王位請求者

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英国の正統な王としてジャコバイトに支持された「老僭王」ことジェームズ・フランシス・エドワード・ステュアート

王位請求者(おういせいきゅうしゃ、: pretender, : prétendant au trône, : Thronprätendent)は、王位を請求する者のこと。広義には帝位・皇位を請求する者を含める。王位僭称者(おういせんしょうしゃ)、王位覬覦者(おういきゆしゃ)[1]と呼ぶこともあるが、一般的にこれらの語句は、ジョシュア・ノートンに代表されるような、王家とは何の関わりもない人物が君主位を僭称している場合に使われることが多い。君主制王朝)や王位請求者を支持する人々を、王党派という。

概要[編集]

スペイン王家の正統として「カルロス5世」を称したモリナ伯ドン・カルロス

それまでの王統・皇統の断絶に際して旧王朝と血縁関係や姻戚関係にある者が君主位を請求するケース、簒奪やクーデター・宮廷革命などで廃位された君主の子孫や縁戚関係の者が君主位を請求するケース、君主位の継承権を持ちながらも順位が低い、あるいは順位を下げられたり継承権を奪われた者が君主位を請求するケース、また革命や他国の併合などで君主制そのものが廃止された国家もしくは地域において、君主制の復活や独立などとともに自身の君主位を請求するケースなどがある。

実際に君主制の復活を求める者に限らず、世が世なら君主の座に就くことができたであろう者について(本人が君主位を望んでいるかは別として)こう呼び、王位請求者に含める。日本を例にとるならば、現在の沖縄県に当たる琉球王国の王家であった尚氏の当主は、たとえ王位の復活を求めていなかったとしても、その立場上は王位請求者と見なされうる、といった具合である。日本徳川将軍家ネパールラナ宰相家のような、かつて実質的に君主として扱われていた一族の子孫も、しばしば王位請求者のような存在とみなされる。

現在、王位請求者とされる人物には、一般人として生活している者も多いが、中には君主制の復活を求めて亡命政府や政治団体を作って活動している者や、あるいは共和国の枠内で政治家として活動している者もいる。また、王位請求者当人の意思にかかわらず、君主制の復活を主張する君主主義政党も各国に存在する。

王位請求者(旧王室)への待遇は国によって異なるが、基本的に一般人として扱う国(オーストリアイタリアなど)もあれば、特別の地位を公的に保証する国(ルーマニアモンテネグロなど)もある。ルーマニアやジョージアセルビアなど、君主制回帰論が一定の勢威を保っている国もある。アラブの春によってカダフィ政権が倒された後のリビアでは、国旗が王国時代のものに戻され、さらに政府要人たちは旧王家であるサヌーシー家のもとでの立憲君主制の復活も検討している。

現在の王位請求者の一覧[編集]

アジア[編集]

