王位請求者

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王位請求者(おういせいきゅうしゃ)は、王位を請求する者のこと。広義には皇帝位など「王位」以外の君主位を請求する者を含む。この地位にある者は、一般的に王党派によって支持される[1]

英語で「プリテンダー(pretender)」と呼ばれることも多いが、この用語には「(不当な)要求者」という否定的な意味があり、中立的でない。これに相当する語句に、王位僭称者(おういせんしょうしゃ)、王位覬覦者(おういきゆしゃ)[2]などがある。

概要[編集]

スペイン王家の正統として「カルロス5世」を称したモリナ伯ドン・カルロス

王位請求者が現れる理由としては、主として次のようなケースが考えられる。

  • それまでの王統・皇統の断絶に際して、旧王朝と血縁関係や姻戚関係にある者が請求するケース(例:ハプスブルク家の男系が断絶した際に、妻がハプスブルク家出身であることを理由として神聖ローマ帝位やボヘミア王位を要求したカール・アルブレヒト・フォン・バイエルン
  • 簒奪やクーデター・宮廷革命などで廃位された君主本人やその子孫、縁戚関係の者が請求するケース(例:王位を逐われて国外追放となってからもイングランド王を称し続けたジェームズ2世とその子孫)
  • 継承順位を下げられたり、継承権を奪われたりした元相続人が、不当だとして請求を開始するケース(例:スペイン王位継承順位1位だったが、王位継承法の変更により相続人の地位を失った王弟カルロス
  • 継承権を持ちながらも順位が低い者、あるいは継承権を持たない縁戚関係にある者が、何らかの理由で請求を開始するケース
  • 革命や他国の併合などで君主制そのものが廃止された国家もしくは地域において、君主制の復活や独立などとともに自身の君主位を請求するケース

実際に君主制の復活を求める者に限らず、世が世なら君主の座に就くことができたであろう者全てが対象者となる。日本を例にとるならば、現在の沖縄県に当たる琉球王国の王家であった尚氏の当主は、たとえ王位の復活を求めていなかったとしても、その立場上は王位請求者と見なされうる。日本の徳川将軍家ネパールラナ宰相家のような、かつて実質的に君主として扱われていた一族の子孫も、しばしば王位請求者のような存在とみなされる。

現在、王位請求者とされる人物には、一般人として生活している者も多いが、中には君主の地位や君主制の復活を求めて亡命政府や政治団体などを組織して活動している者もいる。また(当人の意思にかかわらず)王位請求者を戴いて自らの理想とする形で君主制を復活させようとする王党派組織も、各国に存在する。(シュヴァルツ=ゲルベ・アリアンツ保守王党派クラブチェコ・コルナチェコ語版など)

現在の王位請求者の一覧[編集]

アジア[編集]

