川戸貞吉

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川戸 貞吉(かわど さだきち、1938年 - 2019年3月11日)は、演芸評論家[1]。代表的な名跡は都家西北神奈川県横浜市出身[1]早稲田大学卒業[1]。アナウンサー・ジャーナリストの川戸恵子は妻である[2]

略歴[編集]

1961年4月TBSへアナウンサー7期生として入社し[3][4]1993年3月にTBSを退職した[3][4]

経歴・人物[編集]

早稲田大学で落語研究会に入会し、のちに7代目立川談志となる柳家小ゑん三遊亭全生林家照蔵、のちに3代目古今亭志ん朝[要曖昧さ回避]となる古今亭朝太、など同世代の若手と知り合って落語に没頭し、8代目桂文楽に目をかけられたのをきっかけに落語の録音、文献のコレクターとしても知られるようになる[1][5]

1961年4月にTBSにアナウンサー第7期生として入社。同期入社にはアナウンサーの田淵威、恒田光男、新村尚久平山允藤林英雄、内田房子、小木曽ひろ子、坂元良江、島倉恭子、野中泰子、原田淑枝、結城田鶴子、若本ミチ子がいる[6]

アナウンサー職で入社後の1963年11月に報道局ニュース部に所属して[4][7]1965年7月29日に発生したライフル乱射事件現場リポート[4]や芸能番組等を担当し、1965年12月にテレビ編成局第一演出部へ異動して[4]ディレクタープロデューサーに転身し、多数の落語番組を制作した[1]1974年10月にラジオ本部ラジオ局制作部、1980年6月にラジオ局編成部、1983年3月にラジオ局第二制作部、1988年1月にラジオ局社会情報部、でそれぞれ務め、1989年10月にラジオ総局ラジオ編成局編成業務部で[4]演芸番組や、ラジオドラマなどを演出して制作し、演芸番組で自身が出演して番組内で解説したこともある。1990年5月に経理局財務部[4]1993年3月にTBSを退職した[3][4]

TBSを退職後は、演芸評論家として活動する[8]

1968年から、第五次落語研究会を企画。落語評論の「現代落語家論」シリーズで、落語家との対談形式で別の落語家を論じる手法を編み出した。学生の頃から集めはじめた落語の高座の録音テープの収集[9]は日本有数とされ、TBSラジオの番組『早起き名人会』で放送され、『席亭 立川談志の「ゆめの寄席」』などCD化がされている。

「貞やんを(落語界で)知らぬ者はいない。知らない奴は馬鹿かモグリだ」と立川談志から評されるが、相手側の事実誤認に基づくトラブルもある。2002年に、落語協会機関誌「落語の友」で春風亭小朝が書いた文章に「匿名にこそしてあるが事実上自分を名指しにしている。そして事実と違う。引き合いに出された故人(噺家)にも失礼。紙に書いたことは後世に残る」と激怒した。猛抗議の末に該当号を回収して改定のうえで次号にも大きく訂正記事を掲載させた。「事実を確かめもせずに」と怒りは抑えられずに著書「落語大百科第5巻」のあとがきで触れている。楽屋での噂話を該当人物が存命中でも確認せずに書くことは、川戸自身も行っているため、自身が目をかけていた小朝に裏切られたという私怨による抗議と解釈されている。その後機関誌の発行は休止している。

2008年2月に、NHKラジオ第1放送の番組『ラジオ名人寄席』でかつて自分が担当した番組「早起き名人会」などで放送した内容が無断で放送されていることを指摘した結果、番組は終了された。その後もNHKと玉置宏らの対応に不満を持ち、NHK側の発表に事実と違う部分があると川戸に事態を相談した録音エンジニアの草柳俊一と共に2008年3月31日に会見を行い、「玉置宏は落語を食い物にしている」「責任を取って横浜にぎわい座の館長も辞任すべし」と批判した[10][11]。以後の玉置は横浜にぎわい座館長は関係者の慰留もあり続投したが[11]、活動を止めて2010年に死去した。また2人が手がけた本事件に関連する一連の追求の結果として、2009年3月末までにこの分野の放送番組が国内から一掃され、これ以降、一般視聴者が過去の落語演芸を放送番組で視聴することはできなくなった。

2019年3月11日午前11時55分、直腸がんのために東京都杉並区の自宅で病没した。81歳没[12][1]

出演番組[編集]

著書[編集]