国名 名前 肖像 説明
アフガニスタン王国 アフマド・シャー・ハーン英語版 最後のアフガニスタン国王ザーヒル・シャーの息子。
イエメン・ムタワッキリテ王国 アギッル・ビンモハメッド・アルバドル英語版 最後のイエメン国王ムハンマド・アル=バドルの息子。イエメン王国亡命政府が現存する。
イラク王国の旗 イラク ラアド・イブン・ザイド英語版 初代国王ファイサル1世の弟ザイド・イブン・フサイン英語版の長男に当たる。息子に国連人権高等弁務官ザイド・フセイン英語版がいる。
イラク王国の旗 イラク シャリーフ・アリー・イブン・アル=フセイン英語版 Sharif Ali Bin Al Hussein.jpg 最後の国王ファイサル2世の従弟に当たる。フセイン政権の崩壊後、王制滅亡以来初めてイラクの地を踏んだが、アメリカを含めどこの国からも充分な支援を得られず、またイラク国内に政治基盤もなくイラク国民からの支持がほとんどないため、イラクを離れ、現在はイギリスで生活している。2005年にイラクで行われた暫定国民議会選挙では、自らが党首を務めるイラク立憲君主党英語版も参加したが、議席は獲得できなかった。
イランの旗 イラン
(パフラヴィー朝イラン)
クロシュ・レザー・パフラヴィー英語版 Reza Pahlavi by Gage Skidmore.jpg 最後の皇帝モハンマド・レザー・パフラヴィーの長男で、元皇太子。イランにおける人権問題等を批判し、イランの世俗化と民主化を主張して政治活動を行っている。
Amir Kabir Flag.svg 崇高なる国ペルシア
(ガージャール朝イラン)
モハンマド・ハサン・ミールザー2世英語版 第6代君主モハンマド・アリー・シャーの子孫。亡命政府がアメリカ合衆国を拠点に存在する。
Flag of the Ottoman Empire.svg オスマン帝国 デュンダル・アリ・オスマン オスマン家第45代当主。
Flag of Kingdom of Kartli-Kakheti.svg カルトリ・カヘティ王国英語版 ダヴィッド・バグラチオン・ムフラニ David de Bagration.jpg ムフラニ系統バグラティオニ家英語版(第2王統)の当主。過去にジョージア王家は2つに分かれており、ダヴィッドの祖父イラクリ・バグラチオン・ムフラニ英語版は第二次世界大戦後、ソ連に留まったまま冷戦の激化によって行方が分からなくなっていた第1王統が途絶したと判断し、第2王統の自分がジョージア王室の長であることを宣言した。
Flag of Kingdom of Kartli-Kakheti.svg カルトリ・カヘティ王国英語版 ヌグザル・バグラチオン・グルジンスキ英語版 Prince Nugzar of Georgia.jpg ソ連崩壊後に存続していたことが判明したグルジンスキ系統バグラティオニ家英語版(第1王統)の当主。娘のアンナ・バグラチオン・グルジンスキ英語版を第2王統のダヴィッドと結婚させた。第1・第2王統は統合の途上にある。
Flag of Sikkim (1914-1962).svg シッキム王国 ワンチュク・ナムゲル 最後のシッキム国王パルデン・トンドゥプ・ナムゲルの第2王子。アメリカ合衆国に亡命政府を構え、第13代シッキム国王を称している。
清の旗 金毓嶂中国語版 愛新覚羅溥任愛新覚羅溥儀の弟)の長男。血統的には愛新覚羅氏の嫡流であり当主といえるが、姓は愛新覚羅ではなくである。
Flag of Korea (1882-1910).svg 大韓帝国 李源 Yiwon 08JongmyoDaeje.jpg 全州李氏宗家の第30代当主で、正式な皇位請求者である。高宗の曾孫にあたる。2005年、直系の李玖の死後、その養子として李王家の後継者(皇嗣孫)となる。
Flag of Korea (1882-1910).svg 大韓帝国 李海瑗 李源の叔母で、現当主の座を主張している。高宗の第5皇子である義親王李堈側室の間に次女として生まれた。李玖の死を受けて2006年に皇位継承式を開催し、以後「大韓帝国女皇」を称している。
チベット(ガンデンポタン)の旗 チベット ダライ・ラマ14世 MK37723 Tenzin Gyatso.jpg 宗教的権威者の立場と、政治的権威者の立場とを兼ね備えたチベットの僧侶君主だったが、1959年にインドへ亡命して政治難民となった。
Flag of Nepal (19th century-1962).svg ネパール王国 ギャネンドラ・ビール・ビクラム・シャハ Gyanendra 01.jpg 2008年に制憲議会によって廃された最後のネパール国王。
Flag of the Alaungpaya Dynasty of Myanmar.svg ビルマ王国 タウ・パヤー英語版 最後の国王ティーボーの孫。
Flag of the Empire of Vietnam (1945).svg ベトナム帝国 バオ・アン中国語版 阮朝最後の皇帝であったバオ・ダイ(保大帝)の皇子で、阮氏の現当主。
Flag of Laos (1952-1975).svg ラオス王国 スリウォンサワーン 最後のラオス国王サワーンワッタナーの嫡孫で、ラオスの王位継承者。現在はフランスで亡命生活を送る。叔父でもある摂政のスリャウォンサワーン王子と共に、ラオス王室の代表を務める。ラオスにおける立憲君主制を復活させるために、ラオス王国亡命政府英語版と協力しながら政治活動を展開している。
琉球王国 尚衞 第二尚氏の第23代当主。最後の琉球国王として知られる尚泰王の玄孫。

アフリカ[編集]

