小倉寛太郎

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小倉 寛太郎(おぐら ひろたろう、1930年 - 2002年10月9日)は、元日本航空の反会社側組合の労働組合委員長である。通称かんたろう。山崎豊子の著書『沈まぬ太陽』の主人公・恩地元のモデルとなった人物。

プロフィール[編集]

台北生まれ。湘南中学校を経て東京大学法学部卒。東京大学教養学部の大学祭である駒場祭創設に、駒場祭委員会の初代委員長として携わった。卒業後に日本航空へ入社した。

日本航空労働組合委員長時代の1960年代前半に経営陣と厳しく対決し、日本航空初のストライキを指導。その後の人事異動で、社内規定を大幅に越える約10年間の海外(カラチテヘランナイロビ)での勤務を強いられる[1]

1970年代前半に労務対策を是正する一環として、国内勤務とされる。1985年日本航空123便墜落事故[2]、会長室部長に抜擢。会長・伊藤淳二率いる新体制の下、社内改革に力を注ぐ。その後再びアフリカへ。

定年退職後は、僻地勤務が縁でアフリカ研究家、動物写真家随筆家として活躍。東アフリカの自然と人を愛する同好の士を集めて「サバンナクラブ」を発足させ、事務局長を務めた。2002年10月、肺癌で死去。

著書[編集]

  • 単著
『フィールドガイド・アフリカ野生動物』講談社(1994/08) ISBN 4062570327
『アフリカの風―サバンナ・生命の日々』新潮社(2000/11) ISBN 4104416010
『自然に生きて』新日本出版社(2002/01) ISBN 4406028439
  • 共著
『企業と人間―労働組合、そしてアフリカへ』(岩波ブックレット)(2000/10) 佐高信 ISBN 4000092219
『組織と人間』(角川oneテーマ21)(2009/11) 佐高信 ISBN 4047102202

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 社内規定を超える僻地勤務であった事は事実であるが、その経緯は「沈まぬ太陽」に描かれた内容とは大きく異なる。
  2. ^ 小倉自身は事故原因や事故後の保障問題も含めて、当該墜落事故には一切関わっていない。

外部リンク[編集]

1999年東大駒場祭における講演。