メアリ・リード

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メアリ・リード

メアリ・リードMary Read1685年頃? - 1721年4月)は、18世紀カリブ海で活動した海賊ジョン・ラカムの手下の1人。

同じくラカムの手下であったアン・ボニーとともに、歴史上最も有名な女海賊とされる[1]

略歴[編集]

メアリは、ロンドンで私生児として産まれた[1]。彼女の母は、亡夫の母から仕送りを得るために娘を男装させた[2]

13歳のときフランス人女性へ下男奉公に出されたメアリはそこを出て、海軍に入った[3]。その後陸軍歩兵となり、そこで知り合った兵士と結婚、除隊する[4]。夫婦はオランダブレダ城英語版近郊で宿屋を開いて暮らしていたが、ほどなく夫が亡くなった[5]

メアリは夫の死後オランダの軍へ入った[6]西インド諸島行きの帆船に乗り組むこととなる。1719年、この船が海賊によって捕獲されたとき、メアリはその手下となることを決意した[1]

海賊生活[編集]

アンを含む海賊たちは当初、メアリの男装に気付かなかった。自分を誘惑したアンに対しメアリは自分が女性であることを明かし、以後2人は親密な友人となった。

メアリ・リードはカットラスの遣い手であったと伝えられている。

メアリに関する逸話の1つとして次の話が残っている。

あるとき、メアリの恋人である海賊が他の海賊と決闘することになった[7]。海賊が不利だと見たメアリは決闘の2時間前に、相手を呼び出してから、急所を一刺しで彼を殺害した[7]

1720年10月にラカムの海賊船が「ジョナサン・バーネット」に捉えられたとき、男性乗組員が怖気づいて揃って船倉に逃げ込んだのを尻目に、メアリはアンと共に激しく戦うも、捕縛されてしまう[8]

1720年11月28日に行われた裁判において妊娠を主張して刑の執行を免れることが出来たが、翌年4月に拘留されていた牢獄の中で熱病のために死亡した[9]

記録[編集]

メアリは『海賊史』以外の資料でも言及されている[10]。彼女に対する資料での初めての言及は、1720年9月5日のウッズ・ロジャーズによるものでジャック・ラカムに関わりのある海賊として、メアリに言及している[10]

メアリ・リードが登場する作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 女性海賊史序説 ∼18世紀カリブ海の海賊社会におけるジェンダー研究~5~7ページ
  2. ^ チャールズ・ジョンソン(著)、朝比奈一郎(訳)『海賊列伝、上』p219
  3. ^ ジョンソン、(2012)、p220
  4. ^ ジョンソン、(2012)、p220~p222
  5. ^ ジョンソン、(2012)、p222
  6. ^ マーカス、(2014)、p140
  7. ^ a b レディカー、(2014)、p140
  8. ^ コーディングリ、(2000)、p236~p237
  9. ^ Mary Read Biography”. 2016年5月19日閲覧。
  10. ^ a b レディカー、(2014)、p142

参考文献[編集]

  • デイヴィッド・コーディングリ(著)、増田義郎(監修)、増田義郎・竹内和世(訳)『図説 海賊大全』2000年11月、東洋書林
  • マーカス・レディカー(著)、和田光弘・小島崇・森丈夫・笠井俊和(訳)『海賊たちの黄金時代:アトランティック・ヒストリーの世界』2014年8月、ミネルヴァ書房
  • チャールズ・ジョンソン(著)、朝比奈一郎(訳)『海賊列伝 上』2012年2月、中公文庫