上石津ミサンザイ古墳
ナビゲーションに移動
検索に移動
| 上石津ミサンザイ古墳 | |
|---|---|
|
墳丘全景(手前に前方部、左奥に後円部) | |
| 別名 | 石津ヶ丘古墳 |
| 所属 | 百舌鳥古墳群 |
| 所在地 | 大阪府堺市西区石津ヶ丘 |
| 位置 |
北緯34度33分14.38秒 東経135度28分38.84秒座標: 北緯34度33分14.38秒 東経135度28分38.84秒 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 規模 |
墳丘長365m 高さ27.6m(後円部) |
| 埋葬施設 | 不明 |
| 築造時期 | 5世紀初頭 |
| 被葬者 | (宮内庁治定)第17代履中天皇 |
| 陵墓 | 宮内庁治定「百舌鳥耳原南陵」 |
| 特記事項 | 全国第3位の規模[1] |
| 地図 |
|
上石津ミサンザイ古墳の3DCG描画
履中天皇百舌鳥耳原南陵 拝所
上石津ミサンザイ古墳(かみいしづみさんざいこふん)は、大阪府堺市西区石津ヶ丘にある古墳。形状は前方後円墳。百舌鳥古墳群を構成する古墳の1つ。
実際の被葬者は明らかでないが、宮内庁により「百舌鳥耳原南陵(もずのみみはらのみなみのみささぎ)」として第17代履中天皇の陵に治定されている。
名称は「石津ヶ丘古墳(いしづがおかこふん)」や「百舌鳥陵山古墳(もずみささぎやまこふん)」とも。全国で大仙陵古墳(大阪府堺市)、誉田御廟山古墳(大阪府羽曳野市)に次ぐ第3位の規模の巨大古墳である。
2019年7月6日、第43回世界遺産委員会(バクー)の審議により、「百舌鳥・古市古墳群」の世界遺産リストへの登録が決定した。この古墳は、その構成資産に含まれている。
概要[編集]
百舌鳥古墳群の南部に位置し、墳丘長365メートルで、日本で3番目の大きさの古墳である。後円部が北側に配置され、西側に造り出しを有する。現在の周濠は一重だが、二重目の濠が確認されている。
「ミサンザイ」は「ミササギ(陵)」の転訛したものと考えられており、履中天皇の陵墓に比定され宮内庁によって管理されているが、江戸時代の絵図等では「履中天皇陵」の表記が見られる。上石津は堺市編入以前の泉北郡神石村の大字で、現在の堺区石津町が集落の中心であるが、当古墳だけ西区となっている。
陪塚は10基前後あったとされるが、現在は七観音古墳・寺山南山古墳の2基のみが残っている[2]。かつて存在した七観山古墳からは多量の副葬品が出土し、副葬品を埋納するための陪塚の可能性がある。
規模[編集]
古墳の規模は次の通り[2]。
- 墳丘長:365メートル
- 後円部 - 3段築成。
- 直径:205メートル
- 高さ:27.6メートル
- 前方部 - 3段築成。
- 幅:235メートル
- 高さ:25.3メートル
交通アクセス[編集]
脚注[編集]
- ^ 古墳大きさランキング(日本全国版)(堺市ホームページ、2018年5月13日更新版)。
- ^ a b 百舌鳥古墳群(堺市) & 2014年, pp. 34-35.
参考文献[編集]
- 『堺の文化財 百舌鳥古墳群』堺市文化観光局文化部文化財課、2014年。
外部リンク[編集]
- 百舌鳥耳原南陵 - 宮内庁
- 履中天皇陵古墳(ミサンザイ古墳・石津ヶ丘古墳・百舌鳥陵山古墳) - 堺市ホームページ