽型の遊走子が直接発芽型に転換する<ref name="sato">Norio Sato 1994. Effect of Water Temperature on Direct Germination of the Sporangia of Phytophthora infestans. Annals of the Phytopathological Society of Japan 60(2), 162-166</ref>。また[[塩化カルシウム]]水溶液などが間接発芽を促進することも知られている<ref name="sato2">Norio Sato 1994. Effect of Some Inorganic Salts and Hydrogen Ion Concentration on Indirect Germination of the Sporangia of Phytophthora infestans Annals of the Phytopathological Society of Japan 60(4), 441-447</ref>。

=== 細菌 ===
[[細菌]]の胞子は、外部環境が好適になるまで休眠胞子となっており、コート層やコルテックス層などというタンパク質の層や、胞子細胞壁や胞子細胞膜などといった多重構造によって乾燥などから保護されている<ref name="mori">森山, 龍一, 昌山, 敦, 加藤, 志郎, 角田, 秀典 (2008)食品の変敗や食中毒の誘因となる細菌胞子の発芽に関わるリパーゼ. 生物機能開発研究所紀要 8 47-52 [http://ir.bliss.chubu.ac.jp/cgi-bin/retrieve/sr_detail.cgi?U_CHARSET=utf-8&CGILANG=japanese&SUNO=&HTMLFILE=sr_sform.html&SRC_BODY=1&ID=XC09000189&PID=XC09000189]</ref>。休眠胞子は、L-[[アラニン]]などの栄養素に触れるとすぐに発芽し、栄養細胞へと分化する<ref name="mori"/>。この発芽はコルテックス層などの分解に伴って起こり、早ければ数分から30分で発芽が完了する<ref name="mori"/>。

== 人間との関係 ==
植物の種子発芽や、菌類、細菌などの胞子発芽については、古くから多くの研究がなされてきた。特に作物として重要な種や、病原菌など人間活動に害をなす種などでは、その発芽に関する知見が蓄積され、さまざまな方法で活用されている。

=== 種子発芽の研究と利用 ===
[[File:Kiemtafel (germination table).jpg|thumb|200px|発芽試験の様子]]
[[ファイル:In vitro germination.jpg|thumb|200px|MS培地での発芽]]
[[ファイル:Hatsuga genmai.jpg|thumb|200px|[[発芽玄米]]]]
[[農作物]]や[[花卉]]などとして重要な植物種、または[[雑草]]として扱われる種については、その発芽特性について特に研究が進められている。それらの種で発芽特性などを解明するために、室内または圃場などで、さまざまな手法による'''[[発芽実験]]'''(発芽試験、Germination Experiment)が行われている。

発芽実験は、主に圃場や苗畑、人工気象室([[ファイトトロン]])、あるいは室内の[[インキュベータ]]などで行われる。温度や日長など発芽にかかわる要因を確実に特定するためには、[[シャーレ]]を用いた室内での発芽実験が行われる<ref name="shu337">種生物学会編(2009)p.337</ref>。また発芽試験において、一般的な発芽の生理活性を調べる場合の検定植物としては、阻害物質に対する感受性が高い[[レタス]]が多くの研究者に用いられている<ref>藤井義晴, 渋谷知子, 安田環 1990. 発芽・生育試験による雑草・作物からの他感作用植物の検索 雑草研究 35(4), 362-370 [http://ci.nii.ac.jp/naid/110003931707/]</ref>。

また農業分野では、作業量の軽減や安定的な収穫量を得るために、作物の種子は一斉に発芽することが求められる。一般的に野生種では休眠性が強く、発芽が起こるタイミングも散発的であるが、栽培に適したように品種改良されたものでは、休眠性の程度が低く、発芽時期も均一になる<ref name="taka"/>。これは、[[育種学]]的な操作による[[突然変異]]の利用や選抜、[[遺伝子組換え]]といった人為的な圧力を意識的、あるいは無意識的に繰り返すことで得られた性質である<ref name="taka"/>。また、品種改良による発芽の斉一性の獲得だけでなく、プライム処理やコーティング処理、ネイキッド処理といった種子そのものの加工によって発芽、生育を調節することもあり、[[植物工場]]でもそのように加工された種子が利用される<ref name="takat">[[高辻正基]]編『植物工場ハンドブック』(1997年、[[東海大学出版会]])p.159</ref>。植物工場では、発芽の不揃いが余分な労力負担や余計な施設稼働などにつながるため、特に発芽の斉一性が求められており、自動的、省力的に発芽を管理するため、温度や湿度、光などを調節する発芽室が施設内に設けられている<ref name="takat"/>。

