尾形充弘

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尾形充弘
Mitsuhiro-Ogata20120324.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府
生年月日 (1947-09-27) 1947年9月27日(70歳)
所属団体 日本中央競馬会
初免許年 1982年
重賞勝利 24勝(うち地方交流1勝)
G1級勝利 4勝
経歴
所属 尾形藤吉(1975年 - 1981年)
尾形盛次(1981年 - 1982年)
美浦トレーニングセンター(開業)
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尾形 充弘(おがた みつひろ、1947年9月27日 - )は、日本中央競馬会(JRA)美浦トレーニングセンターに所属する調教師大阪府出身。主な管理馬にGI競走で4勝を挙げたグラスワンダーがいる。2010年~2012年日本調教師会々長。祖父は調教師顕彰者尾形藤吉、父・盛次メジロティターン等を管理した調教師である。

略歴[編集]

1947年、大阪府に生まれる。競馬一家の出身であったが、「尾形藤吉の孫」という重圧の中で仕事をすることを嫌い、大学卒業後はコンピューター関係の企業に入社、営業職システムエンジニアとして勤務した。しかし26歳の時に周囲から改めて競馬界入りを勧められ、会社を退職。イギリスでの1年7ヶ月間の競馬留学を経て、1975年に尾形藤吉厩舎に入門、調教助手となった。1981年、藤吉の死去に伴って父・盛次の厩舎に移った後、1982年に調教師免許を取得。茨城県美浦トレーニングセンターに自身の厩舎を開業した。

同年11月、ラッキータウロで東京障害特別(秋)を制し、開業初年度に重賞勝利を挙げる。翌1983年には19勝を挙げて関東の優秀調教師賞を受賞するなど、早くから頭角を現した。なお、この年にはヨロズハピネスで金杯(東)を制し、平地重賞初勝利もあげている[1]。1989年秋にはメジロマスキット中山大障害も制覇した。

以後も安定した成績を保ちながら、長らく平地GI級競走に恵まれなかったが、1997年12月、管理馬グラスワンダーが朝日杯3歳ステークスを制し、GI競走を初制覇。同時に祖父・藤吉から三代に渡るGI級競走制覇も達成した。同馬は「史上最強世代」とも評された1995年誕生世代において、中心馬の1頭として活躍し、他に二度の有馬記念宝塚記念などに優勝した。

1994年から日本調教師会副会長および関東本部長を兼任し、2010年2月より同会会長に就任[2]、2012年まで務めた[3]

調教師成績[編集]

日付 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走 1982年10月2日 - バーターホース - - 2着
初勝利 1982年10月17日 - バーターホース - - 1着
重賞初出走・初勝利 1982年11月14日 東京障害特別(秋) ラッキータウロ 10頭 2 1着
GI初出走 1984年4月29日 天皇賞(春) ダイナフランダース 19頭 11 16着
GI初勝利 1997年12月7日 朝日杯3歳S グラスワンダー 15頭 1 1着

主な管理馬[編集]

表彰記録[編集]

主な厩舎所属者[編集]

※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。

  • 伊藤正徳(1982年-1987年 騎手)
  • 菊川正達(1988年-1993年 騎手)
  • 沢昭典(1990年-1999年 騎手)
  • 臼井武(1997年-現在 調教助手)
  • 柄崎将寿(2001年-2005年 騎手)

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 『優駿』1998年2月号(日本中央競馬会)「優駿ロングインタビュー 尾形充弘調教師『伝統からの飛翔』」

脚注[編集]

  1. ^ “【中山金杯】尾形充師“ラスト有馬”の道…初重賞へツクバアズマオー”. スポーツニッポン. (2016年12月28日). http://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2016/12/28/kiji/20161227s00004048311000c.html 2017年1月14日閲覧。 
  2. ^ zakzak 競馬編集後記 2010年2月13日付
  3. ^ 日本調教師会長の尾形充弘師が退任 新任は橋田満師”. Gallop online (2012年3月15日). 2012年12月12日閲覧。
  4. ^ 2015年レース結果netkeiba.com 2015年1月26日閲覧