国名 名前 肖像 説明
エジプトの旗 エジプト フアード2世 Fuad II of Egypt 1952.jpg ムハンマド・アリー朝の最後のエジプト国王。1歳にも満たないうちに即位し、戴冠しないうちにその翌年のクーデターで王政が廃止されたため、実質的な統治は行わなかった。
Flag of Ethiopia (1897-1936; 1941-1974).svg エチオピア帝国 ゼラ・ヤコブ・アムハ・セラシエ英語版 最後のエチオピア皇帝であるハイレ・セラシエの孫。エチオピア皇帝を称していたアムハ・セラシエ英語版の息子。1997年の父の死後、エチオピア帝室の家長であると エチオピア帝国亡命政府「エチオピア帝冠評議会英語版」に認識されている。
Flag of Ethiopia (1897-1936; 1941-1974).svg エチオピア帝国 ギルマ・ヨハニス・イヤス英語版 戴冠式を行わないまま退位させられたイヤス5世の曾孫として、ゼラ・ヤコブと対立する王位請求者となっている。
Zanzibar-dec-1963-jan-1964.svg ザンジバル王国 ジャムシッド・ビン・アブドゥッラー英語版 1964年に発生したザンジバル革命によって廃されたスルターンオマーンブーサイード朝の分家にあたる。
Flag of the Central African Republic.svg 中央アフリカ帝国 ジャン=ベデル・ボカサ2世英語版 中央アフリカ皇帝ボカサ1世の息子で、元皇太子。
Flag of Tunis Bey-fr.svg チュニジア王国 Muhammad Al Husain Muhammad VI al-Habibの孫。
Flag of Burundi (1962-1966).svg ブルンジ王国 ローザ・ポーラ・イリバギザ英語版 最後のブルンジ国王ンタレ5世の妹。
リビア リビア王国 ムハンマド・エル=サヌーシー英語版 Sidi Mohammed El Senussi.jpg サヌーシー朝リビア王イドリース1世の甥の息子。
Flag of Rwanda (1959-1961).svg ルワンダ王国 ユヒ6世 最後のルワンダ国王キゲリ5世の甥。

ヨーロッパ[編集]