また様々な植物の種子を発芽させたものは、[[スプラウト]]として食用とされる。スプラウトは栄養豊富であることが知られており、また[[ブロッコリー]]のスプラウトからは抗[[ガン]]成分の[[スルフォラファン]]が発見されるなど食材として注目されている<ref>渡辺 満・清水 恒(2004)ダッタンソバスプラウトのフラボノイド組成東北農業研究57 267-268</ref>。スプラウトに用いられる植物はさまざまであるが、[[モヤシ]]([[リョクトウ]]など)、[[貝割れ大根]]([[ダイコン]])、[[アルファルファ]]、[[ソバ]]などのスプラウトが市場に出回っている。また日本では、[[2000年代]]から[[玄米]]をある程度発芽させて休眠状態にし、食べやすくした[[発芽玄米]]が急速に普及している<ref>間野康男(2006)発芽玄米の食品学的機能. 北海道文教大学研究紀要 30 37-44</ref>。

=== 胞子発芽の研究と利用 ===
細菌の胞子は食品の変敗、食中毒、感染症などに大きく関係しているため、その胞子の休眠性や耐久性と共に、胞子の発芽についての研究が重要視されている<ref name="mori"/>。細菌胞子の発芽機構については[[枯草菌]]で特によく研究されており、発芽の分子的機構がかなりの部分解明されてきたが、コート層のタンパク質分解などの機構についてはほとんど研究が進んでいない<ref name="mori"/>。

食用または薬用として用いる菌類([[キノコ]])の発芽については、育種や安定生産の観点から研究が進められている。育種においては、二種類の品種の担子胞子から発芽した一核菌糸体を交配させて二核菌糸体を作出し、それを生長させて新品種を作出するといった手法が用いられている<ref>北本 豊 (2006) 食用・薬用きのこの育種にかかる最近の展開 木材学会誌 Vol. 52, No. 1, 1-7.</ref>。また、[[マツタケ]]など人工的な胞子の発芽方法が確立されていない種では、人工栽培に向けて胞子の発芽特性の研究が進められている<ref name="matsu"/>。

一方、[[貝毒]]や[[赤潮]]の原因となる[[渦鞭毛藻]]などの発芽については、主にその防除や予防の目的で研究が進められている(例えば石川・石井(2007)<ref>石川 輝、石井 健一郎(2007)有害有毒赤潮生物のシスト発芽研究における進展と将来展望 (これからの赤潮学) 海洋と生物 29(5), 411-417</ref>など)。

=== 植生復元、環境評価などへの発芽の利用 ===
種子や胞子などの発芽を、植生復元への利用や環境評価の指標に用いる試みもある。よく知られた事例として、[[土壌シードバンク]]を掘り出して撒き出すことで、土壌中で休眠していた種子を発芽させ、植生を復活させる取り組みがある。例えば[[霞ヶ浦]]では、浮葉植物である[[アサザ]]の個体群を、土壌シードバンクから再生する事業が行われているが、これはアサザの種子が土壌シードバンクを形成しやすい発芽・休眠特性をもつことを利用したものである<ref name="asaza">高川 晋一 , 西廣 淳 , 上杉 龍士 , 後藤 章 , 鷲谷 いづみ(2009)「霞ヶ浦における土壌シードバンクからのアサザ個体群再生のための順応的な実践」保全生態学研究 14(1), 109-117</ref>。しかし単に土壌を撒き出すだけでなく、発芽、定着に適した環境を同時に整備することが必要であるとされている<ref name="asaza"/>。また土壌シードバンクは緑化材料などとしても活用されており、森林の表土を[[法面]]に吹きつけ、そこに含まれる埋土種子を発芽させて植物群落を形成させるという取り組みもある<ref>大貫 真樹子, 谷口 伸二, 小畑 秀弘(2005) “表土シードバンクを吹付けに活用した施工事例-切土のり面における施工後2年3 カ月の植生調査結果-”. 日緑工誌 Vol. 30, No. 3; 586-588.</ref>。

また[[海藻]]は、沿岸域の排水や有害物質の影響を評価する指標となりうるため、褐藻や紅藻といった海藻の胞子や遊走子が発芽可能か否かによって、有害物質量などを判定する方法が研究されている。例えば紅藻類の一種[[スサビノリ]]の殻胞子の発芽率をもとに、[[重金属]]などの濃度を判定する方法が考案されている<ref>高見 徹, 丸山 俊朗, 鈴木 祥広, 三浦 昭雄, (1999) 「海藻(スサビノリ殻胞子)を用いた生物検定における適切な暴露時間と判定指標の検討」 水環境学会誌, 22, 29-34 .</ref>。

== 脚注 ==
{{Reflist|2}}

== 参考文献 ==
*Gail Tyson Henderson 1961. Some Factors Affecting Oospore Germination in ''Chara zeylanica'' Willedenow. Texas Tech University [http://esr.lib.ttu.edu/handle/2346/16864?show=full]
* Ottoline Leyser, Stephen Day. 2003. "Mechanism in plant development" Blackwell Publishing ISBN 0-86542-742-9
* 鈴木善弘『種子生物学』(2003年、東北大学出版会)ISBN 978-4925085731
*種生物学会 (編集), 吉岡 俊人, 清和 研二 (責任編集)『発芽生物学―種子発芽の生理・生態・分子機構』(2009年、文一総合出版)ISBN 978-4829910726