国名 名前 肖像あるいは紋章 説明
アフガニスタン王国 アフマド・シャー・ハーン英語版 Emblem of Afghanistan (1931-1973).svg 最後のアフガニスタン国王ザーヒル・シャーの息子。
イエメン・ムタワッキリテ王国 アギッル・ビンモハメッド・アルバドル英語版 Coat of arms of Yemen (1962).png 最後のイエメン国王ムハンマド・アル=バドルの息子。イエメン王国亡命政府が現存する。
イラク王国の旗 イラク ラアド・イブン・ザイド英語版 Coat of arms of the Kingdom of Iraq.svg 初代国王ファイサル1世の弟ザイド・イブン・フサイン英語版の長男に当たる。息子に国連人権高等弁務官ザイド・フセイン英語版がいる。
イラク王国の旗 イラク シャリーフ・アリー・イブン・アル=フセイン英語版 Sharif Ali Bin Al Hussein.jpg 最後の国王ファイサル2世の従弟に当たる。フセイン政権の崩壊後、王制滅亡以来初めてイラクの地を踏んだが、アメリカを含めどこの国からも充分な支援を得られず、またイラク国内に政治基盤もなくイラク国民からの支持がほとんどないため、イラクを離れ、現在はイギリスで生活している。2005年にイラクで行われた暫定国民議会選挙では、自らが党首を務めるイラク立憲君主党英語版も参加したが、議席は獲得できなかった。
イランの旗 イラン
(パフラヴィー朝イラン)
クロシュ・レザー・パフラヴィー英語版 Reza Pahlavi by Gage Skidmore.jpg 最後の皇帝モハンマド・レザー・パフラヴィーの長男で、元皇太子。イランにおける人権問題等を批判し、イランの世俗化と民主化を主張して政治活動を行っている。
Amir Kabir Flag.svg 崇高なる国ペルシア
(ガージャール朝イラン)
モハンマド・ハサン・ミールザー2世英語版 Imperial Emblem of the Qajar Dynasty (Lion and Sun).svg 第6代君主モハンマド・アリー・シャーの子孫。亡命政府がアメリカ合衆国を拠点に存在する。
Flag of the Ottoman Empire.svg オスマン帝国 デュンダル・アリ・オスマン Osmanli-nisani.svg オスマン家第45代当主。
Flag of Kingdom of Kartli-Kakheti.svg カルトリ・カヘティ王国英語版 ダヴィッド・バグラチオン・ムフラニ David de Bagration.jpg ムフラニ系統バグラティオニ家英語版(第2王統)の当主。過去にジョージア王家は2つに分かれており、ダヴィッドの祖父イラクリ・バグラチオン・ムフラニ英語版は第二次世界大戦後、ソ連に留まったまま冷戦の激化によって行方が分からなくなっていた第1王統が途絶したと判断し、第2王統の自分がジョージア王室の長であることを宣言した。
Flag of Kingdom of Kartli-Kakheti.svg カルトリ・カヘティ王国英語版 ヌグザル・バグラチオン・グルジンスキ英語版 Prince Nugzar of Georgia.jpg ソ連崩壊後に存続していたことが判明したグルジンスキ系統バグラティオニ家英語版(第1王統)の当主。娘のアンナ・バグラチオン・グルジンスキ英語版を第2王統のダヴィッドと結婚させたが、夫妻は2013年に離婚している。
Flag of the Kingdom of Sarawak (1870).svg サラワク王国 ジェイソン・デズモンド・アンソニー・ブルック英語版 Jason D A Brooke.jpg サラワク王家(ブルック王朝)の子孫。第2代国王チャールズ・ブルックの玄孫。
清の旗 金毓嶂中国語版 Seal of Qing dynasty.svg 愛新覚羅溥任愛新覚羅溥儀の弟)の長男。血統的には愛新覚羅氏の嫡流であり当主といえるが、姓は愛新覚羅ではなくである。
Late 19th Century Flag of Sulu.svg スールー王国 w:Muedzul Lail Tan Kiramほか Sulu Sultan Muedzul Lail Tan Kiram.jpg スールー王国の滅亡後、王家の複数の家系がスルタン位を主張しはじめ、現在、スルタン一族の間で継承順位を巡る論争が起きている。2013年、ジャマルル・キラム3世ラハダトゥ対立を起こした。
Flag of Korea (1882–1910).svg 大韓帝国 李源 Yiwon 08JongmyoDaeje.jpg 全州李氏宗家の第30代当主で、正式な皇位請求者である。高宗の曾孫にあたる。2005年、直系の李玖の死後、その養子として李王家の後継者(皇嗣孫)となる。
Flag of Korea (1882–1910).svg 大韓帝国 李海瑗 Imperial Seal of the Korean Empire.svg 李源の叔母で、現当主の座を主張している。高宗の第5皇子である義親王李堈側室の間に次女として生まれた。李玖の死を受けて2006年に皇位継承式を開催し、以後「大韓帝国女皇」を称している。
チベット(ガンデンポタン)の旗 チベット ダライ・ラマ14世 MK37723 Tenzin Gyatso.jpg 宗教的権威者の立場と、政治的権威者の立場とを兼ね備えたチベットの僧侶君主だったが、1959年にインドへ亡命して政治難民となった。
Flag of the Kingdom of Champasak (1713-1947).svg チャンパーサック王国 Keo na Champassak ブン・ウムの長男で、最後のチャンパーサック王ブア・ルパアン・ラーチャナダイの孫。
Flag of Nepal (19th century-1962).svg ネパール王国 ギャネンドラ・ビール・ビクラム・シャハ Gyanendra 01.jpg 2008年に制憲議会によって廃された最後のネパール国王。
Flag of the Alaungpaya Dynasty of Myanmar.svg ビルマ王国 タウ・パヤー英語版 Sons and Daughters of Princess Myat Phaya Galay.jpg 最後の国王ティーボーの孫。
Flag of the Empire of Vietnam (1945).svg ベトナム帝国 バオ・アン中国語版 Second flag of the Nguyen Dynasty.svg 阮朝最後の皇帝であったバオ・ダイ(保大帝)の皇子で、阮氏の現当主。
Flag of Laos (1952-1975).svg ラオス王国 スリウォンサワーン Royal Seal of the Kingdom of Laos.svg 最後のラオス国王サワーンワッタナーの嫡孫で、ラオスの王位継承者。現在はフランスで亡命生活を送る。叔父でもある摂政のスリャウォンサワーン王子と共に、ラオス王室の代表を務める。ラオスにおける立憲君主制を復活させるために、ラオス王国亡命政府英語版と協力しながら政治活動を展開している。
琉球国 尚衞 Mamoru Sho 01.jpg 第二尚氏の第23代当主。最後の琉球国王として知られる尚泰王の玄孫。

インド諸邦[編集]

