常寂光寺

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常寂光寺
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多宝塔(重要文化財)
所在地 京都府京都市右京区嵯峨小倉山小倉町3
位置 北緯35度1分10.70秒 東経135度40分7.23秒 / 北緯35.0196389度 東経135.6686750度 / 35.0196389; 135.6686750座標: 北緯35度1分10.70秒 東経135度40分7.23秒 / 北緯35.0196389度 東経135.6686750度 / 35.0196389; 135.6686750
山号 小倉山
宗派 日蓮宗
本尊 十界大曼荼羅
創建年 慶長元年(1596年
開基 日禎
文化財 多宝塔(重要文化財)
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常寂光寺(じょうじゃっこうじ)は京都府京都市嵯峨野にある日蓮宗仏教寺院。山号は小倉山。旧本山は、大本山本圀寺(六条門流)。

概要[編集]

百人一首で詠まれる小倉山の中腹の斜面にあって境内からは嵯峨野を一望でき、秋は全山紅葉に包まれる。その常寂光土のような風情から寺号がつけられたとされる。

平安時代藤原定家の山荘「時雨亭」があったと伝わる地で、安土桃山時代末の慶長元年(1596年)に日蓮宗大本山本圀寺十六世日禎が隠棲の地として当山を開いた。

歌人でもある日禎に小倉山の麓の土地を寄進したのは角倉了以と角倉栄可で、小早川秀秋ら大名の寄進により堂塔伽藍が整備された。

伽藍[編集]

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所在地・交通アクセス[編集]

小倉山[編集]

『小倉百人一首』の中に詠まれている和歌の中に、宇多法皇が嵯峨・大堰(おおい)川(がわ)へ行幸した時、あまりの紅葉の美しさに、「息子の醍醐天皇にも見せたい」と言ったのを、供をしていた藤原(ふじわら)忠(ただ)平(ひら)が宇多法皇の気持ちを和歌に託して詠んだものがある。小倉山は、歌枕としても有名で、多くの和歌に詠まれている。 [2]

  • 小倉山 峰のもみじ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ

"小倉山の峰の紅葉よ、もしお前に優しい心があるならば、もう一度行幸があるまで、散らずに美しいままで待っていてくれ"

  • 忍ばれむ 物ともなしに 小倉山 軒端の松ぞ なれてひさしき

この藤原定家の歌より常寂光寺は別名軒端寺(のきばじ)とも呼ばれている。


ギャラリー[編集]

外部リンク[編集]


  1. ^ 槙野 修/著『京都の寺社505を歩く』PHP研究所 2007,7
  2. ^ 京都新聞出版センター編『もっと知りたい京都小倉百人一首』京都新聞出版センター 2006.3.