百舌鳥・古市古墳群

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百舌鳥・古市古墳群(もず・ふるいちこふんぐん)は、大阪府にある古墳群の総称。百舌鳥古墳群及び古市古墳群からなる。

2017年7月31日文化審議会世界遺産の2019年登録審査候補として正式に推薦することを決定した[1]

世界遺産推薦への動向[編集]

百舌鳥・古市古墳群は2007年文化庁による世界遺産候補地公募に「百舌鳥・古市古墳群 -仁徳陵古墳をはじめとする巨大古墳群-」として応募し、2008年の文化庁世界文化遺産特別委員会(現文化審議会世界文化遺産部会)によって暫定リストに掲載する物件に選ばれ、2010年11月世界遺産センターに受理され正式に暫定リストに掲載された[2]

2013年から毎年世界遺産への推薦を目指し推薦書素案を文化庁へ提案してきたが国内選考から漏れ続け、2017年7月2019年登録審査候補として正式に推薦することが決定した。なお、2019年登録審査候補を決める文化審議会では推薦候補なしの意見も出たが、最終的に百舌鳥・古市古墳群が選出された[3]

誤謬[編集]

2013年9月、大阪府知事で「百舌鳥・古市古墳群世界文化遺産登録推進本部会議」の会長でもある松井一郎が、世界遺産登録へのアピール策として「仁徳天皇陵古墳をイルミネーションで飾って、中を見学できるようにしよう」という発言をし、世界遺産登録に必要な条件(完全性真正性英語版)を理解していないことが露呈した[4]

修景[編集]

百舌鳥・古市古墳群の宮内庁指定陵墓参考地は、世界遺産に求められる法的保護根拠として文化財保護法に基づく文化財指定が困難なため、都市計画法景観法屋外広告物法などにより古墳そのものの保護ではなく、古墳群周辺の環境を整える対策に重点を置いている[5]新築増改築する建築物高さ外観意匠制限を設け、改修・補修に伴う色彩などにも規制を設けるが、圧倒的に多い民家の隅々まで施行できるのか、住民の協力が得られるのか先行きは不透明である。藤井寺市の允恭天皇陵近くでは耐震基準を満たさない保育所の建て替え計画が景観配慮から取りやめとなり、託児する父母から不安の声が上がるなど弊害も生じている[6]。なお、陵墓参考地は国有財産法により皇室財産とされているが、これは法的保護根拠とはしていない。

また、一部で看板の撤去が始まったが、ネオンなどの規制範囲が曖昧で、屋外広告を著しく制限することは企業商業活動を抑制することになり、結果として法人税の減収にもなりかねない。さらに、堺市で古墳近くに計画されていた国内唯一の自転車専門の博物館である自転車博物館サイクルセンターの移転や、大仙古墳(伝仁徳天皇陵)に近い堺市博物館の老朽化に伴い大仙公園内での新設の計画が中止となるなど、文化活動にも影響が生じている[7]

イコモス調査[編集]

2018年9月11~17日、ユネスコの諮問機関である国際記念物遺跡会議(ICOMOS)による現地視察調査が行われ[8]、文化庁は「一定の理解は得られた」とした[9]

2012年に開催された「世界遺産条約採択40周年記念-世界遺産と持続可能な開発:地域社会の役割」(京都ビジョン)で世界遺産存続のためコミュニティの存在の重要性が確認されたこともあり[10]、調査では地元の観光ボランティアガイド小学生からも話しを聞いた[11]

イコモスの調査に関しては世界遺産への注目度の高さから、これまで国内では事前に発表されてきたが、今回は日程が終了した9月18日に公表された。調査員の氏名は伏せられており(フィリピン人であることだけ公開)、いつどこへ行ったのか、古墳内への立ち入りが行われたのかなどは一切詳らかにされていない。調査に際しては全容を目視してもらうべく、航空機をチャーターして上空から一望してもらうという計画も立案され、費用対効果や見下ろすことに対する不敬の念を問う意見が府議会での議題にもなった[12]

イコモス評価[編集]

2019年5月14日の未明に、イコモスは世界文化遺産への登録を勧告した[13]

その評価は、「4世紀後半~5世紀後半にかけ広域の豪族による連合政権が初期国家を形成してゆく過程を示している」、「四種の墳形と規模に差異がある古墳群からは被葬者の身分差が読み取れる」、「古墳時代は中国の律令制を採り入れる前の日本固有の文化である」、「古墳の形状は後の時代の皇族の墓形に受け継がれており埋葬の伝統を証明している」、「土製建造物の極めて優れた技術があったことを示している」とされた[14]

懸念されていた古墳の名称と被葬者不特定に関し、推薦書では「仁徳天皇陵として祀られている古墳(大山古墳)」などとしたが特に指摘されることはなく、「古墳群の真実性の程度には多様性がある」との見解も示した[14]