国名 名前 肖像あるいは紋章 説明
Flag of the Maratha Empire.svg ヴァドーダラー王国 Maharaja Samarjitsinhrao Gaekwad Baroda State CoA.png ヴァドーダラー王家当主。
Kachchhflag.png カッチ王国英語版 w:Pragmulji III Pragmulji III.jpg カッチ王家当主。
Flag of Sikkim (1914-1962).svg シッキム王国 ワンチュク・ナムゲル Seal of Sikkim color.png 最後のシッキム国王パルデン・トンドゥプ・ナムゲルの第2王子。祖国シッキムがインドに併合された後、アメリカ合衆国に亡命政府を構え、第13代シッキム国王を称している。
Jammu-Kashmir-flag-1936-1953.gif ジャンムー・カシュミール藩王国 カラン・シング Dr-Karan-Singh-sept2009.jpg ジャンムー・カシュミール藩王家当主。最後の藩王ハリ・シングの息子。
Flag of Dungarp.svg ドゥーンガルプル王国英語版 Mahipal Singh II, Maharawal of Dungarpur (born 1931) ドゥーンガルプル王家当主。
Flag of Kingdom of Travancore.svg トラヴァンコール王国 ムラム・ティルナル・ラーマ・ヴェルマ英語版 CoA Travancore 1893.png トラヴァンコール王家当主。
Asafia flag of Hyderabad State.png ニザーム王国 ムカラム・ジャー英語版 Prince Mukarram Jah, the last Nizam (5613295569).jpg ニザーム王家当主。王太子アーザム・ジャーの息子。
Flag of Bharatpur1.png バラトプル王国 ヴィシュヴェンドラ・シング英語版 Coat of arms of Bharatpur State.png バラトプル王家当主。
Flag of Mysore.svg マイソール王国 w:Yaduveer Krishnadatta Chamaraja Wadiyar Yaduveer Krishnadatta Chamaraja Wadiyar.JPG マイソール王家当主。
Flag of Jodhpur.svg マールワール王国 ガジ・シング英語版 CoA Jodhpur 1893.png マールワール王家当主。
Alam of the Mughal Empire.svg ムガル帝国 ミールザー・グラーム・モイーヌッディーン・ムハンマド・ジェイブド・ジャー・バハードゥル英語版 Imperial Seal of the Mughal Empire.svg 1931年にインド政府によってムガル朝(ティムール朝)の当主として認められた[要出典]Muhammad Khair ud-din Mirza, Khurshid Jah Bahadurの息子。
Drapeau Udaipur Mewâr.png メーワール王国 マヘンドラ・シング・メーワール英語版 Insignia of Mewar, inside the City Palace, Udaipur.jpg メーワール王家当主。
Rampur flag.svg ラームプル藩王国英語版 Sayyid Muhammad Kazim Ali Khan, Nawab of Rampur Rampur State Coat of Arms.png ラームプル藩王家当主。
Flag of Rajpipla.svg ラジピプラ王国英語版 Raghubirsinhji, Maharaja of Rajpipla Rajpipla CoA.jpg ラジピプラ王家当主。息子は「インドで最も有名なゲイ」とされるマンベンドラ・シン・ゴーヒル

アフリカ[編集]

国名 名前 肖像あるいは紋章 説明
エジプトの旗 エジプト フアード2世 Fuad II of Egypt 1952.jpg ムハンマド・アリー朝の最後のエジプト国王。1歳にも満たないうちに即位し、戴冠しないうちにその翌年のクーデターで王政が廃止されたため、実質的な統治は行わなかった。
Flag of Ethiopia (1897-1936; 1941-1974).svg エチオピア帝国 ゼラ・ヤコブ・アムハ・セラシエ英語版 Imperial coat of arms of Ethiopia (Haile Selassie).svg 最後のエチオピア皇帝であるハイレ・セラシエ1世の孫。エチオピア皇帝を称していたアムハ・セラシエ英語版の息子。1997年の父の死後、エチオピア帝室の家長であると エチオピア帝国亡命政府「エチオピア帝冠評議会英語版」に認識されている。
Flag of Ethiopia (1897-1936; 1941-1974).svg エチオピア帝国 ギルマ・ヨハニス・イヤス英語版 Imperial coat of arms of Ethiopia (Haile Selassie).svg 戴冠式を行わないまま退位させられたイヤス5世の曾孫として、ゼラ・ヤコブと対立する王位請求者となっている。
Zanzibar-dec-1963-jan-1964.svg ザンジバル王国 ジャムシッド・ビン・アブドゥッラー英語版 1964年に発生したザンジバル革命によって廃されたスルターンオマーンブーサイード朝の分家にあたる。
Flag of the Central African Republic.svg 中央アフリカ帝国 ジャン=ベデル・ボカサ2世英語版 Imperial Coat of arms of Central Africa (1976–1979).svg 中央アフリカ皇帝ボカサ1世の息子で、元皇太子。
Flag of Tunis Bey-fr.svg チュニジア王国 Muhammad Al Husain Tunisia Royal Coat of Arms.PNG Muhammad VI al-Habibの孫。
Flag of Burundi (1962-1966).svg ブルンジ王国 ローザ・ポーラ・イリバギザ英語版 Coat of arms of the Kingdom of Burundi.png 最後のブルンジ国王ンタレ5世の妹。
リビア リビア王国 ムハンマド・エル=サヌーシー英語版 Sidi Mohammed El Senussi.jpg サヌーシー朝リビア王イドリース1世の甥の息子。
Flag of Rwanda (1959–1961).svg ルワンダ王国 ユヒ6世 Yuhi VI of Rwanda (2017).jpg 最後のルワンダ国王キゲリ5世の甥。

ヨーロッパ[編集]