国名 名前 肖像 説明
アイルランドの旗 アイルランド フランシス・ボナヴェンチャー・オブ・バヴァリア Franz von bayern.JPG ヴィッテルスバッハ家の家長。ジャコバイトから「フランシス2世(Francis II)」と見なされているが、本人はアイルランド王位を請求していない。
Flag of Albania (1934-1939).svg アルバニア王国 レカ・ゾグ LekaII.JPG アルバニア国王ゾグ1世の孫で、アルバニア王家の家長。王制支持者からは「レカ2世(Leka II)」と呼ばれている。
Flagge Herzogtum Anhalt.svg アンハルト公国 エドゥアルト・フォン・アンハルトドイツ語版 Eduard Prinz von Anhalt (2016).jpg 最後のアンハルト公ヨアヒム・エルンストの息子。
イタリア王国の旗 イタリア王国 ヴィットーリオ・エマヌエーレ・ディ・サヴォイア Vittorio Emanuele di Savoia (2009).jpg 最後のイタリア国王ウンベルト2世の長男で、元王太子。サヴォイア家の家長として、王党派からは「ナポリ公」あるいは「イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ4世」と呼ばれているとされる。
イタリア王国の旗 イタリア王国 アメデーオ・ディ・サヴォイア=アオスタ Amedeo di Savoia-Aosta.jpg サヴォイア家の分枝であるサヴォイア=アオスタ家の当主。貴賤結婚を強行した本家当主のヴィットーリオ・エマヌエーレの継承が先代当主ウンベルト2世の同意を得ていないとして、自ら正統の王位請求者として行動している。
イングランドの旗 イングランド フランシス・ボナヴェンチャー・オブ・バヴァリア Franz von bayern.JPG ヴィッテルスバッハ家の家長。ジャコバイトから「フランシス2世(Francis II)」と見なされているが、本人はイングランド王位を請求していない。
Flagge Königreich Württemberg.svg ヴュルテンベルク王国 カール・フォン・ヴュルテンベルク ヴュルテンベルク家の家長。
オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国 カール・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン Blue-Shield Vienna 3406.JPG 最後のオーストリア皇帝カール1世の孫で、ハプスブルク=ロートリンゲン家の家長。
Flag of Oldenburg (Scandinavian Cross).svg オルデンブルク大公国 クリスティアン・フォン・オルデンブルク英語版 オルデンブルク大公家の家長。
ギリシャの旗 ギリシャ王国 コンスタンティノス2世 King Constantine.jpg 最後のギリシャ国王。1974年の国民投票で廃位された。
Flag of the Kingdom of Croatia.svg クロアチア=スラヴォニア王国ドイツ語版 カルロ・ハプスブルスコ=ロートリンスキー Blue-Shield Vienna 3406.JPG 最後の国王カルロ4世の孫で、ハプスブルク=ロートリンゲン家の家長。
Flag of Independent State of Croatia.svg クロアチア独立国 アメデーオ・ディ・サヴォイア=アオスタ Amedeo di Savoia-Aosta.jpg クロアチア国王トミスラヴ2世の息子。「ズヴォニミル2世(Zvonimir II)」を名乗っている。
Flagge Großherzogtum Sachsen-Weimar-Eisenach (1897-1920).svg ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公国 ミヒャエル・ベネディクト・フォン・ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ ザクセン大公家の家長。最後のザクセン大公ヴィルヘルム・エルンストの孫にあたる。ヴェッティン家の長嫡系子孫としてヴェッティン伯ドイツ語: Graf von Wettin)を名乗ることがある。
Flagge Herzogtum Sachsen-Coburg-Gotha (1911-1920).svgザクセン=コーブルクおよびゴータ公国 アンドレアス・フォン・ザクセン=コーブルク・ウント・ゴータ Prince Andreas.jpg ザクセン=コーブルク=ゴータ公爵家の家長。
Saxe- Meiningen.png ザクセン=マイニンゲン公国 コンラート・フォン・ザクセン=マイニンゲン英語版 ザクセン=マイニンゲン公爵家の家長。
スコットランドの旗 スコットランド フランシス・ボナヴェンチャー・オブ・バヴァリア Franz von bayern.JPG ヴィッテルスバッハ家の家長。ジャコバイトから「フランシス2世(Francis II)」と見なされているが、本人はスコットランド王位を請求していない。
スペインの旗 スペイン王国 カルロス・ハビエル・デ・ボルボン=パルマ Carlos de Bourbon de Parme (2017).jpg ブルボン=パルマ家の家長で、スペインのカルリスタ王位請求者として「カルロス・ハビエル2世(Carlos Javier II)」と呼ばれる[2][3]
スペインの旗 スペイン王国 ドミニク・フォン・ハプスブルク英語版 ハプスブルク=トスカーナ家の一族。カルロクタビスタ英語版派のカルリスタ王位請求者だが、有力な支持者はいない。ルーマニアのブラン城の所有者。
Flag of Serbia (1835-82).png セルビア王国 アレクサンダル2世カラジョルジェヴィチ HRH Crown Prince Alexander II with Legion of Honour.jpg ユーゴスラビア王国最後の国王であるペータル2世の息子で、元王太子。「セルビア王太子アレクサンダル2世」を称する。
