フィリパ・デ・レンカストレ
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| フィリパ・デ・レンカストレ Filipa de Lencastre | |
|---|---|
| ポルトガル王妃 | |
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| 在位 | 1387年2月11日 - 1415年7月19日 |
| 出生 |
1359年3月31日 レスター城 |
| 死去 |
1415年7月19日(56歳没) サカヴェン |
| 埋葬 |
バターリャ修道院 |
| 結婚 |
1387年2月2日 ポルト |
| 配偶者 | ポルトガル王ジョアン1世 |
| 子女 | 一覧参照 |
| 家名 | ランカスター家 |
| 父親 | ランカスター公ジョン・オブ・ゴーント |
| 母親 | ブランシュ・オブ・ランカスター |
| 宗教 | ローマ・カトリック |
| サイン |
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フィリパ・デ・レンカストレ(ポルトガル語: Filipa de Lencastre、1359年3月31日 - 1415年7月19日)、またはフィリッパ・オブ・ランカスター(英語: Philippa of Lancaster) は、ポルトガル国王ジョアン1世の王妃。イングランドの王子、ランカスター公ジョン・オブ・ゴーントとその最初の妃ブランシュの娘。ランカスター朝の初代イングランド王ヘンリー4世の姉。
生涯
[編集]1387年2月2日、ポルトでジョアン1世と結婚した。政略結婚ではあったが、教養があり、イングランドの騎士道的精神にも通じた王妃は、宮廷の中心人物となり、王とも円満だった。王との間に生まれた子供たちが優秀であったのも、妃から受けたイングランド王家の血と、確かな教育の結果であったとされる。
1415年、大流行していたペストに罹患し、死去した。死の床でセウタ攻略へ向かう王子たちを呼び、「勇ましく戦っておいで。」と、剣を与え送り出した。