国名 名前 肖像あるいは紋章 説明
Royal Standard of Ireland (1542–1801).svg アイルランド王国 フランシス・ボナヴェンチャー・オブ・バヴァリア Franz von bayern.JPG ヴィッテルスバッハ家の家長。ジャコバイトから「フランシス2世(Francis II)」と見なされているが、本人はアイルランド王位を請求していない。
Flag of Albania (1934–1939).svg アルバニア王国 レカ・ゾグ LekaII.JPG アルバニア国王ゾグ1世の孫で、アルバニア王家の家長。王制支持者からは「レカ2世(Leka II)」と呼ばれている。
イングランド王国の旗 イングランド王国 フランシス・ボナヴェンチャー・オブ・バヴァリア Franz von bayern.JPG ヴィッテルスバッハ家の家長。ジャコバイトから「フランシス2世(Francis II)」と見なされているが、本人はイングランド王位を請求していない。
オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国 カール・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン Blue-Shield Vienna 3406.JPG 最後のオーストリア皇帝カール1世の孫で、ハプスブルク=ロートリンゲン家の家長。
ギリシャの旗 ギリシャ王国 コンスタンティノス2世 King Constantine.jpg 最後のギリシャ国王。1974年の国民投票で廃位された。
Flag of the Kingdom of Croatia.svg クロアチア=スラヴォニア王国ドイツ語版 カルロ・ハプスブルシコ=ロレンスキ Blue-Shield Vienna 3406.JPG 最後の国王カルロ4世の孫で、ハプスブルク=ロートリンゲン家の家長。
Flag of Independent State of Croatia.svg クロアチア独立国 アメデーオ・ディ・サヴォイア=アオスタ Amedeo di Savoia-Aosta.jpg クロアチア国王トミスラヴ2世の息子。「ズヴォニミル2世(Zvonimir II)」を名乗っている。
スコットランド王国の旗 スコットランド王国 フランシス・ボナヴェンチャー・オブ・バヴァリア Franz von bayern.JPG ヴィッテルスバッハ家の家長。ジャコバイトから「フランシス2世(Francis II)」と見なされているが、本人はスコットランド王位を請求していない。
スペインの旗 スペイン王国 カルロス・ハビエル・デ・ボルボン=パルマ Carlos de Bourbon de Parme (2017).jpg ブルボン=パルマ家の家長で、スペインのカルリスタ王位請求者として「カルロス・ハビエル1世(Carlos Javier I)」と呼ばれる[3][4]
スペインの旗 スペイン王国 ドミニコ・デ・アウストリア=トスカーナ英語版 アブスブルゴ=トスカーナ家の一族。カルロクタビスタ英語版派のカルリスタ王位請求者だが、有力な支持者はいない。ルーマニアのブラン城の所有者。
Flag of Serbia (1835-82).png セルビア王国 アレクサンダル2世カラジョルジェヴィチ HRH Crown Prince Alexander II with Legion of Honour.jpg ユーゴスラビア王国最後の国王であるペータル2世の息子で、元王太子。「セルビア王太子アレクサンダル2世」を称する。
Bandera Navarra.svg ナバラ王国 ペドロ・デ・ボルボン=ドス・シシリアス英語版 Great Royal Coat of Arms of the Two Sicilies.svg スペインの王族で、カラブリア系のブルボン=シチリア家の家長。両シチリア王国の王位請求者でもある。カラブリア公およびカゼルタ伯を名乗る。公称「ペドロ2世」。祖母のアリシア・デ・ボルボン=パルマが伝統的な親族間の男系優先の長子相続に基づくナバラ王位の請求者であることが、カラブリア系ブルボン=シチリア家の公式ホームページ[5]において言及されていた。
Bandera Navarra.svg ナバラ王国 ルイス・アルフォンソ・デ・ボルボン Louis XX.jpg ブラン・デスパーニュ英語版と呼ばれる現在のフランスおよびナバラ王位請求者。ルイ13世以降のナバラ王位のフランス王位への統合にともなう、サリカ法による相続に基づく。公称「ルイス9世」。
ハンガリー王国の旗 ハンガリー王国 ハプスブルグ=ロタリンギアイ・カーロイ Blue-Shield Vienna 3406.JPG 最後のハンガリー国王カーロイ4世の孫で、ハプスブルグ=ロタリンギア家の家長。
フィンランド王国の旗 フィンランド王国 フィリップ・フォン・ヘッセンスウェーデン語版 Coat of Arms of Kingdom of Finland (1918-1919).svg ヘッセン家の当主ハインリヒ・ドナトゥス・フォン・ヘッセンの弟。フィンランド国王カールレ1世の子孫で、叔父ハインリヒ英語版からフィンランド王国の王位請求権を相続した。
ブルガリアの旗 ブルガリア王国 シメオン2世 Simeon II of Bulgaria.jpg ブルガリア最後の国王。第二次世界大戦中の1943年、6歳で即位したが、終戦後の1946年、国民投票により王政は廃止され、母后とともに亡命した。のちに「シメオン・サクスコブルクゴツキ」としてブルガリアの首相に就任した。
