安西直一

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安西 直一(あんざい なおいち、明治5年(1872年12月2日 - 昭和28年(1953年9月7日)は、日本実業家政治家。元千葉県議会議長[1]。日本養鮑(名)社長[2]東京瓦斯会長を務めた安西浩は長男。昭和電工社長を務めた安西正夫は次男。孫に東京瓦斯相談役を務めた安西邦夫や実業家の安西孝之などがいる。

来歴・人物[編集]

千葉県夷隅郡清海村(のち興津町、現勝浦市)出身。父・八郎兵衛は漁師だった[3]

二松學舍修業[2]日露役に従軍する[2]。郡会議長、県参事会員同議長町長[2]1953年昭和28年)、東京・品川にて死去[4]享年80。

宗教は日蓮宗[2]。趣味は野球[2]

家族・親族[編集]

安西家[編集]

千葉県夷隅郡興津町守谷[2]

脚注[編集]

  1. ^ 神一行 著『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』330頁
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 猪野三郎監修『第十二版 大衆人事録 北海道、奥羽、関東、中部、外地、満州、支那、海外篇』(昭和13年)千葉一頁
  3. ^ a b 神一行 著『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』332頁
  4. ^ 毎日新聞1953年9月8日付け東京夕刊3頁
  5. ^ 朝日新聞1972年2月8日付け夕刊9頁

関連項目[編集]