杉山平助

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杉山 平助(すぎやま へいすけ、1895年6月1日 - 1946年12月21日)は、日本の評論家

大阪市生まれ。慶應義塾大学理財科中退。1925年に小説『一日本人』で生田長江に認められ、文芸評論などを書く。1931年から『東京朝日新聞』に氷川烈の筆名でコラムを執筆、多くの著作を出したが、軍国主義的になっていった。歯に衣着せぬ文章で同時代の人々からは「毒舌評論家」として知られていた。1937年に中国学者で北京在住の中江丑吉を訪問し、下劣な話を持ち出して中江を憤慨させ、その後の書簡でも「下等の油虫」と形容されている[1]

著書[編集]

  • 一日本人 昭文堂 1925年
  • 春風を斬る 氷川烈 大畑書店 1933年 「愛国心と猫」と改題
  • 人物論 改造社 1934年
  • 氷河のあくび 日本評論社 1934年
  • 文芸従軍記 改造社 1934年(文芸復興叢書)
  • 絶望と享楽 三笠書房 1936年
  • 文学的自叙伝 中央公論社 1936年
  • 新恋愛論 中央公論社 1937年
  • 街の人物評論 亜里書店 1937年
  • 新らしい日本人の道 第一出版社 1938年
  • 現代日本観 三笠書房 1938年
  • 支那と支那人と日本 改造社 1938年
  • 女性面会日 第一出版社 1938年
  • 揚子江艦隊従軍記 第一出版社 1938年
  • 自由花 創作集 改造社 1939年
  • 吾が闘病 賀川豊彦共著 三省堂 1940年
  • 二十一世紀物語 教材社 1940年
  • 悲しきいのち 改造社 1940年
  • つひに来たる日 万里閣 1941年
  • 文学と生活 有光社 1942年
  • 文芸五十年史 鱒書房 1948年

脚注[編集]

  1. ^ 鈴江言一・編『中江丑吉書簡集』みすず書房、1975年、84p。

外部リンク[編集]