ドイツの旗 ドイツ帝国  プロイセン王国 ゲオルク・フリードリヒ・フォン・プロイセン Georg Friedrich Prinz von Preußen1, Pour le Merite 2014.JPG 最後のドイツ皇帝・プロイセン国王ヴィルヘルム2世の玄孫で、ホーエンツォレルン家の家長。ドイツ帝位・プロイセン王位の請求者であり、プロイセン側のオラニエ侯位継承者でもある。
Flag of the Grand Duchy of Tuscany (1840).svg トスカーナ大公国 ジギスムント・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン ハプスブルク=トスカーナ家の家長。
Flag of the Grand Duchy of Tuscany (1840).svg トスカーナ大公国 ジュリアーノ・デ・メディチ・ディ・オッタイアーノ英語版 メディチ・ディ・オッタイアーノ家イタリア語版の家長。
Flagge Herzogtum Nassau (1806-1866).svg ナッサウ公国 アンリ・ド・リュクサンブール Henri of Luxembourg (2009).jpg ルクセンブルク大公
Bandera Navarra.svg ナバラ王国 ペドロ・デ・ボルボン=ドス・シシリアス英語版 スペインの王族で、カラブリア系のブルボン=シチリア家の家長。両シチリア王国の王位請求者でもある。カラブリア公およびカゼルタ伯を名乗る。公称「ペドロ2世」。祖母のアリシア・デ・ボルボン=パルマが伝統的な親族間の男系優先の長子相続に基づくナバラ王位の請求者であることが、カラブリア系ブルボン=シチリア家の公式ホームページ[4]において言及されていた。
Bandera Navarra.svg ナバラ王国 ルイス・アルフォンソ・デ・ボルボン Louis XX.jpg ブラン・デスパーニュ英語版と呼ばれる現在のフランスおよびナバラ王位請求者。ルイ13世以降のナバラ王位のフランス王位への統合にともなう、サリカ法による相続に基づく。公称「ルイス9世」。
Baden 1862.png バーデン大公国 マクシミリアン・アンドレアス・フォン・バーデン Maximilian Andreas Markgraf von Baden (2017).jpg バーデン大公家の家長。
バイエルン王国の旗 バイエルン王国 フランツ・フォン・バイエルン Franz von bayern.JPG 最後のバイエルン国王ルートヴィヒ3世の嫡系の曾孫で、ヴィッテルスバッハ家の家長。「バイエルン公」を称する。
ハノーファー州ハノーファー王国 エルンスト・アウグスト・フォン・ハノーファー ハノーファー家の家長「エルンスト・アウグスト5世(Ernst August V)」。
Flag of the Duchy of Parma.svg パルマ公国 カルロス・ハビエル・デ・ボルボン=パルマ Carlos de Bourbon de Parme (2017).jpg ブルボン=パルマ家の家長で、名目上のパルマおよびピアチェンツァ公カルロ5世(Carlo V)」[5][6]
ハンガリー王国の旗 ハンガリー王国 ハプスブルグ=ロタリンギアイ・カーロイ Blue-Shield Vienna 3406.JPG 最後のハンガリー国王カーロイ4世の孫で、ハプスブルグ=ロタリンギア家の家長。
フィンランド王国の旗 フィンランド王国 フィリップ・フォン・ヘッセンスウェーデン語版 ヘッセン家の当主ハインリヒ・ドナトゥス・フォン・ヘッセンの弟。叔父ハインリヒ英語版からフィンランド王国の王位請求権を相続した。
Flag of the Kingdom of France (1814-1830).svg フランス王国 ルイ・アルフォンス・ド・ブルボン Louis XX.jpg レジティミストの支持する国王として「ルイ20世」と呼ばれている。スペイン・ブルボン家のスペイン国王アルフォンソ13世の曾孫の一人。スペイン・ブルボン家はフランス・ブルボン家から分枝しており、アンリ・ダルトワ死後のフランス王位継承権はスペイン・ブルボン家に継承されたとレジティミストが主張している。
フランスの旗 フランス王国 アンリ・ドルレアン Henri d'Orléans (1933-).jpg オルレアニストの支持するオルレアン家の家長。名目上のフランス王として「アンリ7世」を称している。
フランスの旗 フランス帝国 シャルル・ナポレオン ナポレオン1世の弟ジェローム・ボナパルトの玄孫。平民との再婚(貴賤結婚)によって、「ナポレオン6世」こと父ルイ・ナポレオンから継承権を剥奪されたが、正当なボナパルト家当主であることを主張する。「ナポレオン7世
フランスの旗 フランス帝国 ジャン・クリストフ・ナポレオン Prince Napoléon.JPG シャルル・ナポレオンの息子。「ナポレオン6世」として知られた祖父ルイ・ナポレオンの遺言により、貴賤結婚に走った父を飛ばしてボナパルト家の当主「ナポレオン7世」となった。父シャルルの継承を正当とする立場からは、次期家長として「ナポレオン8世」の予定者とみられている。
ブルガリアの旗 ブルガリア王国 シメオン2世 Simeon II of Bulgaria.jpg ブルガリア最後の国王。第二次世界大戦中の1943年、6歳で即位したが、終戦後の1946年、国民投票により王政は廃止され、母后とともに亡命した。のちに「シメオン・サクスコブルクゴツキ」としてブルガリアの首相に就任した。
Flagge Großherzogtum Hessen ohne Wappen.svg ヘッセン大公国 ハインリヒ・ドナトゥス・フォン・ヘッセン ヘッセン家の家長。
Flag of Hohenzollern-Hechingen and Sigmaringen.png ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯国ドイツ語版 カール・フリードリヒ・フォン・ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン英語版 Graf von dem Bergh, Fürst Karl Friedrich von Hohenzollern, Chef Hohenzollern-Sigmaringen.jpg ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯爵家の当主。