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[芽]]
* [[試験]]
* [[ジベレリン]] - 光に依存した発芽に関与する。
* [[ジベレリン]] - 光に依存した発芽に関与する。
* [[アブシジン酸]] - 発芽を抑制する作用を持つ。
* [[アブシジン酸]] - 発芽を抑制する作用を持つ。
* [[モヤシ]]は[[大豆]]などを発芽させ、伸びた部分と豆を食用とするものである。
* [[発芽玄米]]

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2011年10月20日 (木) 16:00時点における版

ヒマワリの種子発芽
パパイヤの種子発芽

発芽(はつが、Germination)とは、植物の種子むかごなどから芽が出ること、また、胞子花粉などが活動を始めることを指す用語である。似た用語に萌芽 (ほうが) があるが、これは通常樹木冬芽切り株からの芽生えのことを指す。

種子の発芽

概要

ヨーロッパイチイの種子の発芽。地上に現れてすぐの実生(一番左)は、胚軸がフック状になっている。また種皮が地上で脱落しているため、この実生は地上性である。
クミンの種子
ブナ属の1種の実生
ココナッツの発芽

種子の発芽は、種子が吸水して、胚組織の一部である幼根(のちにとなる器官)が種皮を破って現れるまでの一連の過程を経て行われる[1]。また発芽によって発生した幼植物のことを実生(みしょう)という。土壌中にある種子は、のちに茎となる胚軸が土を押し上げて地上に現れるが、その際に幼芽が傷つかないように、頂端がフック状になって幼芽を保護している[2]。また発芽途中の段階では、幼芽は種皮に包まれている。芽が地上に出た後、フック状になっていた部分はまっすぐに伸び、幼芽が子葉となる[2]。なお幼芽から種皮が外れるタイミングは2通りあり、地上に芽を出したあとに脱落する地上性(Epigeal)の実生と、地中ですでに幼芽が種皮から離れる地下性(Hypogeal)の実生とがある[2]

外見的には、幼根が種皮を破って出現するか、あるいは土壌から芽あるいは根が出現した段階で、種子が発芽したと認識できるが、実際にはその段階に至るまでに、種子の成熟や休眠など、種子内部での複雑な生理学的変化を経ている[1]。一般的には、それらの生理学的な過程を経たあと、環境条件(光、水分、温度など)が適切な場所に置かれると種子は発芽するが、そのような外的環境以外にも、他の生物による被食などが発芽に大きな影響を及ぼす場合もある。

種子の成熟

種子が発芽力をもつためには、通常多少の成熟期間を必要とする。どの程度成熟期間が必要かは種によって異なり、形態的には未熟に見える段階ですでに発芽力を持つ植物(イネ科など)や、形態的には成熟したように見えても、その後一定の日数を経過しないと発芽力を獲得しない植物(ウリ科ナス科など[3])などがある[4]。種子の発育と発芽力の獲得については多くの研究があり[5]、例えばレタスの種子は開花後8日ですでに発芽力を持ち、10-12日後には発芽率が非常に高くなることが知られている[6]。一方カラタチのように開花後90-100日が経過しないと発芽力を獲得せず、120-130日後になってようやく高い発芽率を示す、成熟の遅い種も知られている[7]

種子の成熟過程は、登熟、追熟、後熟の3つの過程に大きく分けることが出来る[8]。登熟過程は開花、受粉後、果実が採取されるまでの期間を指し、その期間に種子の形態形成が進行し、脂質[9]デンプン[10]、タンパク質[11]などの貯蔵物質の蓄積や含水量の減少、休眠誘導などが起こる[8]。この登熟過程では、種子の生長を調整する物質であるオーキシンジベレリンサイトカイニンなどの急激な増減がみられ、登熟過程が終了する頃にはそれらの濃度は低下している[12]

追熟過程は、通常果実が採集された日から種子が採集されるまでの日数を指し[8]、その期間にさらなる貯蔵物質の蓄積や発育の進行が見られる[13]。ただし十分な登熟期間を経ている場合は、追熟期間がなくても良好な発芽率を示す場合も多い[13]。また追熟期間の発育量には温度などが大きく関係しており、低温より高温で発育がより進行することなどが知られている[14]

追熟後も発芽力を獲得できない種子は、発芽可能となるために後熟過程を経る必要がある[15]。後熟過程では胚の形態形成や肥大成長が起こり、形態的に成熟することによって発芽力を得るが、開花から種子採取までの日数によって、後熟過程で得られる発芽力の強さも大きく異なる[16]。例えばホオズキでは、開花後70日が経過してから採取した種子と、50-60日が経過してから採取した種子では、後者のほうが長い後熟期間を経ないと高い発芽率を示さないことが知られている[17]

休眠の解除

アブシジン酸は発芽を抑制する働きがある。
ジベレリンA3。低温処理などによって増加し、発芽の促進に働く。

一部の種を除いて、種子植物種子は、登熟を経て十分に成熟すると水分含量が少なくなり、種子内の代謝活性が著しく抑制される[18]。この状態を休眠といい、生育可能な環境で確実に発芽するために獲得した能力であると考えられている[19]。特に冷帯や温帯の種では、種子が生産されて秋ごろにすぐ発芽する種はほとんど無く、大半の種は冬の低温によって休眠を解除してからでないと発芽できない種子を生産する[20]。このような休眠性をもつのは、霜や低温、乾燥といった生育に不適な環境である秋から冬に発芽せず、気温が上昇し生育に好適である春に発芽するためである[20]

