マスード・バルザニ

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マスード・バルザニ
مسعوود بارزانی
Masoud Barzani February 2015.jpg
イラク領クルディスタン自治政府議長英語版
任期
2005年6月14日 – 2017年11月1日[1]
首相 ネチルバン・バルザニ英語版
バルハム・サリフ英語版
副大統領 コスラト・ラスル・アリ英語版
前任者 初代
後任者 不明
イラク統治評議会
任期
2004年4月1日 – 2004年4月30日
指導者 ポール・ブレマー
前任者 ムハンマド・バフル・アル・ウロウム英語版
後任者 イッズッディーン・サリーム
個人情報
生誕 (1946-08-16) 1946年8月16日(72歳)
マハーバード共和国マハーバード英語版
政党 クルディスタン民主党

マスード・バルザニ (クルド語: مەسعوود بارزانی又はMesûd Barzanî)は、2005年2017年にかけてイラク領クルディスタン自治政府の議長を務めた。 1979年からクルディスタン民主党(KDP)の党首を務めている。 1946年8月16日に、マハーバード共和国の首都、マハーバード英語版で誕生した。 クルド民族主義を率いたムスタファ・バルザニ英語版を父に持つ。 兄のイドリス・バルザニ英語版とは、1987年に彼が亡くなるまで共に働いた。 1980年1988年イラン・イラク戦争では、イラク政府に敵対した。

イラク領クルディスタンの首長[編集]

若きバルザニと、イラクのアブドルカリーム・カーシム大統領
アメリカ合衆国ジョージ・W・ブッシュ大統領が、報道陣にバルザニへの歓迎を表明している。(2005年10月25日火曜日、ホワイトハウス楕円事務室英語版にて)

1991年湾岸戦争サダム・フセインが敗北した事で、クルド人はイラク領クルディスタン(南クルディスタン)に自治権を確立した。

1992年、イラク初の自由選挙が南クルディスタンで行われた。 バルザニ率いるクルディスタン民主党(KDP)と、ジャラル・タラバニ率いるクルディスタン愛国同盟(PUK)がクルド人の2大政党で、票を分け合った。

1994年5月、民主党と愛国同盟の軍が衝突した。

1996年8月31日、バルザニは愛国同盟に対抗する為に中央政府のサダム・フセインに援助を求めた。 同様に愛国同盟はイランの援助を受けていた。 中央政府の援助によって民主党は愛国同盟を主要都市から追放したが、スレイマニヤ等は未だに愛好同盟が支配していた。

1998年、ワシントン平和条約によって内戦は終結し、イラク領クルディスタンは北西を民主党が、南東を愛国同盟が支配する事になった[2]

2003年イラク侵攻英語版の後に、民主党と愛国同盟は統一地方政府を樹立した。 バルザニはイラク統治評議会に加入し、翌年4月には議長になった。

2005年6月、バルザニはイラク領クルディスタン議会英語版の議長に就任した[3][4][5] 10月25日にはクルディスタンの長としてアメリカのブッシュ大統領を、10月31日にはイギリストニー・ブレア首相を、11月13日にはイタリアシルヴィオ・ベルルスコーニ首相を、11月14日にはバチカンベネディクト16世を公式訪問した。 12月、クルド人法学者でオーストリアの市民権を持つカマル・カディル英語版が、バルザニの政府と一族を批判する一連の記事を出したとして逮捕された。 彼は名誉棄損とされ、懲役30年を言い渡された[6]

2006年国際人権救援機構国境なき記者団、オーストリア政府らの国際的圧力によって、カマルは解放された[7]

2007年1月、バルザニはクルディスタン議長委員会英語版を設置した。 3月13日にはサウジアラビアアブドゥッラー・ビン・アブドゥルアズィーズ国王を、3月19日にはヨルダンアブドゥッラー2世を公式訪問した[8]

2009年7月、69.6%の得票率で議長に再任された。

2010年5月、バルザニ一族を批判した報道員のサルダシュト・オスマン英語版が殺害された[9]。 7月、野党機関紙のロジュナマ英語版は、バルザニ率いる民主党が石油の密輸で不当な利益を得ていると非難した[10]

2011年2月、バルザニは平和や安定、地域の宗教的寛容性を推進したとして、イタリア大西洋委員会とNATO議会イタリア派遣団から大西洋賞を受賞した。 また、バチカンベネディクト16世は、キリスト教徒の難民に避難所と援助を提供した事に感謝を述べた。

2013年8月、クルディスタン議会はバルザニの任期を2年延長し、彼はそれ以上に長く務めた[11][12]

2014年タイム誌の今年の人の8人の候補に選ばれた。 ISISとの戦闘の中でクルディスタン独立に向かっている事が評価された[13]

2016年7月、バルザニは次の選挙には出馬しないと発表した[14]

2017年、失業率が20%を越え、クルディスタン地域住民の30%が貧困状態に喘いでいた。 反対に、100万$以上の資産を持つ8839人のビジネスマンが存在した[15]。 民主党は私立病院から一切の規制を廃し、健康分野を民間に任せようとした。 1月、バルザニは「イラク憲法では医療サービスは自然権に由来し無料だが、地域政府はそれを民営化する」と明言した[16]6月7日、バルザニは9月25日に独立を問う国民投票を行うと発表した[17]8月20日、バルザニは彼もその親戚も含め、11月の選挙に出馬しないと確認した[18]9月26日(投票翌日)、バルザニは「投票の結果独立に向けて動き出した。近隣諸国に将来の対話の扉を開けるよう求める。」と発表した[19]10月29日、国民投票によるイラク政府との紛争を受けて、バルザニは11月1日に辞任すると発表した[20]。 バルザニの支持者の一部が暴徒化し、辞任を認めた議会に殺到した。 野党の愛国同盟の事務所が複数の都市で襲撃され、ドホークザーホーでは強奪・放火された。 ルドー・メディア・ネットワーク英語版は、イランが支援するイラクの民兵組織がクルド人報道員のArkan Sharifをキルクークで殺害したと非難した[21][22]。 クルド議会を生放送していいたNRTニュース英語版クルド・ニュース・ネットワーク英語版の報道員が襲われた[23][24][25]