  • 八代目春風亭柳枝全集 川戸貞吉,桃原弘 弘文出版, 1977.7
  • 五代目古今亭志ん生全集 第1巻 川戸貞吉,桃原弘 弘文出版, 1977.4
  • 五代目古今亭志ん生全集 第2巻 川戸貞吉,桃原弘 弘文出版, 1977.5
  • 五代目古今亭志ん生全集 第3巻 川戸貞吉,桃原弘 弘文出版, 1977.6
  • 五代目古今亭志ん生全集 第4巻 川戸貞吉,桃原弘 弘文出版, 1977.11
  • 現代落語家論1 弘文出版, 1978.5
  • 現代落語家論2 弘文出版, 1978.6
  • 五代目古今亭志ん生全集 第5巻 川戸貞吉,桃原弘 弘文出版, 1978.7
  • 新現代落語家論 弘文出版, 1979.12
  • 五代目古今亭志ん生全集 第6巻 川戸貞吉,桃原弘 弘文出版, 1979.6
  • 落語雑記帳 弘文出版, 1981.6
  • 五代目古今亭志ん生全集 第7巻 川戸貞吉,桃原弘 弘文出版, 1983.3
  • 対談落語芸談 弘文出版, 1984.1
  • 対談落語芸談2 弘文出版, 1985.1
  • 五代目小さんの昔ばなし 柳家小さん,川戸貞吉 冬青社, 1988.3
  • 五代目古今亭志ん生全集 第8巻 川戸貞吉 弘文出版, 1992.3
  • 対談落語芸談3 弘文出版, 1993.5
  • 対談落語芸談4 弘文出版, 1993.5
  • 落語大百科 第1巻 冬青社, 2001.1
  • 落語大百科 第2巻 冬青社, 2001.7
  • 落語大百科 第3巻 冬青社, 2001.12
  • 落語大百科 第4巻 冬青社, 2002.7
  • 落語大百科 第5巻 冬青社, 2002.12
  • 五代目柳家小さん芸談 柳家小さん,川戸貞吉 冬青社, 2003.11

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f “演芸評論家の川戸貞吉氏が死去、「現代落語家論」など著書多数”. サンケイスポーツ. 産経デジタル. (2019年3月12日). https://www.sanspo.com/geino/news/20190312/geo19031205000016-n1.html 2019年3月13日閲覧。 
  2. ^ 柳家小袁治 (2009年12月20日). “平成21年12月20日(日)”. 日刊マックニュース. 2015年10月5日閲覧。
  3. ^ a b c d e f 『TBS50年史』資料編P.237「III.放送関係 7.アナウンサーの活動記録」より。
  4. ^ a b c d e f g h i j k 『TBSアナウンサーの動き』P.13より。
  5. ^ “演芸評論家、川戸貞吉さん死去…81歳”. 読売新聞 (讀賣新聞社). (2019年3月11日). https://www.yomiuri.co.jp/culture/20190311-OYT1T50220/ 2019年3月13日閲覧。 
  6. ^ 『TBSアナウンサーの動き』PP.13-14より。
  7. ^ 『TBSアナウンサーの動き』P.16より、1963年11月1日の項を参照(『報道局への大量異動』について、ニュース部へ異動したアナウンサーの一人として明記)。
  8. ^ “川戸貞吉さん死去 81歳 演芸評論家”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2019年3月11日). https://mainichi.jp/articles/20190311/k00/00m/040/147000c 2019年3月13日閲覧。 
  9. ^ 著書によればテレビ局員の立場を利用し、局のライブラリーから音源をダビングし入手した音源も多く、川戸の複製によって消失を逃れた音源も少なくない。
  10. ^ “玉置宏氏を告発「落語を食い物にしてる」”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2008年4月1日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20080401-342792.html 2019年3月17日閲覧。 
  11. ^ a b 草柳俊一 (2008年5月1日). “「ラジオ名人寄席」音源不正使用、その顛末”. S.Kusayanagi's Home page ★道楽三昧★. 2010年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月17日閲覧。
  12. ^ “川戸貞吉氏死去=演芸評論家”. 時事ドットコム. 時事通信社. (2019年3月11日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2019031101120&g=obt 2019年3月11日閲覧。 
  13. ^ ドキュメンタリー『落語を救った男たち 天才現る!古今亭志ん朝の衝撃』がNHK BSプレミアムで6月13日放送”. amass (2019年6月8日). 2019年8月15日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]