休眠状態にある種子は胚の生長が抑制または停止されるため[19]、発芽が起こるにはまず休眠が解除される必要がある。休眠を解除する要因には以下のようなものがある。

  • 成熟過程の一部である後熟(After-ripening)過程によって、休眠が解除されることが知られている[21]。後熟過程は、種子が好適な温度条件などが整った環境に置かれると進行し、胚の肥大成長や発芽抑制物質であるアブシジン酸などの減少、発芽促進物質の増加などが起こる[22]。なお休眠性を持たない種子は後熟過程をもたないものと考えられている[5]
  • 多くの種子は、低温条件下に一定期間置かれると、休眠が解除される(春化)。休眠解除に低温処理を必要とする種子では、低温条件に置かれると発芽抑制物質であるアブシジン酸が減少し、発芽促進物質であるジベレリン様物質が増加することが知られている[23]
  • イネペカンなど高温処理によって休眠覚醒が促進される例も報告されている<[24]。高温処理では、発芽抑制物質の分解促進や、包皮組織の変性による抑制物質の種子外への放出促進などが起こるものと推測されている[24]
  • 特に温帯で生育する種の中に、休眠の覚醒に湿層処理 (Stratification, 湿った環境に一定期間置かれること) が必要となる種子をもつものが存在する[22]。またこの処理を低温環境下で行う場合は低温湿層処理といわれ、多くの種で休眠を解除する要因として知られている[25]

なお、休眠が解除された種子、あるいは休眠性のない種子が発芽に不適な環境に置かれた場合、二次休眠に入り、その後発芽に好適な環境に置かれても発芽できなくなることがある[19]

発芽に必要な条件

リョクトウの発芽を早送りで撮影した映像

休眠が解除された種子が発芽するには、発芽に適した水分や温度、光などといった条件を満たした環境に種子が置かれる必要がある[18][26]。主要な環境要因としては、次のような要因があげられる。

水分は、発芽を規制する最も重要な要因であり、発芽には多くの水分を必要とする[18]。含水量の少ない種子は水ポテンシャルによって種子内部へ吸水し、発芽に必要な代謝を活性化する<種子の世界-13- 高橋 成人 農業および園芸 65(9), p1047-1053>[27]。種子の吸水は、急激に水を吸って膨潤する吸水期、緩やかに吸水して代謝系が活性化する発芽始動期、発芽始動期で発芽に必要なタンパク質合成が行われた後、幼根や幼芽の生長が始まる成長期に分けられる[28][27]。吸水が行われる部位はは種によって異なるが、種皮や発芽口から吸水する種が多い[29]

発芽可能な温度は植物種、光条件、種子の成熟度などによって著しく異なる[30][31]。発芽の最適温度は、温帯の植物で20-25度、熱帯の植物で30-35度であることが多い[30]。一方で、発芽に適さない温度条件に置かれた場合、代謝活性が阻害されるなどして発芽が抑制されることもある[32]。また一定の温度条件下で発芽する種子が多くある[33]一方で、発芽に変温条件を必要とする植物も多くあるが[34][3]、これは種子が自然条件下において昼夜の気温変化にさらされていることが関係していると考えられている[33]。しかし変温環境がどのような生理学的、生化学的機構を引き起こしているのかについては、あまり明らかとなっていない[33][32]

光を感知する物質であるフィトクロムの立体構造。

は、古くから種子の発芽に影響することが知られている。例えば Caspary (1860) は光が種子発芽を促進することを認め、また Hendricks et al. (1904) は光が発芽を抑制する事例を発見した[35]。発芽における光の影響は植物種、また種子の生理条件などによってさまざまであるが、大きく分けて長日性の種子(長時間の光照射が発芽を促進)、短日性の種子(長時間の暗期が発芽に必要で、長時間の光照射が発芽を抑制)、そして光非依存性種子(光要求性なし)がある[36]。光が発芽に必要なものは光発芽種子といわれ、964種の種子を対象に行なった発芽実験では約70%が光によって発芽を促進される光発芽種子であるとされた[36][37]。また光によって発芽率が低下する種子は嫌光性種子というが[36]、これは好光性種子よりも赤外線紫外線による発芽阻害効果を強く受けるためで、嫌光性種子でも600-700μmなど特定の波長では発芽が促進される[38]

光を感受する部位は種によって異なりるが、種皮や胚、胚軸などで光を感受する種が多い[39]。発芽に有効な波長は赤色光(R, 約600nm)であり、遠赤色光(FR, 約730nm)には発芽を抑制する効果や、赤色光によって獲得した発芽誘起効果を打ち消すことが知られている[40]。これらの波長は、種子に含まれる色素タンパク質であるフィトクロムによって感受される。フィトクロムは赤色光によって活性型(Pfr型)となり、発芽を促進する作用を持つが、遠赤色光を受けると不活性型(Pr型)に変化し、発芽を促進する機能を失う[41]。またフィトクロムが活性を持つためには、種子が一定以上の水分を含んでいる必要がある[42]

