池田政森

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池田 政森(いけだ まさもり、天和2年(1682年) - 享保4年1月21日1719年3月11日))は、江戸時代中期の旗本池田政武の子。母は赤羽氏。妻は福知山藩主・朽木稙昌の娘。子に喜以頼致、娘(近藤用純室、のち池田頼教室)らがいる。幼名、犬千代。通称、久馬助。初名は政安、政豊、政種。

天和2年(1682年)生まれる。貞享4年(1687年7月11日、父の遺領のうち6,000石を継ぎ、1,000石を弟・政親に分与した。元禄15年(1702年10月4日小姓となった。享保4年(1719年)1月21日、38歳で死去。墓所は兵庫県神河町福本の徹心寺

跡を子の喜以が継いだ。