Flag of Bohemia.svg ボヘミア王国 カレル・ハプスブルスコ=ロートリンスキー Blue-Shield Vienna 3406.JPG 最後のボヘミア王カレル3世の孫。ハプスブルスコ=ロートリンスカ家の家長。
ポルトガル王国の旗 ポルトガル王国 ドゥアルテ・ピオ・デ・ブラガンサ Jantar dos Conjurados.2008 029 (crop).jpg ブラガンサ家の家長。ポルトガル内戦で廃されたミゲル1世の曾孫で、最後の国王マヌエル2世から後継指名されたドゥアルテ・ヌノの長男。「ブラガンサ公」を名乗る。大部分の王党派は彼を正当な王位請求者として認めている。
ポルトガル王国の旗 ポルトガル王国 D. Pedro Folque de Mendoça Rolim de Moura Barreto, 6º duque de Loulé Armas duques loulé.png ポルトガルの貴族ローレ公爵家ポルトガル語版の当主。 ミゲル1世の妹アナ・デ・ジェズス・マリア・デ・ブラガンサの子孫。この系統の支持者は、ミゲル1世はポルトガル王位に関する全ての権利を放棄したため、その子孫であるドゥアルテ・ヌノの系統には王位請求者たる資格がないとみなす。最後の国王マヌエル2世がドゥアルテ・ヌノを後継に定めているため、この主張はあまり支持を得られておらず、また公爵本人は王位を請求していない。
Flag of Montenegro (1905–1918).svg モンテネグロ王国 ニコラ・ペトロヴィチ=ニェゴシュ Le prince Nicolas Petrovitch-Njegosh de Monténégro, vers 1990.jpg モンテネグロ王ニコラ1世の嫡曾孫で、モンテネグロ王家の家長。「モンテネグロ王太子」を称しており、王党派からは「ニコラ2世(Никола II)」と呼ばれている。王家礼遇法により、大統領と同額の手当が支給されている。
リトアニアの旗 リトアニア王国 Inigo von Urach 1918年にリトアニア王国の王に選出されたミンダウガス2世の孫。リトアニア語を話せることなどの条件から、兄のウラッハ公ヴィルヘルム・アルベルト・フォン・ヴュルテンベルクに優先して王党派組織「リトアニア王室協会」に選ばれ、受諾しリトアニア王位請求者となった[6]
ルーマニア王国の旗 ルーマニア王国 マルガレータ・ア・ロムニエイ Princess Margarita of Romania.JPG 最後のルーマニア国王ミハイ1世の長女。ルーマニア王室ルーマニア語版の家長として「ルーマニア王冠の守護者」の称号と「陛下」の敬称を用いる。
ルーマニア王国の旗 ルーマニア王国 パウル・ランブリノルーマニア語版 Printul Paul al Romaniei.jpg ルーマニア国王カロル2世の庶流の孫。叔父ミハイ1世の系統をルーマニア王家の正統として認めず、自身がルーマニア王室の家長であると主張する。
ルーマニア王国の旗 ルーマニア王国 カール・フリードリヒ・フォン・ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン英語版 Graf von dem Bergh, Fürst Karl Friedrich von Hohenzollern, Chef Hohenzollern-Sigmaringen.jpg ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯爵家の当主。ルーマニア王家の本家筋にあたり、女子であるマルガレータ・ア・ロムニエイによる継承を認めない一部王党派から支持される。ただし本人はルーマニア王位には興味がないと答えている。
ロシア帝国の旗 ロシア帝国 マリヤ・ウラジーミロヴナ・ロマノヴァ MariaVlad.png ロマノフ家ホルシュタイン=ゴットルプ=ロマノフ家)の家長を称する。ロシア帝室家憲の男系男子継承の原則ならびに貴賤結婚の解釈の違いから、一族の中にはマリヤが当主を務めることに対する異論もあり、ロマノフ家の分家に属するニコライ・ロマノヴィチ・ロマノフ英語版と競合状態にある。
ロシア帝国の旗 ロシア帝国 アンドレイ・ロマノフ英語版 Andrey Romanov, Arkady Volozh (cropped).jpg アンドレイ・アレクサンドロヴィチの息子。ニコライ・ロマノヴィチ・ロマノフ英語版の死後、その弟ドミトリー・ロマノヴィチ・ロマノフロシア語版が家督を継いだが、ドミトリーが没するとロマノフ家協会英語版によって当主とされた。
ロシア帝国の旗 ロシア帝国 ニコライ・キリロヴィッチ・ライニンゲン=ロマノフ Karl Emich of Leiningen photo3.jpg ライニンゲン公子カール・エミッヒ。第7代ライニンゲン公エミッヒ・カイル英語版 の長男。祖母が皇女マリヤ・キリロヴナで、マリヤ大公女の従甥にあたる。2014年4月よりロシア連邦君主制主義者党英語版 が「ロシア皇帝ニコライ3世」と公称して推戴している。ロマノフ男系ではないものの、マリヤ大公女及びニコライ・ロマノヴィッチ大公は共に貴賤結婚の子孫のため皇位継承権を有していないというのが理由である。父の死後、第8代ライニンゲン公位は弟のアンドレアス英語版 が継いでいる。

