栗橋城

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栗橋城
茨城県
城郭構造 平城
天守構造 なし
築城主 不詳
築城年 不詳
主な城主 野田弘朝野田景範北条氏照
廃城年 1590年
遺構 空堀、土塁、郭、土橋?
指定文化財 町指定史跡
位置 北緯36度06分36.53秒
東経139度43分45.89秒
地図
栗橋城の位置(茨城県内)
栗橋城
栗橋城

栗橋城(くりはしじょう)は、下総国葛飾郡にあった古河公方ゆかりの日本の城。現在は茨城県猿島郡五霞町元栗橋地内、法宣寺の西から南西に位置する。五霞町指定史跡[1]

歴史[編集]

室町時代あるいは戦国時代古河公方家重臣・野田氏の居城になって、古河城の支城網を形成した。野田氏は鎌倉公方奉公衆かつ古河城の城主だったが、享徳4年(1455年)、第5代鎌倉公方・足利成氏が古河城に移座した後、自身は栗橋城に移って、古河公方となった成氏を支え続けた。しかし永禄年間(1558-1570年)、城主が野田景範のときに後北条氏により城は接収され、北条氏照の北関東攻略の拠点となっている[2]。このとき野田氏は北条氏の傘下に組み入れられたと考えられる[3]

栗橋城は古河公方古河城、および公方重臣・簗田氏関宿城水海城と同様に河川沿いに立地しており、奥大道(鎌倉街道中道)とも接続した水陸交通の要衝だった[4]。さらに、この城の位置は中世関東の「二大河川水系」連結点でもあった。二大河川とは、常陸川水系、および、旧利根川渡良瀬川太日川)水系で、当時の常陸川は現在の利根川下流域・霞ヶ浦北浦太平洋につながり、旧利根川・渡良瀬川は現在の東京湾につながって、両水系は独立していた。この二大河川水系の連結のため、旧利根川・渡良瀬川に接する古河と元栗橋(栗橋城)、および、常陸川に接する水海(水海城)と関宿(関宿城)にて荷物を積み替えて、両方の港津間を陸送するルートが用いられたと考えられており、栗橋城はこの水陸交通網の一端を担っていた[4]

天正18年 (1590年)、豊臣秀吉小田原征伐後に徳川家康の家臣・小笠原秀政古河藩に入部した際には、古河城修復の間、秀政は本城を居城としたが、修復が終わり古河城に移った後は廃城となった。

構造[編集]

栗橋城概略図(『城築規範』による)

江戸時代赤松宗旦が著した地誌『利根川図志』の巻二に「古河城旧址」として、この城が紹介されている。江戸時代初期(元和7年頃)に、権現堂川(現在の行幸湖)を掘ったため、城跡が分断されたとしている。城跡のうち権現堂川東岸には「本城」、「榎曲輪」、「七曲り」などが記されており、「七曲り」内側の近くに「愛宕若宮八幡社」があるとも紹介されている。[5] [3]

近年、『城築規範』にある「栗橋城図」と現地調査の結果から、後北条氏時代の詳細な構造が推定されている。城域は東西300m、南北500mにわたり、11の曲輪から構成された。外郭は第1から第4曲輪、内郭は第5から第11曲輪であった。特に第6,7,9,10 の4つの曲輪が中枢部である。第7曲輪が本丸と考えられているが、これは『利根川図志』とも矛盾しない。『利根川図志』にある「榎曲輪」は第5曲輪である。本調査結果では、城域は権現堂川東岸(五霞町側)にのみ展開し、『利根川図志』の記述と異なって西岸は含まれなかったと考えられている。[6]

遺構[編集]

東部の遺構が比較的状態がよく、五霞町法宣寺裏手・西側から西北側には『利根川図志』で「七曲り」と称せられた堀跡が現存。法宣寺南側の民家周辺にも堀跡が残る。郭には土塁も残る。一方、内郭など中心部は耕地や民家に変わっている[3][6]

『利根川図誌』によれば、城跡は五霞町元栗橋と埼玉県久喜市栗橋にまたがり、川によって2つに分かれているが、現在、権現堂川西岸の埼玉県側遺構は壊滅状態で確認できない[3]。前述の通り、西岸に城域は展開していなかったとする見解もある[6]

脚注[編集]

  1. ^ 「栗橋城址」五霞町公式HP
  2. ^ 例えば、黒田基樹 『古河公方と北条氏』 岩田書院、2012年、77 – 89頁(栗橋城主野田氏の没落)
  3. ^ a b c d 茨城城郭研究会編 『図説 茨城の城郭』 国書刊行会、2006年、185頁(栗橋城)
  4. ^ a b 『総和町史 通史編』、511-523頁(関東の二大河川水系と水海・内山俊身執筆)
  5. ^ 赤松宗旦 著、柳田国男 校訂 『利根川図志』 岩波書店、1938年、88-93頁(古河城舊址)
  6. ^ a b c 伊禮正雄 「栗橋城の歴史と構造」『戦国大名論集3 東国大名の研究』 吉川弘文館、昭和58年

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 赤松宗旦 著、柳田国男 校訂 『利根川図志』(岩波文庫) 岩波書店、1938年
  • 茨城城郭研究会 編 『図説 茨城の城郭』 国書刊行会、2006年
  • 佐藤博信 編 『戦国大名論集3 東国大名の研究』 吉川弘文館、昭和58年(1983年)
  • 総和町史編さん委員会 編 『総和町史 通史編 原始・古代・中世』 総和町、平成17年(2005年)