保存・管理については、古墳毎にばらつきがあるものの概ね担保されてはいるが、市街地にあるため将来的な開発を警戒し、周辺で事業がが計画された際には事前に影響を査定すべきことを求めた。また、一部で墳丘の崩壊が見られることからその安定性について検討することや、被葬者伝承ながら現在もその末裔(皇族)により祭祀が継承されていることは注目すべきでその伝統の継続と記録の必要性も示唆した[15]

構成資産[編集]

大阪府南部の堺市羽曳野市藤井寺市の3市にまたがる4世紀後半から5世紀後半の49基が推薦対象となる[16]

百舌鳥エリア[編集]

古墳名 所在地 形状 墳丘長 史跡指定 宮内庁治定 備考
だいせんりょう大仙陵古墳(大山古墳) 堺市堺区大仙町 前方後円墳 525 m 仁徳天皇
かみいしづみさんざい上石津ミサンザイ古墳 堺市西区石津ヶ丘 前方後円墳 365 m 履中天皇
ニサンザイ古墳 堺市北区百舌鳥西之町3丁 前方後円墳 290 m 国の史跡(内濠) 東百舌鳥陵墓参考地
たでいやま田出井山古墳 堺市堺区北三国ヶ丘町2丁 前方後円墳 148 m 反正天皇
こびょうやま御廟山古墳 堺市北区百舌鳥本町1丁 前方後円墳 203 m 百舌鳥陵墓参考地
いたすけいたすけ古墳 堺市北区百舌鳥本町3丁 前方後円墳 146 m 国の史跡
ながつか長塚古墳 堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁 前方後円墳 106 m 国の史跡
ながやま永山古墳 堺市堺区東永山園 前方後円墳 100 m 堺市指定史跡(周濠) 仁徳天皇陵陪冢
まるほやま丸保山古墳 堺市堺区北丸保園 帆立貝形古墳 087 m 国の史跡 仁徳天皇陵陪冢
ごびょうおもてづか御廟表塚古墳 堺市北区中百舌鳥町4丁 前方後円墳 085 m 国の史跡
ぜにづか銭塚古墳 堺市堺区東上野芝町2丁 帆立貝形古墳 072 m 国の史跡
だいあんじやま大安寺山古墳 堺市堺区大仙町 円墳 062 m 仁徳天皇陵陪冢
たつさやま竜佐山古墳 堺市堺区大仙中町 帆立貝形古墳 061 m 堺市指定史跡(周濠) 仁徳天皇陵陪冢
おさめづか収塚古墳 堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁 帆立貝形古墳 058 m 国の史跡
はたづか旗塚古墳 堺市北区百舌鳥夕雲町3丁 帆立貝形古墳 058 m 国の史跡
ちゃやま茶山古墳 堺市堺区大仙町 円墳 056 m 仁徳天皇陵陪冢
まごだゆうやま孫太夫山古墳 堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁 帆立貝形古墳 056 m 仁徳天皇陵陪冢
こもやまづか菰山塚古墳 堺市堺区南丸保園 帆立貝形古墳 033 m 仁徳天皇陵陪冢
しちかんのん七観音古墳 堺市堺区旭ケ丘北町5丁 円墳 033 m 国の史跡
つかまわり塚廻古墳 堺市堺区百舌鳥夕雲町1丁 円墳 032 m 国の史跡
てらやまみなみやま寺山南山古墳 堺市西区上野芝町1丁 方墳 045 m 国の史跡
ぜんえもんやま善右ヱ門山古墳 堺市北区百舌鳥本町3丁 方墳 028 m 国の史跡
どうがめやま銅亀山古墳 堺市堺区大仙町 方墳 026 m 仁徳天皇陵陪冢

古市エリア[編集]

