フアナ・エンリケス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
フアナ・エンリケス
Juana Enríquez
アラゴン王妃
Juana Enríquez.png
ポブレー修道院にある、フアナ・エンリケスの墓碑
出生 1425年
Estandarte del Reino de Castilla.svg カスティーリャ王国、トレロバトン
死去 1468年2月13日
タラゴナ
埋葬  
ポブレー修道院
配偶者 アラゴンフアン2世
子女 フェルナンド2世
フアナ
父親 メルバ伯・ルエダ伯ファドリケ・エンリケス
母親 マリアナ・デ・コルドバ
宗教 ローマ・カトリック
テンプレートを表示

フアナ・エンリケス(Juana Enríquez, 1425年 - 1468年2月13日)は、アラゴンフアン2世の王妃で2度目の妻。父はカスティーリャの貴族でエンリケ2世王の弟ファドリケ・アルフォンソの子孫であるメルバ伯およびルエダ伯ファドリケ・エンリケス、母はマリアナ・デ・コルドバである。

1444年にフアンと結婚し、1男1女をもうけた。

フアンは1441年に先妻であるナバラ女王ブランカ1世を亡くしていた。この最初の結婚によってフアンもナバラ王となっていたが、ブランカの死後に嫡子であるビアナ公カルロスが継ぐべき王位を譲ろうとせず、父子の対立からナバラでは内乱となった。後妻であるフアナ・エンリケスが新たな息子フェルナンドを生んだことで、対立はいっそう激しくなった。

1468年、夫に先立って死去した。