ウッズ・ロジャーズ

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ウッズ・ロジャーズ

ウッズ・ロジャーズ(Woodes Rogers、1679年[1] - 1732年7月16日)は、イギリスの私略船の船長バハマ総督。イギリスのプール出身[1]

ロジャーズは1708年、デューク号の船長として世界周航に出発[2]航海長にはすでに世界周航3回目となるウィリアム・ダンピアを任命した。その翌年2月2日ファン・フェルナンデス諸島を航海中に無人島でアレキサンダー・セルカークと遭遇し、彼を救助した[2]。セルカークは島にいたヤギを2、3頭捕まえてデューク号に積み込み、ロジャーズの部下たちの健康回復を助け、ロジャーズはセルカークを部下として招いた。 1709年11月から1710年1月にかけて、メキシコバハ・カリフォルニア・スル州サンルーカス岬周辺で活動し、マニラ・ガレオンの略奪に成功した。帰国後ロジャーズとその部下エドワード・クックによって書かれた報告は、岬周辺のインディアンに関する民族学的に重要な資料となった。

ロジャーズがジョージ1世によってバハマ総督に任命されたのは、1717年9月のことである[1]。1718年7月26日にバハマ諸島に着任後[3]、彼はバハマの海賊を殺し、また追放し、カリブの海賊抑圧に大きな役割を果たした[4][5]1717年知事になってからの彼は、海賊の多くに恩赦を与えた。その一方で、悪名高く強力な海賊に対しては恩赦を与えず、捕らえて殺した。1721年にイギリスに戻った。

ロジャースは1729年に再度総督としてバハマに派遣され、1732年にナッソーで亡くなり葬られた。

脚注[編集]

  1. ^ a b c 18 世紀前半イギリス大西洋帝国の形成と海賊鎮圧 - Osaka Universityp5
  2. ^ a b コーディングリ、(2000)、p124-p125
  3. ^ 18 世紀前半イギリス大西洋帝国の形成と海賊鎮圧 - Osaka Universityp1
  4. ^ コーディングリ、(2000)、p222-p223
  5. ^ レディカー、(2014)、p39

参考資料[編集]

  • Andrews, Thomas F. (editor). 1979. English Privateers at Cabo San Lucas: The Descriptive Accounts of Puerto Seguro by Edward Cooke (1712) and Woodes Rogers (1712), with Added Comments by George Shelvocke (1726) and William Betagh (1728). Dawson's Book Shop, Los Angeles.
  • Little, Brian. c.1960. Crusoe's Captain: Being the Life of Woodes Rogers, Seaman, ader, Colonial Governor. Odhams Press, London
  • Rogers, Woodes. 1712. A Cruising Voyage Round the World. Andrew Bell, London.
  • Cooke, Edward. 1712. A Voyage to the South Sea and Round the World. 3 vols. Lintot, London
  • マーカス・レディカー(著)、和田光弘・小島崇・森丈夫・笹井俊和(訳)『海賊たちの黄金時代:アトランティック・ヒストリーの世界』ミネルヴァ書房、2014年
  • デイヴィッド・コーディングリ(編)、増田義郎・竹内和世(訳)『図説 海賊大全』東洋書林、2000年

日本語訳[編集]