酸素は、多くの種において、種子発芽における代謝を行うために必要である[43]。種子は、幼根や幼芽の生長を行うためのエネルギーとして、呼吸により酸素を取り入れるが、種子外部が無酸素状態であれば、発酵による酸化過程からエネルギーを得る[44]。一般に酸素吸収速度が大きいほど代謝が活発になるため、発芽過程の進行が早まる。

発芽を促進する酸素濃度は植物種、温度などによって異なり、例えばナスでは酸素濃度10%より30%でより高い発芽率を示す[34]。しかしコナギなどの水田雑草では低酸素条件で発芽率が上昇し、逆に空気中の酸素濃度では発芽率が低くなるという種も多くある[45]。酸素の少ない嫌気的な条件でも発芽できる種は、種子内にデンプンを豊富に貯蔵しており、それを無気呼吸によって発芽にかかるエネルギーを獲得している[46]。また無気呼吸の際には有害な副産物が生じるが、嫌気発芽能を持つ種子ではそのような副産物を排除する機構も持っている[46]

発芽特性と生態的戦略

エンドウの発芽

種子植物の発芽特性はその植物の生態的な特徴とも大きな関係がある。例えば、更地に真っ先に侵入して個体群を拡大する先駆種(パイオニア種)といわれるタイプの植物では、発芽は春から秋にかけて散発的に起こり、また休眠が複数年にわたることや、撹乱が起きた際に発芽しやすいといった特徴を持つ[47]ハルニレなどがその例として知られるが、これは、さまざまな環境で最適なタイミングで発芽することによって、どのような環境でも確実に実生を定着させるための戦略であると考えられている[48]。一方、寿命が長く極相林を構成する種類などでは、発芽した実生の定着に失敗したとしても、寿命が長い分繁殖の機会が多いため、早春など生存率が高まると予想される時期に一斉に発芽する戦略を取る[49]

他の生物が発芽に及ぼす影響

ウチワサボテンの果実を食べるネコマネドリ

種子発芽は、以上に示したような条件が揃えば発芽するとは限らず、他の生物の活動によって発芽が促進、あるいは抑制される例も知られている。

例えば、動物による果実の被食によって種子の発芽率が変化することが知られている。果実を捕食する鳥類哺乳類は、消化管内で果実のみを消化し種子を排出するが[50]、その過程で種皮に傷がつくなどして、被食されていない種子より被食された種子のほうが発芽率が上昇する例が知られている[51]。また果肉には種子発芽を抑制する物質が含まれていると考えられており[52]、果肉の被食あるいは土壌生物などによる分解が、発芽率を上昇させているものと考えられている[53]。また被食や分解によって果肉が除去されないと種子の死亡率が高くなる例も報告されている[54]

また、植物の根などから分泌される化学物質(アレロケミカル、他感作用物質)によって、その植物の近辺にある他の植物の種子発芽が抑制されることもある(アレロパシー[55]。アレロケミカルの例として、アブシジン酸を放出することで種子の発芽、生育を一時的に阻害するテルペノイド[56]や、オオイタドリがもつ強力な発芽阻害作用を持つナフトキノン[57]などが挙げられる。ただし、それらの化学物質によって同種の植物の種子発芽が阻害される場合は、自家中毒(自己中毒)といってアレロパシーとは区別される[55]

無性的な繁殖体の発芽

ヨーロッパトチカガミトチカガミ科)の殖芽の発芽

無性生殖栄養生殖によって生産される、いわゆるむかご塊茎ジャガイモなど)、殖芽などといった繁殖体から芽が出ることも、種子と同様に発芽という。

これらの無性的な繁殖体は、種子とは異なる発芽特性を示す場合もある。例えばヤマノイモ属のむかごでは、種子では発芽を促進する働きのあるジベレリンによって休眠が促進されることが知られている[58]。またカシュウイモのむかごでは、低温処理によって発芽が阻害される[59]

同じ植物の種子と無性的な繁殖体の発芽特性が異なることもある。例えばヒルムシロ科水草であるリュウノヒゲモは、塊茎という無性的な繁殖体をもつが、リュウノヒゲモの種子は低温処理や十分な後熟を経てもあまり発芽率が良くないのに対して、塊茎は低温処理を行うとさまざまな温度条件で良好な発芽率を示す[60]。このような発芽特性の違いは、種子が主にシードバンクとして、一度消滅した個体群を再生させる機能をもつのに対し、塊茎は次年度の個体群を形成する機能を持つ[60]といった、各繁殖体の生態的な機能の違いにも関係している。

花粉の発芽

ユリ科植物の花粉の発芽(電子顕微鏡写真)

