マリア・デ・アラゴン・イ・カスティーリャ

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マリア・デ・トラスタマラ

マリア・デ・アラゴーン・イ・カスティーリャ(María de Aragón y Castilla)またはマリア・デ・トラスタマラ(María de Trastámara:いずれもスペイン語名 1482年6月29日 - 1517年3月7日)は、ポルトガルマヌエル1世の2度目の王妃。

生涯[編集]

アラゴンフェルナンド2世カスティーリャ女王イサベル1世の三女(第4子)として生まれた。マヌエルの先妻はマリアの長姉イサベルであったが、1498年に死別し、1500年にマリアと再婚した。マリアは10子を生んだが、王に先だって1517年に病死した。

翌1518年、マヌエルはイサベルおよびマリアの姪レオノール(マリアの次姉フアナ女王の娘)と3度目の結婚をした。

系譜[編集]

フアナ 父:
フェルナンド2世 (アラゴン王)
(カスティーリャ王フェルナンド5世)
祖父:
フアン2世 (アラゴン王)
曽祖父:
フェルナンド1世
曽祖母:
レオノール・デ・アルブルケルケ
祖母:
フアナ・エンリケス
曽祖父:
ファドリケ・エンリケス[1]
曽祖母:
マリアナ・デ・コルドバ
母:
イサベル1世 (カスティーリャ女王)
祖父:
フアン2世 (カスティーリャ王)
曽祖父:
エンリケ3世 (カスティーリャ王)[2]
曽祖母:
カタリナ[3]
祖母:
イサベル
曽祖父:
ジョアン(アヴェイロ公)[4]
曽祖母:
イザベル・デ・バルセロス[5]

[1]はエンリケ2世 (カスティーリャ王)の弟ファドリケの子孫。

[3]は、ランカスター公ジョン・オブ・ゴーントと、ペドロ1世の次女コンスタンサの一人娘。よって、[2][3]の結婚は、[2]の祖父エンリケ2世 (カスティーリャ王)(トラスタマラ朝の祖)が異母弟で嫡出子のペドロ1世(ボルゴーニャ朝)から王位を簒奪しており(第一次カスティーリャ継承戦争)、両家の合一と和解という歴史的意義がある。

[4]はジョアン1世 (ポルトガル王)の王子で、兄にドゥアルテ1世エンリケ航海王子がいる。また[4]たちの母はフィリッパは、[3]の異母姉である。

[5]はジョアン1世 (ポルトガル王)の庶子アフォンソ1世 (ブラガンサ公)の娘。よって[4]と[5]の結婚は叔姪婚となる。

子女[編集]