古墳名 所在地 形状 墳丘長 史跡指定 宮内庁治定 備考
誉田御廟山古墳(誉田山古墳) 羽曳野市誉田 前方後円墳 425m 国の史跡(外濠外提) 応神天皇
仲ツ山古墳(仲津山古墳) 藤井寺市沢田 前方後円墳 290m 仲姫命
岡ミサンザイ古墳 藤井寺市藤井寺 前方後円墳 242m 仲哀天皇
市ノ山古墳(市野山古墳) 藤井寺市国府 前方後円墳 230m 允恭天皇
墓山古墳 羽曳野市白鳥 前方後円墳 225m 国の史跡 応神天皇陵陪冢
津堂城山古墳 藤井寺市津堂 前方後円墳 210m 国の史跡 藤井寺陵墓参考地
白鳥陵古墳 羽曳野市軽里 前方後円墳 200m 日本武尊墓)
古室山古墳 藤井寺市古室 前方後円墳 150m 国の史跡
大鳥塚古墳 藤井寺市古室 前方後円墳 110m 国の史跡
二ツ塚古墳 羽曳野市誉田 前方後円墳 110m 応神天皇陵陪冢
はざみ山古墳 藤井寺市野中 前方後円墳 103m 国の史跡
峯ヶ塚古墳 羽曳野市軽里 前方後円墳 96m 国の史跡
鍋塚古墳 藤井寺市沢田 方墳 70m 国の史跡
向墓山古墳 羽曳野市白鳥 方墳 68m 応神天皇陵陪冢
浄元寺山古墳 藤井寺市青山 方墳 67m 国の史跡
青山古墳 藤井寺市青山 円墳 62m 国の史跡
鉢塚古墳 藤井寺市藤井 前方後円墳 60m 国の史跡
東山古墳 藤井寺市野中 方墳 50m 国の史跡
八島塚古墳 藤井寺市道明寺 方墳 50m 仲姫命陵陪冢 三ツ塚古墳の1つ
中山塚古墳 藤井寺市道明寺 方墳 50m 仲姫命陵陪冢 三ツ塚古墳の1つ
誉田丸山古墳 羽曳野市誉田 円墳 50m 応神天皇陵陪冢
西馬塚古墳 羽曳野市白鳥 方墳 45m 応神天皇陵陪冢
栗塚古墳 羽曳野市誉田 方墳 43m 応神天皇陵陪冢
野中古墳 藤井寺市野中 方墳 37m 国の史跡
助太山古墳 藤井寺市道明寺 方墳 36m 国の史跡 三ツ塚古墳の1つ
東馬塚古墳 羽曳野市誉田 方墳 23m 応神天皇陵陪冢

遺産の商品化[編集]

世界遺産を観光資源と位置付ける遺産の商品化は立入不可で一見すると観光資源になりえなそうだが、間接的には古墳カレー[17]やMOZU-FURU CARD[18]のような関連商品がすでに登場している。

世界遺産への登録勧告が出されて以降は、高所から全貌を一望したいとの要望が高まり、行政も遊覧飛行などの検討を始めた[19]

脚註[編集]

  1. ^ 仁徳天皇陵含む百舌鳥・古市古墳群が世界文化遺産国内候補に 産経新聞2017年7月31日
  2. ^ 『世界遺産年報2009』
  3. ^ 世界文化遺産に「百舌鳥・古市古墳群」を推薦/大阪 古墳にコーフン協会 2017年7月31日
  4. ^ 読売新聞2013年9月7日
  5. ^ 百舌鳥・古市古墳群世界遺産登録推薦書原案(概要版) (PDF)
  6. ^ “震度6程度で倒壊のおそれ”なのに「古墳」で建て替えも耐震補強も困難な保育所 毎日放送2018年11月6日(Yahoo!ニュース
  7. ^ 「出せば通る」は今や昔、年々厳しくなる世界遺産審査 百舌鳥・古市古墳群、イコモス視察控え地元ぴりぴり 産経新聞2018年5月11日(Yahoo!ニュース)
  8. ^ 世界文化遺産候補「百舌鳥・古市古墳群」に係るイコモス現地調査について 大阪府
  9. ^ 【大阪】百舌鳥古市古墳群 イコモス調査の手応えは? ABC NEWS2018年09月18日(NTTドコモ dメニューニュース)
  10. ^ 京都ビジョン”. 外務省. 2018年4月5日閲覧。
  11. ^ 古墳群、世界遺産へ「一定理解」 ユネスコ諮問機関調査終え文化庁 共同通信2018年9月18日
  12. ^ 平成30年3月1日 大阪府議会一般質問、伊良原勉議員(大阪維新の会)の質疑(動画冒頭~世界遺産関連質疑) YouTube
  13. ^ 仁徳天皇陵、世界遺産へ ユネスコ機関が登録勧告”. 秋田魁新報社. 2019年5月14日閲覧。
  14. ^ a b 読売新聞 2019年5月14日朝刊および夕刊
  15. ^ 読売新聞 2019年5月15日
  16. ^ 百舌鳥・古市古墳群、49基推薦 来夏、登録狙う 政府決定毎日新聞 2018年1月19日
  17. ^ 知らなかった……大阪・堺市には日本最大の古墳と「前方後円墳型のカレー」があることを メシ通(リクルート) 2018年9年11日
  18. ^ 百舌鳥・古市古墳群を巡って「MOZU-FURU CARD」を集めよう。 百舌鳥・古市古墳群世界文化遺産登録推進本部会議
  19. ^ 仁徳陵「全景見たい」 ヘリや気球での遊覧飛行検討 産経新聞 2019年5月22日

外部リンク[編集]