Flag of Bohemia.svg ボヘミア王国 カレル・ハプスブルスコ=ロートリンスキー Blue-Shield Vienna 3406.JPG 最後のボヘミア王カレル3世の孫。ハプスブルスコ=ロートリンスカ家の家長。
ポルトガル王国の旗 ポルトガル王国 ドゥアルテ・ピオ・デ・ブラガンサ Jantar dos Conjurados.2008 029 (crop).jpg ブラガンサ家の家長。ポルトガル内戦で廃されたミゲル1世の曾孫で、最後の国王マヌエル2世から後継指名されたドゥアルテ・ヌノの長男。「ブラガンサ公」を名乗る。
Flag of the Duchy of Modena.svg モデナ=レッジョ公国 ローレンツ・フォン・エスターライヒ=エステ Prince Lorenz of Belgium, Archduke of Austria-Este.jpg オーストリア=エステ家の家長。
Flag of the Kingdom of Montenegro.svg モンテネグロ ニコラ・ペトロヴィチ=ニェゴシュ Le prince Nicolas Petrovitch-Njegosh de Monténégro, vers 1990.jpg モンテネグロ王ニコラ1世の嫡曾孫で、モンテネグロ王家の家長。「モンテネグロ王太子」を称しており、王党派からは「ニコラ2世(Никола II)」と呼ばれている。2011年にモンテネグロ政府の招聘により憲法上の首都ツェティニェに移住、王太子宮殿(青宮殿)を公邸とし、同国政府の儀礼上の公式代表を公務としている。
リトアニアの旗 リトアニア王国 ヴィルヘルム・アルベルト・フォン・ヴュルテンベルク ヴュルテンベルク家の分家であるウラッハ家の家長。1918年にリトアニア王国の王に選出されたミンダウガス2世の孫。
Flag of the Kingdom of the Two Sicilies (1816).svg 両シチリア王国 カルロ・ディ・ボルボーネ=ドゥエ・シチリエ Carlo di Borbone (old photo).jpg カストロ系のブルボン=シチリア家の家長。「カストロ公」を名乗る。カラブリア系と長年争っていたが、2014年に和解文書の署名がなされた。
Flag of the Kingdom of the Two Sicilies (1816).svg 両シチリア王国 ペドロ・デ・ボルボン=ドス・シシリアス英語版 カラブリア系のブルボン=シチリア家の家長。「カラブリア公」および「カゼルタ伯」を名乗る。
Flag of the Kingdom of the Two Sicilies (1816).svg 両シチリア王国 ジョアシャン・ミュラ英語版 Joachim 8th Prince Murat.png ムラト家イタリア語版の当主。フランス皇帝ナポレオン1世の妹婿で、両シチリア王「ジョアッキーノ1世」として即位したジョアシャン・ミュラの子孫。
ルーマニア王国の旗 ルーマニア王国 マルガレータ・ドゥダ Princess Margarita of Romania.JPG 最後のルーマニア国王ミハイ1世の長女。ルーマニア王室ルーマニア語版の家長として「ルーマニア王冠の守護者」の称号と「陛下」の敬称を用いる。
ルーマニア王国の旗 ルーマニア王国 パウル・ランブリノルーマニア語版 Printul Paul al Romaniei.jpg ルーマニア国王カロル2世の庶流の孫。叔父ミハイ1世の系統をルーマニア王家の正統として認めず、自身がルーマニア王室の家長であると主張する。
ルーマニア王国の旗 ルーマニア王国 カール・フリードリヒ・フォン・ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン英語版 Graf von dem Bergh, Fürst Karl Friedrich von Hohenzollern, Chef Hohenzollern-Sigmaringen.jpg ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯爵家の当主。ルーマニア王家の本家筋にあたり、女子であるマルガレータ・ドゥダの継承を認めない一部王党派から支持される。ただし本人はルーマニア王位には興味がないと答えている。
ロシア帝国の旗 ロシア帝国 マリヤ・ウラジーミロヴナ・ロマノヴァ MariaVlad.png ロマノフ家ホルシュタイン=ゴットルプ=ロマノフ家)の家長を称する。ロシア帝室家憲の男系男子継承の原則ならびに貴賤結婚をめぐって、一族の中にはマリヤが当主を務めることに対する異論もあり、ロマノフ家の分家に属するニコライ・ロマノヴィチ・ロマノフ英語版と競合状態にある。
ロシア帝国の旗 ロシア帝国 アンドレイ・ロマノフ英語版 アンドレイ・アレクサンドロヴィチの息子。ニコライ・ロマノヴィチ・ロマノフ英語版の死後、その弟ドミトリー・ロマノヴィチ・ロマノフロシア語版が家督を継いだが、ドミトリーが没するとロマノフ家協会英語版によって当主とされた。
ロシア帝国の旗 ロシア帝国 ニコライ・キリロヴィッチ・ライニンゲン=ロマノフ Karl Emich of Leiningen photo3.jpg ライニンゲン公子カール・エミッヒ。第7代ライニンゲン公エミッヒ・カイル英語版 の長男。祖母が皇女マリヤ・キリロヴナで、マリヤ大公女の従甥にあたる。2014年4月よりロシア連邦君主制主義者党英語版 が「ロシア皇帝ニコライ3世」と公称して推戴している。ロマノフ男系ではないものの、マリヤ大公女及びニコライ・ロマノヴィッチ大公は共に貴賤結婚の子孫のため皇位継承権を有していないというのが理由である。父の死後、第8代ライニンゲン公位は弟のアンドレアス英語版 が継いでいる。