イタリア諸邦[編集]

国名 名前 肖像あるいは紋章 説明
イタリア王国の旗 イタリア王国
Flag of Kingdom of Sardinia (1848).svg サルデーニャ王国
ヴィットーリオ・エマヌエーレ・ディ・サヴォイア Vittorio Emanuele di Savoia (2009).jpg 最後のイタリア国王ウンベルト2世の長男で、元王太子。サヴォイア家の家長として、王党派からは「ナポリ公」あるいは「イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ4世」と呼ばれているとされる。
イタリア王国の旗 イタリア王国
Flag of Kingdom of Sardinia (1848).svg サルデーニャ王国
アメデーオ・ディ・サヴォイア=アオスタ Amedeo di Savoia-Aosta.jpg サヴォイア家の分枝であるサヴォイア=アオスタ家の当主。貴賤結婚を強行した本家当主のヴィットーリオ・エマヌエーレの継承が先代当主ウンベルト2世の同意を得ていないとして、自ら正統の王位請求者として行動している。
Flag of the Grand Duchy of Tuscany (1840).svg トスカーナ大公国 シギスモンド・ダスブルゴ=ロレーナ・ディ・トスカーナ Great coat of arms of the Grand Duchy of Tuscany.svg アスブルゴ=ロレーナ・ディ・トスカーナ家の家長。
Bandiera del granducato di Toscana (1562-1737 ).png トスカーナ大公国 ジュリアーノ・デ・メディチ・ディ・オッタイアーノ英語版 Great coat of arms of the Medici di Ottajano.svg メディチ家の分家であるメディチ・ディ・オッタイアーノ家イタリア語版(オッタイアーノ公爵家)の家長。
Flag of the Duchy of Parma.svg パルマ公国 カルロ・サヴェリオ・ディ・ボルボーネ=パルマ Carlos de Bourbon de Parme (2017).jpg ボルボーネ=パルマ家の家長で、名目上のパルマおよびピアチェンツァ公カルロ5世(Carlo V)」[7][8]
Flag of the Duchy of Modena.svg モデナ=レッジョ公国 ローレンツォ・ダスブルゴ=エステ Prince Lorenz of Belgium, Archduke of Austria-Este.jpg アスブルゴ=エステ家の家長。
Flag of the Kingdom of the Two Sicilies (1816).svg 両シチリア王国 カルロ・ディ・ボルボーネ=ドゥエ・シチリエ Carlo di Borbone (old photo).jpg カストロ系のボルボーネ・デッレ=ドゥエ・シチリエ家の家長。「カストロ公」を名乗る。カラブリア系と長年争っていたが、2014年に和解文書の署名がなされた。
Flag of the Kingdom of the Two Sicilies (1816).svg 両シチリア王国 ピエトロ・ディ・ボルボーネ=ドゥエ・シチリエ英語版 Great Royal Coat of Arms of the Two Sicilies.svg カラブリア系のボルボーネ・デッレ=ドゥエ・シチリエ家の家長。「カラブリア公」および「カゼルタ伯」を名乗る。カストロ系と長年争っていたが、2014年に和解文書の署名がなされた。
Flag of the Kingdom of Naples (1811).svg 両シチリア王国 ジョアッキーノ・ムラト英語版 Joachim 8th Prince Murat.png ムラト家イタリア語版の当主。フランス皇帝ナポレオン1世の妹婿で、両シチリア王「ジョアッキーノ1世」として即位したジョアシャン・ミュラの子孫。

ドイツ諸邦[編集]

国名 名前 肖像あるいは紋章 説明
Flagge Herzogtum Anhalt.svg アンハルト公国 エドゥアルト・フォン・アンハルトドイツ語版 Eduard Anhalt.jpg 最後のアンハルト公ヨアヒム・エルンストの息子。
Flag of Germany (3-2 aspect ratio).svg ヴァルデック=ピルモント侯国 ヴィッテキント・ツー・ヴァルデック=ピルモント Wappen Deutsches Reich - Fürstentum Waldeck und Pyrmont.png ヴァルデック=ピルモント侯爵家の家長。
Flagge Königreich Württemberg.svg ヴュルテンベルク王国 カール・フォン・ヴュルテンベルク Coat of Arms of the Kingdom of Württemberg, 1817.svg ヴュルテンベルク家の家長。
Flag of Oldenburg (Scandinavian Cross).svg オルデンブルク大公国 クリスティアン・フォン・オルデンブルク英語版 Coats of arms Grand Duché d Oldenbourg.svg オルデンブルク大公家の家長。
ザクセン王国の旗 ザクセン王国 アレクサンダー・フォン・ザクセン=ゲッサフェ英語版 Alexander Prinz von Sachsen-Gessaphe.jpg ザクセン=ゲッサフェ家英語版の家長。1997年、ザクセン王家の男系が断絶しそうなことを危惧した当時の当主マリア・エマヌエル・フォン・ザクセン(アレクサンダーにとっては母の兄にあたる)によって未来の相続人に指名される。
ザクセン王国の旗 ザクセン王国 リューディガー・フォン・ザクセン英語版 Coat of Arms of the Kingdom of Saxony 1806-1918.svg ティーモ・フォン・ザクセンフランス語版が平民との貴賤結婚で儲けた男子。マリア・エマヌエルの弟で最後の男系家長となったアルベルト英語版は、女系の甥アレクサンダーの継承に反対し、貴賤結婚で生まれた子ながらも王家の男系男子であるリューディガーを支持した。
Flagge Großherzogtum Sachsen-Weimar-Eisenach (1897-1920).svg ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公国 ミヒャエル・ベネディクト・フォン・ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ Coat of Arms of the Grand Duchy of Saxe-Weimar-Eisenach.svg ザクセン大公家の家長。最後のザクセン大公ヴィルヘルム・エルンストの孫にあたる。ヴェッティン家の長嫡系子孫としてヴェッティン伯ドイツ語: Graf von Wettin)を名乗ることがある。
Flagge Herzogtum Sachsen-Coburg-Gotha (1911-1920).svg ザクセン=コーブルクおよびゴータ公国 アンドレアス・フォン・ザクセン=コーブルク・ウント・ゴータ Prince Andreas.jpg ザクセン=コーブルク=ゴータ公爵家(ザクセン=コーブルク=ゴータ家のうち公爵位に最後についた系統)の家長。
Saxe- Meiningen.png ザクセン=マイニンゲン公国 コンラート・フォン・ザクセン=マイニンゲン英語版 Coat of Arms of the Duchy of Saxe-Meiningen-Hildburghausen.svg ザクセン=マイニンゲン公爵家の家長。
Flag of Schleswig.svg シュレースヴィヒ公国
Merchant Ensign of Holstein-Gottorp (Lions sinister).svg ホルシュタイン公国
クリストフ・ツー・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン Christoph of Schleswig-Holstein 2010 crop.jpg デンマークとノルウェーの王家であるグリュックスブルク家本家の当主にあたり、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公爵家の当主でもある。
ドイツの旗 ドイツ帝国
 プロイセン王国
ゲオルク・フリードリヒ・フォン・プロイセン Georg Friedrich Prinz von Preußen1, Pour le Merite 2014.JPG 最後のドイツ皇帝・プロイセン国王ヴィルヘルム2世の玄孫で、ホーエンツォレルン家の家長。ドイツ帝位・プロイセン王位の請求者であり、プロイセン側のオラニエ侯位継承者でもある。
Flagge Herzogtum Nassau (1806-1866).svg ナッサウ公国 アンリ・ド・リュクサンブール Henri of Luxembourg (2009).jpg ルクセンブルク大公
Baden 1862.png バーデン大公国 マクシミリアン・アンドレアス・フォン・バーデン Maximilian Andreas Markgraf von Baden (2017).jpg バーデン大公家の家長。
バイエルン王国の旗 バイエルン王国 フランツ・フォン・バイエルン Franz von bayern.JPG 最後のバイエルン国王ルートヴィヒ3世の嫡系の曾孫で、ヴィッテルスバッハ家の家長。「バイエルン公」を称する。
ハノーファー州ハノーファー王国 エルンスト・アウグスト・フォン・ハノーファー Royal Arms of the Kingdom of Hanover.svg ハノーファー家の家長「エルンスト・アウグスト5世(Ernst August V)」。
Flagge Großherzogtum Hessen ohne Wappen.svg ヘッセン大公国 ハインリヒ・ドナトゥス・フォン・ヘッセン Coat of Arms of the Grand Duchy of Hesse 1806-1918.svg ヘッセン家の家長。
Flag of Hohenzollern-Hechingen and Sigmaringen.png ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯国ドイツ語版 カール・フリードリヒ・フォン・ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン英語版 Graf von dem Bergh, Fürst Karl Friedrich von Hohenzollern, Chef Hohenzollern-Sigmaringen.jpg ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯爵家の当主。
Flagge Großherzogtümer Mecklenburg.svg メクレンブルク=シュヴェリーン大公国
Flagge Großherzogtümer Mecklenburg.svg メクレンブルク=シュトレーリッツ大公国
ゲオルク・ボルヴィン・ツー・メクレンブルク Borwin of Mecklenburg 2010 crop.jpg メクレンブルク家の当主。1996年にメクレンブルク=シュトレーリッツ大公家の家督を引き継ぎ、次いで2001年に断絶したメクレンブルク=シュヴェリーン大公家の家督も引き継いだ。
Flagge Fürstentum Lippe.svg リッペ侯国 シュテファン・ツア・リッペ英語版 Wappen Deutsches Reich - Fürstentum Lippe.png リッペ侯爵家の当主。
Flagge Fürstentum Reuß ältere Linie.svg ロイス=グライツ侯国
Flagge Fürstentum Reuß jüngere Linie.svg ロイス=ゲーラ侯国
ハインリヒ14世 CoA Reuss Family.svg ロイス家の当主。

