常照皇寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
常照皇寺
常照皇寺1.jpg
所在地 京都府京都市右京区京北井戸町丸山14-6
位置 北緯35度12分3.2秒 東経135度41分7.3秒 / 北緯35.200889度 東経135.685361度 / 35.200889; 135.685361
山号 大雄名山
宗旨 臨済宗
宗派 臨済宗天龍寺派
本尊 釈迦如来
創建年 貞治元年(1362年
開山 光厳法皇
正式名 大雄名山萬壽常照皇禪寺
別称 常照寺
文化財 木造阿弥陀如来及び両脇侍像(重要文化財)
九重桜(国の天然記念物
境内(府の史跡
法人番号 2130005005764 ウィキデータを編集
テンプレートを表示

常照皇寺(じょうしょうこうじ)は、京都市右京区にある臨済宗天龍寺派寺院山号は大雄名山(だいおうめいざん)。本尊釈迦如来。詳名は大雄名山万寿常照皇禅寺という。光厳法皇ゆかりの寺院である。

歴史[編集]

常照皇寺の庭園
山国御陵

京都市北郊の山中に位置している。当寺の開山は南北朝時代北朝初代の天皇となった光厳法皇である。光厳上皇は観応3年/正平7年(1352年)に、大和国賀名生にある南朝後村上天皇行宮にて落飾(出家)して法皇となり、禅宗に帰依した。

帰京の後、貞治元年/正平17年(1362年)に丹波国山国庄を訪れると、同地にあった成就寺という天台宗の無住の寺に入り、これを改めて新たに開創したのが常照皇寺の始まりである。また、常照寺とも呼ばれていたようである。

光厳法皇は自ら庭園を作庭したほか、周辺の景色を庭に見立て、寺の裏山を猿帰嶂、滝を白玉泉、山全体を万樹林などと名付けて十勝を選定したという。法皇はその2年後に示寂し、当地に葬られた。

その後は、後花園天皇によって境内裏山の万樹林や小塩田260石等を寄進され護寺されたが、戦国時代天正7年(1579年)に明智光秀による合戦に巻き込まれて焼失し、一時衰退した。

江戸時代になって後水尾天皇により復興され、徳川秀忠から寺領として井戸村の50石を与えられた。天明8年(1788年)の時点で末寺7か寺を有していた[1]

1869年明治2年)11月、神仏分離によって北野天満宮にあった舎利塔が除かれることになり、当寺に移されている。

境内[編集]

  • 怡雲庵(いうんあん) - 天明元年(1781年)再建。仏殿とその奥に隣接する開山堂とからなる。
    • 仏殿 - 本堂。本尊の釈迦三尊像は通常と異なり、天井近くの鴨居上の仏壇に安置されている。
    • 開山堂 - 袈裟を着ている光厳法皇坐像が祀られている。
  • 方丈 - 安土桃山時代の再建。天井近くの鴨居上の仏壇に観音菩薩立像が祀られているが、その形式は薬師如来立像である。しかし、当寺では観音菩薩として祀っている。襖絵は植田曠躬によるもの。
  • 方丈庭園 - 池泉鑑賞式庭園で、光厳法皇が自ら作庭したものという。
  • 書院
  • 庫裏
  • 鐘楼
  • 中門
  • 御車返しの - 一重の桜と八重の桜が同時に咲く。後水尾天皇が当寺に行幸した際、何度も車を返してご覧になられたという。
  • 九重桜(国指定天然記念物) - 光明天皇が兄の光厳法皇を当寺に訪ねた際に御所から持ってきたもので、光厳法皇のお手植えである。樹齢650年。
  • 左近の桜 - 岩倉具視によって御所から株分けされたものという。
  • 舎利殿
  • 多宝小塔 - 1994年平成6年)に太平洋戦争での戦死者の遺族により寄進されたもの。かつてはここには光厳法皇が戦乱で犠牲になった人達の供養のために建てた多宝小塔があった。
  • 勅使門
  • 碧潭(ひょうたん)池
  • 五重石塔
  • 勅額門 - 掛けられている勅額「仰之弥高」は光厳法皇の宸筆。
  • 山門
  • 光厳天皇山国陵 - 現在は宮内庁の管理下にある。
  • 後花園天皇後山国陵 - 現在は宮内庁の管理下にある。
  • 後土御門天皇分骨所 - 現在は宮内庁の管理下にある。

文化財[編集]

光厳法皇像 常照皇寺蔵

重要文化財[編集]

  • 木造阿弥陀如来及び両脇侍像 - ヒノキ材、割矧造。三尊は飛雲に乗り来迎する形に表現される。寺の創建より古い平安時代後期の作で、前身寺院の成就寺関係の像、または光厳法皇の念持仏であった可能性がある[2]

国指定天然記念物[編集]

  • 九重桜

京都府指定史跡[編集]

  • 境内

所在地[編集]

京都府京都市右京区京北井戸町字丸山14-6
  • 拝観料は500円程度を志納。

アクセス[編集]

JR京都駅・阪急京都線大宮駅から西日本ジェイアールバス高雄・京北線)で約1時間30分の周山下車、京北ふるさとバス(山国方面行き)に乗り換え、約15分の山国御陵前下車、徒歩7分。

脚注[編集]

  1. ^ 『日本歴史地名大系 京都府の地名』、pp.397 - 398; 『京都の禅寺散歩』、p.195
  2. ^ 「新指定の文化財」『月刊文化財』441号、第一法規、2000

参考文献[編集]

  • 『日本歴史地名大系 京都府の地名』、平凡社、1981
  • 竹貫元勝『京都の禅寺散歩』、雄山閣、1994

外部リンク[編集]