横浜市六大事業

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横浜市六大事業(よこはましろくだいじぎょう)は、太平洋戦争により荒廃した横浜市の中心部の再生と活性化を目的に始まった大規模な都市計画の呼称。

概要[ソースを編集]

骨子となったのは、民間のシンクタンクが横浜中心市街の復興と活性のために行った提言。1965年(昭和40年)に当時の飛鳥田一雄市長が市民に向けて提案を行った。 六大事業を実現するためには、縦割り組織では事業化が困難だったため、飛鳥田市長に招聘された田村明が横浜市に勤務。市役所内に企画調整局をつくり、各部署との調整役を務めながら計画が進められた。

六大事業の具体的な中身は以下の通りである。

  1. 都心部強化(みなとみらい21造成)
  2. 金沢地先埋立事業(中心市街地の工場の移転先と勤務する住宅の確保)
  3. 港北ニュータウンスプロール現象防止のため、行政自らニュータウンを建設)
  4. 高速道路(首都高速道路保土ヶ谷バイパス南横浜バイパス等)
  5. 高速鉄道(地下鉄の整備)
  6. ベイブリッジ

現在では上記六つの事業はほぼ完遂しており、横浜市は既に創造都市構想という次のフェーズに着手している。

参考文献[ソースを編集]

  • 田村明「都市ヨコハマをつくる:実践的まちづくり手法」中公新書 1983年
  • 田村明「都市ヨコハマ物語」時事通信社 1989年

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]