北アメリカ[編集]

国名 名前 肖像 説明
Bandera del Segundo Imperio Mexicano (1864-1867).svg メキシコ帝国 マクシミリアン・フォン・ゲッツェン=イトゥルビデフランス語版 第一帝政期の帝室イトゥルビデ家英語版の家長。「マクシミリアーノ2世(Maximiliano II)」を称する。

南アメリカ[編集]

国名 名前 肖像 説明
Flag of the Kingdom of Araucanía and Patagonia.svg アラウカニア・パタゴニア王国 未定 アントワーヌ4世」公ことジャン=ミシェル・パラシリティ・ディ・パラ英語版が2017年に没した後、まだ後継者は決定していない。
Flag of the Kingdom of Araucanía and Patagonia.svg アラウカニア・パタゴニア王国 スタニスラス・パルビュレスコ(Stanislas Parvulesco) アントワーヌ4世」公ことジャン=ミシェル・パラシリティ・ディ・パラ英語版と対立する王位請求者として、「スタニスラス1世(Stanislas I)」を称する。
Flag of Empire of Brazil (1870-1889).svg ブラジル帝国 ペドロ・カルルシュ・デ・オルレアンス・イ・ブラガンサ DOM PEDRO CARLOS DE ORLEANS E BRAGANÇA CHEFE DA CASA IMPERIAL DO BRASIL.jpg ペトロポリス系ブラジル帝位請求者。祖父のペドロ・デ・アルカンタラ貴賤結婚をしたことによる継承権放棄を無効と考える君主制支持者の一部から、正統なブラジル帝位継承者と見なされ、「ペドロ5世(Pedro V)」とされている。
Flag of Empire of Brazil (1870-1889).svg ブラジル帝国 ルイス・ガスタン・デ・オルレアンス・イ・ブラガンサ ヴァソウラス系ブラジル帝位請求者。1981年に父の後を継いで名目上のブラジル帝位を継承し、「ルイス1世(Luís I)」となった。

オセアニア[編集]

国名 名前 肖像 説明
Flag of Hawaii (1816).svg ハワイ王国 クエンティン・クヒオ・カワナナコア英語版 Quentin Kawananakoa, 2013 King Kamehemeha Parade, crop.jpg カラカウア朝英語版断絶により王位継承権を承継したカワナナコア家英語版の嫡流。

脚注[編集]

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関連項目[編集]