バヌアレブ島

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バヌアレブ島(Vanua Levu)は、フィジーの島。面積人口ともにビティレブ島に次ぐフィジー第2の島である。面積5,587.1 km²、人口13万人。

地理[編集]

バヌアレブ島の位置
バヌアレブ島

島は東西180km、南北50kmで東西に細長く伸びている。島の最高峰は1111m。東西に脊梁山脈が伸びており、南東からのモンスーンがぶつかって降雨をもたらすため、サブサブ等南部は湿潤であり、一方ランバサなど北部はやや乾燥しており、これが島の主要産物であるサトウキビの生育に向いている。

島の中心都市は北部海岸中央部のランバサであり、ついで南部中央部のサブサブが次ぐ。ランバサは人口27000人で、島の政治経済の中心であるとともにラウトカと並ぶフィジーの砂糖産業の中心地であり、インド人が多く住む[1]。サブサブは人口5000人で、島の観光の中心であり、ヨットダイビングを楽しむ観光客でにぎわう。島の中心産業は砂糖産業であり、島内のサトウキビ畑からランバサで精糖され、輸出されていく。近年ではサブサブ中心の観光業も伸びてきている。

バヌアレブ島は西のブア、北東のMacuata、南東のCakaudroveの3地区に分かれ、すべてがランバサを州都とする北部地区に属している。

島南西端のナンボウワル港のバスとフェリー

歴史[編集]

ヨーロッパ人ではじめてバヌアレブ島を発見したのはオランダアベル・タスマンで、1643年のことだった。ついで1789年バウンティ号の反乱によって追放されティモール島へと向かう途中のウィリアム・ブライ艦長がこの島近辺を通過し、1797年にはジェームズ・ウィルソン艦長もこの島を発見した。1805年には島西端のブア湾からビャクダンの輸出が開始されたが、1815年には枯渇し、以後は捕鯨船やナマコ商人が時折訪れるだけとなった。1860年にはオーストラリアニュージーランドからの入植者がサブサブ近辺でココナッツ農園を開き、やがて地元のフィジー人たちもコプラ製造に乗り出して、大恐慌でコプラ価格が暴落する1930年代まで栽培は続いた。一方、北のランバサ近辺にはインド人が入植し、サトウキビ農園を開いてランバサの町を建設し、砂糖業を栄えさせた。


脚注[編集]

  1. ^ [1]