イサベル・デ・ポルトゥガル・イ・アラゴン

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イサベル・デ・ポルトゥガル
Isabel de Portugal
スペイン王妃
神聖ローマ皇后
Tizian 057.jpg
出生 1503年10月23日
ポルトガル王国の旗 ポルトガル王国リスボン
死去 1539年5月1日
スペインの旗 スペイン王国トレド
埋葬  
スペインの旗 スペイン王国エル・エスコリアル修道院
配偶者 神聖ローマ皇帝スペインカール5世
子女 フェリペ2世
マリア
フェルナンド
フアナ
フアン
父親 ポルトガルマヌエル1世
母親 マリア・デ・アラゴン・イ・カスティーリャ
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イサベル・デ・ポルトゥガル・イ・アラゴン(Isabel de Portugal y Aragón)またはイサベル・デ・アビス・イ・トラスタマラIsabel de Avis y Trastámara, 1503年10月23日 - 1539年5月1日)は、神聖ローマ皇帝スペインカール5世(カルロス1世)の妃(神聖ローマ皇后、スペイン王妃)。ポルトガルマヌエル1世と2番目の王妃マリアの長女で、ポルトガル語名はイザベルIsabel de Portugal)、ドイツ語名はイザベラ・フォン・ポルトゥガルIsabella von Portugal)。

概要[編集]

母マリアはアラゴンフェルナンド2世カスティーリャ女王イサベル1世の三女であり、マヌエル1世の最初の王妃であるイサベル、およびカスティーリャ女王フアナの妹であった。イサベル(イザベル)の名は祖母イサベル女王と伯母から取られたものである。マヌエル1世の3番目の王妃は、フアナ女王の娘でイサベルの従姉に当たるレオノールであったが、1521年にマヌエル1世と死別した後、フランスフランソワ1世と再婚した。

イサベルとカルロスの結婚は、カスティーリャアラゴンコルテス(議会)によって取り決められた政略結婚であった。1526年に、神聖ローマ皇帝およびスペイン王になっていたカール5世と結婚した。2人はセビリアアルカサルで挙式した[1]。カール5世はイサベルの継母レオノールの弟であり、イサベルとは従兄妹であった。前年の1525年にはイサベルの兄ジョアン3世とカールの妹カタリナが結婚しており、この二重結婚によってハプスブルク家アヴィス家(ポルトガル王家)の結びつきを新たにする意図があった。

政略結婚であったにもかかわらず、2人は仲睦まじかった[2]。新婚旅行の際、周囲に人がいてもカルロスとイサベルは気に留めず会話し、微笑んでいたと言う。

イサベルはカール5世との間に5人の子をもうけた(スペイン名で記す)。

ヨーロッパ中を巡り続けていた夫に代わって、その知性と美貌で知られたイサベルはスペインで摂政を務めた(1529年から1532年、1535年から1539年)[2]

1539年、夫の不在時にイサベルは末子を出産の際、難産で死去した[3]。以後カール5世は再婚せず、死ぬまで黒の喪服ですごした。1556年の退位後、カールはスペインの修道院に隠棲するが、1558年に死去するまで亡き妻を思い続けたといわれる。

脚註[編集]

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  1. ^ 江村、p. 84
  2. ^ a b 江村、p. 85
  3. ^ 江村、p. 180

参考文献[編集]

  • 江村洋 『カール五世 中世ヨーロッパ最後の栄光』 東京書籍、1992年

関連項目[編集]