批判[編集]

バルザニの一族はクルディスタンで複数の企業を所有しており、何十億$もの資産を持っていた。

脚注[編集]

  1. ^ “The path to resignation of Masoud Barzani”. TRT World. https://www.trtworld.com/middle-east/the-path-to-resignation-of-masoud-barzani-11847 
  2. ^ Iraqi Kurdistan: Political Development and Emergent Democracy, Routledge/Curzon, 2003
  3. ^ “Middle East | Iraqi Kurdistan leader sworn in”. BBC News. (2005年6月14日). http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/middle_east/4092926.stm 2012年2月22日閲覧。 
  4. ^   (2005年6月12日). “Kurds in Northern Iraq Elect Regional President”. Voanews.com. 2012年2月22日閲覧。
  5. ^ President Bush Meets with President Barzani of Kurdistan Regional Government of Iraq”. Georgewbush-whitehouse.archives.gov (2005年10月25日). 2012年2月22日閲覧。
  6. ^ Richard A. Oppel, Jr. (2006年1月26日). “Defamer or dissident? Kurd tests the new Iraq”. The New York Times. オリジナル2012年12月3日時点によるアーカイブ。. https://www.webcitation.org/6CdTcJEHJ?url=http://www.nytimes.com/2006/01/26/world/africa/26iht-kurd.html?_r=0 2012年12月3日閲覧。 
  7. ^ Cyber-dissident Kamal Sayid Qadir released”. Reporters Without Borders via IFEX (2006年4月4日). 2012年12月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年12月3日閲覧。
  8. ^ Archived copy”. 2008年8月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年9月13日閲覧。
  9. ^ Second journalist killed in Iraqi Kurdistan - Reporters Without Borders”. En.rsf.org. 2012年2月22日閲覧。
  10. ^ Rudaw in English The Happening: Latest News and Multimedia about Kurdistan, Iraq and the World - KDP To Sue Change Movement‘s Paper”. Rudaw.net (2011年7月20日). 2012年2月22日閲覧。
  11. ^ Chomani, Kamal. “Iraqi Kurdistan Elections Could Be Turning Point”. Ekurd. ekurd.net. 2013年10月11日閲覧。
  12. ^ “Kurdistan: Fin de renaissance: Once booming, the statelet is now in crisis”. The Economist. https://www.economist.com/news/middle-east-and-africa/21693615-once-booming-statelet-now-crisis-fin-de-renaissance 2016年3月19日閲覧。 
  13. ^ Time, Time magazine (2014年12月8日). “TIME Unveils Finalists for 2014 Person of the Year”. Time magazine. http://time.com/3623703/time-person-of-the-year-2014-shortlist/ 2014年12月10日閲覧。 
  14. ^ Barzani: I will not stand in next presidential elections” (2016年7月14日). 2016年7月25日閲覧。
  15. ^ https://kurdishpolicy.org/2017/04/18/kurdistan-regions-uncertain-future-leaping-toward-authoritarianism/
  16. ^ https://kurdishpolicy.org/2017/04/18/kurdistan-regions-uncertain-future-leaping-toward-authoritarianism/
  17. ^ “Iraqi Kurds set date for independence referendum”. Muslim Global. http://www.muslimglobal.com/2017/06/iraqi-kurds-set-date-for-independence.html 2017年6月8日閲覧。 
  18. ^ Barzani: I will not stand in next presidential elections” (2017年8月20日). 2017年11月1日閲覧。
  19. ^ http://www.rudaw.net/english/kurdistan/260920179”. www.rudaw.net. 2017年9月26日閲覧。
  20. ^ “Iraqi Kurdish leader Massoud Barzani to step down”. BBC. (2017年10月29日). http://www.bbc.com/news/world-middle-east-41794083 
  21. ^ “Kurdish parties opposed to Barzani report attacks on offices overnight”. Reuters. (2017年). http://www.reuters.com/article/us-mideast-crisis-iraq-kurds-attacks/kurdish-parties-opposed-to-barzani-report-attacks-on-offices-overnight-idUSKBN1CZ0E6 
  22. ^ “GRAPHIC PHOTOS: Kurdish TV accuses Shia militia of killing its cameraman in Kirkuk” (英語). Kurdistan 24. http://www.kurdistan24.net/en/news/f27f295d-486d-4170-b531-a7681225d843 
  23. ^ “NRT ERBIL ATTACKER PHOTOGRAPHED WITH SENIOR KDP OFFICIAL (PHOTOS)”. www.nrttv.com. http://www.nrttv.com/EN/Details.aspx?Jimare=17302 
  24. ^ “NRT REPORTER, CAMERAMAN ATTACKED AT KURDISTAN PARLIAMENT (VIDEO)”. www.nrttv.com. http://www.nrttv.com/EN/Details.aspx?Jimare=17264 
  25. ^ “Kurdish journalist killed, others attacked amid post referendum tensions” (英語). cpj.org. https://cpj.org/2017/10/kurdish-journalist-killed-others-attacked-amid-pos.php 

外部リンク[編集]