植物の花粉柱頭に付着して受粉すると、花粉の発芽が起こり、花粉の中から花粉管が伸長する。この花粉管によって精細胞が胚珠に運ばれ、受精が起こって結実に至る。

花粉の発芽は柱頭での水和反応などによって促進されることが知られている[61]。また花粉の発芽に適した温度も種によって異なり、例えばナスでは15℃より25℃でより高い発芽率を示す[62]。花粉はシャーレ上や試験管内などで in vitro に発芽させることも可能である[63][64]。花粉の発芽を実験的に行う場合は、培地として寒天培地[62][65]やゼラチン培地[66]などが用いられる。

自家不和合性を持つ植物においては、同じ花の花粉が柱頭についた場合(自家受粉)、花粉発芽の抑制や花粉管伸長の阻害が起こることが知られている。これは柱頭上で自花の花粉と他花の花粉を識別できる機構に基づいているが[67]、この機構によって花粉は柱頭についても発芽できない、または発芽できても花粉管を伸長することが出来ずに受精には至らない。また、花粉発芽や花粉管伸長を阻害する物質としてギ酸カルシウムが知られており、摘花処理(一部の花を間引くこと)を行う際に使用されることがある[68]

胞子の発芽

シダ類・コケ類・シャジクモ類藻類菌類などの胞子が休眠状態から活動を始める場合にも発芽という。胞子が発芽すると、発芽管を通して胞子内の物質が出現するが、各分類群によって胞子からの生長様式は異なる。例えばシダ植物では、胞子からは前葉体を生じてそこから植物体を発達し、コケ植物の場合は通常胞子から原糸体を生じ、それが配偶体となる。菌類の場合は、胞子は菌糸として発達する。また細菌では、胞子は発芽すると栄養細胞として生長する。

また一部の褐藻類、紅藻類、緑藻類、菌類などでは、鞭毛をもち運動能をもつ胞子である遊走子を持つこともあり[69]、この遊走子から個体が発生することも同様に発芽という。

シダ植物、コケ植物

アメリカコウヤワラビシダ植物)の前葉体
コケ植物の胞子発芽(図右)

シダ植物コケ植物の胞子は胞子体で形成され、適当な環境条件で発芽して配偶体を形成する[70]。シダ植物の場合、この配偶体のことを前葉体ともいい、発芽して生じた前葉体はハート型であることが多く、光合成による栄養成長によって生長する[70]。一方コケ植物の胞子は、発芽すると原糸体となって分枝し、造卵器や造精器といった生殖器官をもつ配偶体に生長する[71]

シダ植物の胞子は、多細胞の種子とは違って一つの細胞からなる器官であるが、発芽の生理学的な面では種子と胞子で多くの特徴が共通している[72]。たとえば光による胞子発芽には、種子と同様にジベレリンが関与していることが知られており、ジベレリン生合成阻害剤によって光発芽は阻害される[72]

シダ植物の胞子発芽に適した条件は、アメリカコウヤワラビなどで実験的に調べられている。それによると散乱光が胞子発芽を促進する一方で、太陽光は発芽に不適であるばかりか、強い太陽光に長時間晒されると葉緑体のクロロフィルが破壊される[73]。また温度と光の組み合わせによって発芽率は変化し、アメリカコウヤワラビの場合、発芽に適した温度は、散乱光下では16-34℃であるが、暗黒条件では24-33℃の温度条件下で発芽が起きる[73]。またトクサ属の種でも暗条件で発芽することが知られている[74]。ただしコタニワタリなど、種によっては光がない条件で発芽できない胞子を持つものもある[74]

コケ植物の胞子発芽に関する環境条件については、ヒョウタンゴケなどの蘚類やゼニゴケなどの苔類で調べられている。光条件については、光に晒されることによって発芽が促進される一方、光がない条件では通常発芽できないことがわかっている[74]。ただし青色光や緑色光では発芽率が低下することも報告されている[75]。また暗黒条件で1ヶ月保存された胞子は発芽能を失う[74]。しかしCO2を除去した環境でも発芽が起こることから、発芽に光合成は必要ではないものと考えられている[74]。光の強さも発芽に影響し、蘚類では弱光条件でも発芽できるのに対し、苔類では弱光条件で発芽が阻害されることが知られている[74]。ただしヒョウタンゴケなどでは、5-10%濃度のブドウ糖を培地に与えると、暗黒条件でも発芽が起こることが知られている。

温度条件では、30度以上の高温で胞子の死滅または発芽率の大幅な低下が見られるが、短時間の高温処理の後、光がある常温環境に置くと発芽が見られる[74]

シャジクモ類

シャジクモ属の1種の生殖器。上の造卵器から卵胞子を生産する。

シャジクモ類は他の緑藻植物と比べて陸上植物に最も近縁な分類群であり[76]、陸上植物の起源になった分類群とされている[77]。このシャジクモ類は卵胞子で繁殖を行なっているが、この卵胞子は休眠を経たのち減数分裂を行って発芽し[78]、栄養生長を行なって成体となる。発芽に好適な環境については、実験的に発芽させることが容易な Chara zeylanica の発芽適温(20-30℃)などは判明しているが[79]シャジクモChara braunii)の卵胞子は低温処理(春化)など様々な条件で処理しても発芽が殆ど見られないなど[80]、発芽に適した条件についてはあまり研究が進んでいない。また酸素濃度や二酸化炭素濃度が発芽に及ぼす影響なども研究途上にある[81]

