対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約

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対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約
Ottawa Treaty members.svg
青色で塗りつぶされているのが、オタワ条約を批准している国家
通称・略称 対人地雷禁止条約、オタワ条約
起草 1997年9月18日オスロ
署名 1997年12月3日オタワ
効力発生 1999年3月1日
寄託者 国際連合事務総長
条約番号 平成10年条約第15号
言語 アラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語
主な内容 対人地雷の使用、開発、生産、貯蔵、保有、移譲などを禁止する
条文リンク 条約本文 (PDF) - 外務省
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対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約(たいじんじらいのしよう ちょぞう せいさんおよびいじょうのきんしならびにはいきにかんするじょうやく、英語: Convention on the Prohibition of the Use, Stockpiling, Production and Transfer of Anti-Personnel Mines and on their Destruction)は、国際的に対人地雷を規制している条約のことである。2016年12月現在、162カ国が署名し批准している[1]対人地雷禁止条約(たいじんじらいきんしじょうやく、英語: Convention on the Prohibition of Anti-Personnel Mines)、オタワ条約(オタワじょうやく、英語: Ottawa Treaty)などとも呼ばれる。

この条約は、対人地雷の使用、開発、生産、貯蔵、保有、移譲などを禁止している。締約国は、この条約で禁止されている活動について他国を援助、勧誘、奨励することを禁止される。締結国は、すべての対人地雷を廃棄し、撤廃を確保しなければならず、そのための立法上、行政上、その他のあらゆる適当な措置(罰則を設けることを含む)をとる義務がある。

経過[編集]

1991年、アメリカのNGO・米国ベトナム退役軍人財団とドイツのNGOメディコインターナショナルが対人地雷全面禁止に向けてキャンペーンを立ち上げることで合意したことが端緒となり、1992年に欧米の6団体がニューヨークで「地雷禁止国際キャンペーン」(ICBL)を発足、以後世界的な運動となる。1995年には、世界初の「対人地雷の製造、使用、輸出、移譲禁止法」がベルギーで成立し、EUが対人地雷禁止に向けて共同行動を決定、1996年にカナダのオタワで対人地雷全面禁止に向けた国際会議が開かれ、1997年9月18日に対人地雷禁止条約の起草会議がオスロで開かれ、条文が作成された。

ICBLとコーディネーターのジョディ・ウィリアムズはその活動が評価され、1997年のノーベル平和賞を受賞した。(ICBLには60ヵ国以上から1000を超えるNGOが参加していた。)

日本[編集]

運用検討会議[編集]

2004年11月29日から12月3日まで、ケニアナイロビで条約初の運用検討会議が開かれた。会議では、地雷廃絶に向けた今後の取り組みが議論され、ナイロビ宣言および今後5年間の行動計画が採択された[2]。この会議は、「ナイロビ・サミット」とも呼ばれ、締約国143カ国の代表が出席した。日本は、今回の会議で、貯蔵地雷の破壊を監督する常設委員会の幹事に立候補しており、承認されれば2006年から委員会の共同議長国となる。

その後、2009年11月30日から12月4日までコロンビアカルタヘナ[3]2014年6月23日から6月27日までモザンビークマプト[4]で運用検討会議が開かれた。

問題・課題[編集]

署名した国のうちマーシャル諸島が未だ批准していないほか、世界有数の保有国で輸出国である米国中国ロシアインドなど、締約国となっていない国が40カ国ある[5]。さらに、地雷廃絶日本キャンペーン (JCBL) からは、非締約国との合同軍事作戦における地雷の取り扱いや、財政支援が地雷の除去に偏っている点などにつき批判が出ている。アメリカ合衆国は2009年に一度拒否したが[5]、2014年6月27日に加盟時期を明言せず、オタワ条約に加盟する方針を表明した。以後20年ほどで対人地雷を使えなくする方針としている[6]

2016年現在、162か国が条約を署名したものの、条約自体の効力は問題視されている。例えば、2011年に使用されている対人地雷は2004年以降最多となった[7]

他には、フィンランド[8][9]ウクライナ[10]に脱退の動きがある。

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]