フランス[編集]

国名 名前 肖像あるいは紋章 説明
Flag of the Kingdom of France (1814-1830).svg フランス王国 ルイ・アルフォンス・ド・ブルボン Louis XX.jpg レジティミストの支持する国王として「ルイ20世」と呼ばれている。スペイン・ブルボン家のスペイン国王アルフォンソ13世の曾孫の一人。スペイン・ブルボン家はフランス・ブルボン家から分枝しており、アンリ・ダルトワ死後のフランス王位継承権はスペイン・ブルボン家に継承されたとレジティミストが主張している。
Flag of the Kingdom of France (1814-1830).svg フランス王国 バルタザール4世・ド・ブルボン英語版 Prince Adrian, Princess Elisha, Prince Balthazar IV and Princess Michelle.JPG 「ブルボン=ボーパール家」を称する、インドの旧貴族。先祖はインドに土着化したブルボン家の王族だとする。スペイン・ブルボン家はスペイン王位を継承するにあたってフランス王位継承権を放棄したと解釈し、かつオルレアン家に反発する一部レジティミストから支持されるが、ブルボン家の子孫であると科学的に証明されているわけではない。(インドのブルボン家英語版参照)
Flag of the Kingdom of France (1814-1830).svg フランス王国 シャルル・ルイ・ド・ブルボンフランス語版 Blason Famille Naundorff-de Bourbon sacre-coeur.svg 偽ルイ17世ことカール・ヴィルヘルム・ナウンドルフ英語版の子孫(ナウンドルフ家フランス語版参照)で、「シャルル13世」を称する。ナウンドルフはミトコンドリアDNA調査でルイ17世とは別人であるとの結果が出ているが、一方でナウンドルフの男系玄孫であるユーグ・ド・ブルボンフランス語版とブルボン家一族の男性3名のY遺伝子が酷似しているという調査結果も出ている[9]。ただし多くの科学者は信頼性に疑問を呈している。
Royal Standard of the King of France.svg フランス王国 フランソワ・ド・バヴィエール Franz von bayern.JPG ヴィッテルスバッハ家の家長。ジャコバイトのフランス王「フランソワ2世(François II)[10]」と見なされているが、本人はフランス王位を請求していない。
Royal Standard of the King of France.svg フランス王国 ピエール・ド・ブルボン=シシリー英語版 別系統のジャコバイト王位請求者。カラブリア系ブルボン=シチリア家の家長で、両シチリア王国とナバラ王国の王位請求者でもある。
フランスの旗 フランス王国 アンリ・ドルレアン Henri d'Orléans (1933-).jpg オルレアニストの支持するオルレアン家の家長。名目上のフランス王として「アンリ7世」を称している。
フランスの旗 フランス帝国 シャルル・ナポレオン Coat of Arms Second French Empire (1852–1870)-2.svg ナポレオン1世の弟ジェローム・ボナパルトの玄孫。対等結婚によって息子を儲けて離婚した後、平民と再婚(貴賤結婚)し、「ナポレオン6世」こと父ルイ・ナポレオンから継承権を剥奪されたが、貴賤結婚によって生まれる子孫はともかく自身の継承権はあるとして、正当なボナパルト家当主であることを主張する。「ナポレオン7世
フランスの旗 フランス帝国 ジャン・クリストフ・ナポレオン Prince Napoléon.JPG シャルル・ナポレオンの息子。「ナポレオン6世」として知られた祖父ルイ・ナポレオンの遺言により、母との離婚後に貴賤結婚に走った父を飛ばしてボナパルト家の当主「ナポレオン7世」となった。父シャルルの継承を正当とする立場からは、次期家長として「ナポレオン8世」の予定者とみられている。

