勝目清

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勝目 清
かつめ きよし
生年月日 1894年2月21日
出生地 日本の旗 日本
没年月日 (1971-07-11) 1971年7月11日(77歳没)
死没地 日本の旗 日本 鹿児島県
出身校 東京帝国大学法学部
前職 鹿児島市助役
所属政党 無所属
称号 鹿児島市名誉市民

Flag of Kagoshima, Kagoshima.svg 第14代 鹿児島市長
当選回数 3回
在任期間 1946年6月 - 1959年4月
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勝目 清(かつめ きよし、1894年2月21日[1] - 1971年7月11日)は、日本の政治家。第14代鹿児島市長鹿児島県出身。

経歴[編集]

鹿児島市下竜尾町生まれ[2]鹿児島県立第一鹿児島中学校 (旧制)第七高等学校造士館 (旧制)を経て東京帝国大学法学部卒業後、東京市電気局に務める[1][2]1924年、30歳で伊集院俊鹿児島市長に請われて鹿児島市助役に就任し[2]1936年まで務め、1943年から市長に就任するまでの1946年まで再び助役を務めた[3]。7代の市長の下で通算13年間助役を務めた[1][2]

戦後の1946年鹿児島市長に就任[2][4]、翌1947年初の公選による市長選挙が行われたが、無投票で当選[4]、在任中は戦災復興に力を入れた[1]1951年の市長選でも無投票当選[4]、3回目の1955年の市長選は、元参議院議員前之園喜一郎が立候補し、初の投票による選挙戦となったが、勝目が再選を果たした[4]。鹿児島市長は1959年まで務め、退任後に鹿児島市から名誉市民を贈られた[5]

1971年死去。死去の際には市民葬が行われた[6]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 『日本の歴代市長』第3巻、745頁。
  2. ^ a b c d e 『鹿児島大百科事典』(1981年 南日本新聞社)「田丸秀治」
  3. ^ 『鹿児島市史第2巻』、41頁。
  4. ^ a b c d 『鹿児島市史第2巻』、37-38頁。
  5. ^ 『鹿児島市史第2巻』、80頁。
  6. ^ 『鹿児島市史第4巻』、46頁。

参考文献[編集]

  • 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第3巻、歴代知事編纂会、1983年。
  • 鹿児島市『鹿児島市史第2巻』鹿児島市、1970年。
公職
先代:
岩切重雄
Flag of Kagoshima, Kagoshima.svg 鹿児島市長
14代:1946 - 1959
次代:
平瀬實武