藻類

コンブワカメなどの褐藻テングサなどの紅藻アオサなどの緑藻などといった藻類は、胞子あるいは遊走子をもち、それが石や岩、他の藻体、または堤防などの人工物に着生して発芽する[82]。発芽した胞子は芽胞体や葉状体となり、それが生長して成体となる。

藻類の胞子発芽は、他の生物との相互作用によって制御されることもある。例えば海産の細菌である Pseudoalteromonas tunicata は、アオサ(緑藻)やイトグサ(紅藻)の胞子発芽を阻害する物質を分泌している[82]。またサンゴモ(紅藻)の一種であるエゾイシゴロモは、その表面に遊走子が付着すると、その遊走子の発芽、生育を阻害する働きを持っていることが知られている[83]

また特に渦鞭毛藻などでは、シスト(休眠胞子、休眠性接合子)という休眠性の細胞体を形成し、それが発芽して繁殖する性質が知られている。シストの発芽には通常一定期間の休眠が必要であり、休眠期間は種によって異なるが、数週間から6ヶ月程度である種が多い[84]。また、シストを発芽させるために低温処理などによって休眠解除を行う必要がある種もいる[84]。シストの発芽可能な温度は5-22℃と幅広いが、5℃など低温条件で生じた発芽細胞は生存できず、発芽に適した条件が揃えばその後生育が可能であるか否かにかかわらず発芽するものと考えられている[84]

菌類

担子菌類の生活環
さび病菌の胞子発芽

いわゆるキノコを生産する担子菌類の胞子は、発芽して一次菌糸となり、別の一次菌糸と交配して二次菌糸となる[85]。この二次菌糸が成長し、条件が整うと子実体(きのこなど)を作るが、その子実体が形成される機構はほとんど明らかになっていない[85]。また一部の菌類では胞子の発芽条件自体も不明な点が多く、特にマツタケなどの菌根菌では培地に播種してもほとんど発芽しないことが多い[85]

菌根菌の胞子は、共生関係にあるマツなどの樹木と一緒に播くことや、酪酸を加えた培地に播くことで、ある程度発芽率が上昇することが知られている[85]。しかし、採取された胞子は乾燥に非常に弱く、乾燥条件で放置すると数時間で発芽能を失う[85]

また、ジャガイモ疫病菌などの卵菌類では遊走子嚢を持つが、その遊走子嚢から直接菌糸が生じる直接発芽と、遊走子嚢から遊走子を生産し、その遊走子が発芽して菌糸を生じる間接発芽という2つのタイプの発芽様式をもつ。遊走子嚢が直接発芽を行うか間接発芽を行うかは外部環境によって変化し、例えばジャガイモ疫病菌では、30-36℃の高温処理を行うと、間接発芽型の遊走子が直接発芽型に転換する[86]。また塩化カルシウム水溶液などが間接発芽を促進することも知られている[87]

細菌

細菌の胞子は、外部環境が好適になるまで休眠胞子となっており、コート層やコルテックス層などというタンパク質の層や、胞子細胞壁や胞子細胞膜などといった多重構造によって乾燥などから保護されている[88]。休眠胞子は、L-アラニンなどの栄養素に触れるとすぐに発芽し、栄養細胞へと分化する[88]。この発芽はコルテックス層などの分解に伴って起こり、早ければ数分から30分で発芽が完了する[88]

人間との関係

植物の種子発芽や、菌類、細菌などの胞子発芽については、古くから多くの研究がなされてきた。特に作物として重要な種や、病原菌など人間活動に害をなす種などでは、その発芽に関する知見が蓄積され、さまざまな方法で活用されている。

種子発芽の研究と利用

発芽試験の様子
MS培地での発芽
発芽玄米

農作物花卉などとして重要な植物種、または雑草として扱われる種については、その発芽特性について特に研究が進められている。それらの種で発芽特性などを解明するために、室内または圃場などで、さまざまな手法による発芽実験(発芽試験、Germination Experiment)が行われている。

発芽実験は、主に圃場や苗畑、人工気象室(ファイトトロン)、あるいは室内のインキュベータなどで行われる。温度や日長など発芽にかかわる要因を確実に特定するためには、シャーレを用いた室内での発芽実験が行われる[89]。また発芽試験において、一般的な発芽の生理活性を調べる場合の検定植物としては、阻害物質に対する感受性が高いレタスが多くの研究者に用いられている[90]

また農業分野では、作業量の軽減や安定的な収穫量を得るために、作物の種子は一斉に発芽することが求められる。一般的に野生種では休眠性が強く、発芽が起こるタイミングも散発的であるが、栽培に適したように品種改良されたものでは、休眠性の程度が低く、発芽時期も均一になる[33]。これは、育種学的な操作による突然変異の利用や選抜、遺伝子組換えといった人為的な圧力を意識的、あるいは無意識的に繰り返すことで得られた性質である[33]。また、品種改良による発芽の斉一性の獲得だけでなく、プライム処理やコーティング処理、ネイキッド処理といった種子そのものの加工によって発芽、生育を調節することもあり、植物工場でもそのように加工された種子が利用される[91]。植物工場では、発芽の不揃いが余分な労力負担や余計な施設稼働などにつながるため、特に発芽の斉一性が求められており、自動的、省力的に発芽を管理するため、温度や湿度、光などを調節する発芽室が施設内に設けられている[91]