北アメリカ[編集]

国名 名前 肖像あるいは紋章 説明
Bandera del Segundo Imperio Mexicano (1864-1867).svg メキシコ帝国 マクシミリアン・フォン・ゲッツェン=イトゥルビデフランス語版 Escudo de Armas de la Casa Götzen-Iturbide.svg 第一帝政期の帝室イトゥルビデ家英語版の家長。「マクシミリアーノ2世(Maximiliano II)」を称する。

南アメリカ[編集]

国名 名前 肖像あるいは紋章 説明
Flag of the Kingdom of Araucanía and Patagonia.svg アラウカニア・パタゴニア王国 フレデリック・リュズフランス語版 アントワーヌ4世」公ことジャン=ミシェル・パラシリティ・ディ・パラ英語版が2017年に没した後、後継者に選出された。「フレデリック1世(Frédéric I)
Flag of the Kingdom of Araucanía and Patagonia.svg アラウカニア・パタゴニア王国 スタニスラス・パルビュレスコ(Stanislas Parvulesco) Royaume d'Araucanie et de Patagonie.png フレデリック1世」と対立する王位請求者として、「スタニスラス1世(Stanislas I)」を称する。
Flag of Brazil (1870–1889).svg ブラジル帝国 ペドロ・カルルシュ・デ・オルレアンス・イ・ブラガンサ DOM PEDRO CARLOS DE ORLEANS E BRAGANÇA CHEFE DA CASA IMPERIAL DO BRASIL.jpg ペトロポリス系ブラジル帝位請求者。祖父のペドロ・デ・アルカンタラ貴賤結婚をしたことによる継承権放棄を無効と考える君主制支持者の一部から、正統なブラジル帝位継承者と見なされ、「ペドロ5世(Pedro V)」とされている。
Flag of Brazil (1870–1889).svg ブラジル帝国 ルイス・ガスタン・デ・オルレアンス・イ・ブラガンサ COA Dinasty Orleães-Bragança.svg ヴァソウラス系ブラジル帝位請求者。1981年に父の後を継いで名目上のブラジル帝位を継承し、「ルイス1世(Luís I)」となった。

オセアニア[編集]

国名 名前 肖像あるいは紋章 説明
Flag of Hawaii (1816).svg ハワイ王国 クエンティン・クヒオ・カワナナコア英語版 Quentin Kawananakoa, 2013 King Kamehemeha Parade, crop.jpg カラカウア朝英語版断絶により王位継承権を承継したカワナナコア家英語版の嫡流。

脚注[編集]

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  1. ^ 王党派がみな王位請求者を支持するわけではない。共和国における王位請求者の支持者は文句なしに王党派であるが、君主国における王位請求者の支持者は、王党派である一方で正当とされる君主に対する反逆者の一面も持つ。
  2. ^ 覬覦は「(分不相応なことを)うかがい狙う」の意。
  3. ^ AL PUEBLO CARLISTA DE S.M.C. DON CARLOS JAVIER I DE BORBÓN, REY DE LAS ESPAÑASblogspot El Carlismo contra Globalizatión (Spanish)
  4. ^ El primogénito de Carlos Hugo de Borbón – Nuevo pretendiente carlista a la corona de España – website news agency Europa Press (Spanish)
  5. ^ http://www.borbone-due-sicilie.org/english/genealogy.html
  6. ^ Mindaugo II anūkas: jei lietuviai panorės atgaivinti monarchiją, esu pasirengęs priimti šią garbę
  7. ^ Mensaje al Pueblo Carlista de S.M.C. Don Carlos Javier II de Borbón, Rey de Las Españasblogspot El Carlismo contra Globalizatión (Spanish)
  8. ^ El primogénito de Carlos Hugo de Borbón – Nuevo pretendiente carlista a la corona de España – website news agency Europa Press (Spanish)
  9. ^ http://www.ijsciences.com/pub/pdf/V320140219.pdf.
  10. ^ 百年戦争以来の伝統として、ジャコバイトはヴァロワ=アングレーム家フランソワ1世フランソワ2世をフランス王として認めておらず、したがってフランソワという名のフランス王は「フランソワ1世」ことモデナ公フランチェスコ5世に続いて彼が2人目ということになる。

関連項目[編集]