伏見宮貞清親王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
伏見宮貞清親王
続柄 伏見宮邦房親王第一王子
出生 慶長元年(1596年
死去 承応3年7月4日1654年8月16日
配偶者 宇喜多秀家の女
子女 邦尚親王
邦道親王
貞致親王
重慶親王
顕子女王
照子女王
梅子女王
父親 伏見宮邦房親王
母親 北野神人本郷盛久ニ女 顕寿院
役職 兵部卿
テンプレートを表示

伏見宮貞清親王(ふしみのみや さだきよしんのう)は、江戸時代初期の皇族伏見宮第10代当主。伏見宮第9代当主邦房親王第一王子。宇喜多秀家の女で前田利長の養女、おなぐの方(おなくの方)[1]

慶長10年(1605年)に元服親王宣下

王子女に、邦尚親王邦道親王貞致親王重慶親王顕子女王徳川家綱室)、照子女王徳川光貞室)、梅子女王久我広通室)など。 江戸幕府譜代大名本郷泰固は母顕寿院の同族。

脚注[編集]

  1. ^ 『伏見宮御系譜』より。邦尚親王の母。『慶長日件禄』に慶長9年(1604年)11月14日に嫁いだことが記されている。