また様々な植物の種子を発芽させたものは、スプラウトとして食用とされる。スプラウトは栄養豊富であることが知られており、またブロッコリーのスプラウトからは抗ガン成分のスルフォラファンが発見されるなど食材として注目されている[92]。スプラウトに用いられる植物はさまざまであるが、モヤシリョクトウなど)、貝割れ大根ダイコン)、アルファルファソバなどのスプラウトが市場に出回っている。また日本では、2000年代から玄米をある程度発芽させて休眠状態にし、食べやすくした発芽玄米が急速に普及している[93]

胞子発芽の研究と利用

細菌の胞子は食品の変敗、食中毒、感染症などに大きく関係しているため、その胞子の休眠性や耐久性と共に、胞子の発芽についての研究が重要視されている[88]。細菌胞子の発芽機構については枯草菌で特によく研究されており、発芽の分子的機構がかなりの部分解明されてきたが、コート層のタンパク質分解などの機構についてはほとんど研究が進んでいない[88]

食用または薬用として用いる菌類(キノコ)の発芽については、育種や安定生産の観点から研究が進められている。育種においては、二種類の品種の担子胞子から発芽した一核菌糸体を交配させて二核菌糸体を作出し、それを生長させて新品種を作出するといった手法が用いられている[94]。また、マツタケなど人工的な胞子の発芽方法が確立されていない種では、人工栽培に向けて胞子の発芽特性の研究が進められている[85]

一方、貝毒赤潮の原因となる渦鞭毛藻などの発芽については、主にその防除や予防の目的で研究が進められている(例えば石川・石井(2007)[95]など)。

植生復元、環境評価などへの発芽の利用

種子や胞子などの発芽を、植生復元への利用や環境評価の指標に用いる試みもある。よく知られた事例として、土壌シードバンクを掘り出して撒き出すことで、土壌中で休眠していた種子を発芽させ、植生を復活させる取り組みがある。例えば霞ヶ浦では、浮葉植物であるアサザの個体群を、土壌シードバンクから再生する事業が行われているが、これはアサザの種子が土壌シードバンクを形成しやすい発芽・休眠特性をもつことを利用したものである[96]。しかし単に土壌を撒き出すだけでなく、発芽、定着に適した環境を同時に整備することが必要であるとされている[96]。また土壌シードバンクは緑化材料などとしても活用されており、森林の表土を法面に吹きつけ、そこに含まれる埋土種子を発芽させて植物群落を形成させるという取り組みもある[97]

また海藻は、沿岸域の排水や有害物質の影響を評価する指標となりうるため、褐藻や紅藻といった海藻の胞子や遊走子が発芽可能か否かによって、有害物質量などを判定する方法が研究されている。例えば紅藻類の一種スサビノリの殻胞子の発芽率をもとに、重金属などの濃度を判定する方法が考案されている[98]

脚注

  1. ^ a b 鈴木(2003)p.185
  2. ^ a b c Leyser and Day (2003) p.6
  3. ^ a b 鈴木, 善弘 (1964) ナス種子の発芽に及ぼす Gibberellin の効果に関する研究(2), 福島大学学芸学部理科報告 14 48-54 [1]
  4. ^ 鈴木(2003)p.82
  5. ^ a b 鈴木(2003)p.85
  6. ^ 鈴木(2003)p.89
  7. ^ 岡崎 光良, 小河原 公司, 稲生 美子 (1964) カラタチ種子 (Poncirus trifoliata Raf.) の発芽と貯蔵について. 岡山大学農学部学術報告 24(1) 29-36 [2]
  8. ^ a b c 鈴木(2003)p.84
  9. ^ 鈴木(2003)p.241
  10. ^ 鈴木(2003)p.238
  11. ^ 鈴木(2003)p.238
  12. ^ 鈴木(2003)pp.101-103
  13. ^ a b 鈴木(2003)p.94
  14. ^ 鈴木(2003)p.97
  15. ^ 鈴木(2003)p.98
  16. ^ 鈴木(2003)p.99
  17. ^ Y. Suzuki and T. Saito 1969 Photo-, thermo- and chemical-induction in seed germination of Physalis Alkekengi 福島大学教育学部理科報告 19 37-46 [3]
  18. ^ a b c 鈴木(2003)p.189
  19. ^ a b c 鈴木(2003)p.132
  20. ^ a b 種生物学会編(2009)p.156
  21. ^ 鈴木(2003)p.153
  22. ^ a b 鈴木(2003)p.155
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  25. ^ 鈴木(2003)pp.156-157
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  27. ^ a b 鈴木(2003)p.191
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関連項目