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タニンダーリ地方域

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
တနင်္သာရီတိုင်းဒေသကြီး
タニンダーリ地方域
(MLCTS: ta.nangsari tuing: desa. kri:)
州都 ダウェイ
地域 南部
面積 43,328 km²
人口 1,446,654人
民族 ビルマ族ラカイン族モン族シャン族、Burmese-Thai、カレン族モーケン族マレー人
宗教 仏教イスラーム

タニンダーリ地方域(タニンダーリちほういき、ビルマ語: တနင်္သာရီတိုင်းဒေသကြီး英語: Tanintharyi Region)、旧名テナセリムは、ミャンマーの行政区画である。ミャンマー国土の最南部、北緯15度以南、クラ地峡以北の細長い地域を占める。西はアンダマン海、東と南はタイのマレー半島部、北はモン州に接する。区都はダウェイ(旧称: タヴォイ)。他の主要都市はミェイク(旧称「メルギー」、: Mergui - メルグイとも)及びタイとの国境の町コータウン英語版(「ビクトリア・ポイント」としても知られる)である。

4万3328キロメートルの領域をもち、地方域の ISO 3166-2 コードは、MM-05である。

名前の由来

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タニンダーリ(テナセリム)地域は、歴史的に東南アジア海域世界の一部であり、マレー語では「Tanah Sari(または Tanah Seri)」、タイ語では「Tanao Si」と呼ばれてきた 。この「Tanah Sari」は、マレー語で「土地」や「中心・本質・輝き」を意味する語に由来し、「豊かな土地」や「中心的な土地」といった意味を持つと解釈される。そのため、現在でもマレーシアケダ州タイサトゥーン県と文化的な繋がりが深く、16世紀後半には既に現在のボピィン英語版周辺にマレー系住民(パシュ)の漁村が存在していた記録が残されている[1]

歴史

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古代・中世とマレー世界

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歴史的にはケダ・スルタン国英語版(1136年 - )の一部であったという説がある。1068年には、チョーラ朝のヴィーララージェーンドラ・チョーラ英語版1068年のカダーラム侵攻英語版により海上から侵攻した[1]

近世:シャムとビルマの相克

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アユタヤ王朝(1351年 - 1767年)時代、この地域はビルマ軍がタイへ侵攻する際の主要な拠点となった。アユタヤ末期の1751年にはダウェイが港湾都市として建設されたが、その後はシャム(タイ)とビルマが交互に支配し続ける不安定な状況が続いた[要出典]

イギリス植民地時代

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1931年の英領ビルマ州の行政地図

1826年、第一次英緬戦争後のヤンダボ条約英語版によりイギリスの植民地となった。ラカイン州と並んで、もっとも早くイギリスの植民地となった地域である。同年、イギリスとシャムの間でバーニー条約英語版が締結され、ケダを含むマレー諸国に対するシャムの宗主権が承認された。これにより、ケダ王国以来のマレー諸島との歴史的な文化的繋がりは弱まった[2]。当初、英領ビルマの首都はモーラミャインに置かれた[3]

1852年の第二次英緬戦争の結果、イギリスが下ビルマ全域を制圧し、英領ビルマの首府がラングーン(ヤンゴン)へ移転した。これに伴い行政再編が行われ、南東部のテナセリウム管区(Tenasserim Division)は、現在のモン州カレン州、およびバゴー地方域タウングー郡区を含む広大な領域を管轄することとなった。この再編されたタニンダーリ地方の区都(中心地)には、引き続きモーラミャインが定められた[4]

イギリスは植民地運営のためにカレン族を重用し、タニンダーリのカレン族を下ビルマの管理業務に当たらせた。この「支配層側のカレン族」と「被支配層側のビルマ族」という構図が、後の民族間対立の遠因となった[要出典]

現代:行政区画の変遷

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1948年のビルマ独立後、行政区画の再編が進み、東部にはカレン州が設置され、1974年には北部がモン州として分離された。モーラミャインはモン州の州都となり、これに伴いタニンダーリ地方域の行政中心はダウェイへと移行した[4]

地理

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テナセリム山脈

タニンダーリ地方域は、ミャンマーの最南端に位置する細長い回廊状の行政区画である。総面積は43,344.9 km²に及び、北はモン州、西はアンダマン海、東はタイとの国境を画定するテナセリム山脈英語版(テナセリム丘陵)に挟まれている[5]

地形の大部分は峻険な山岳地帯によって占められている。東側に南北に走るテナセリム山脈が天然の障壁となってタイとの国境を形成しており、内陸部は広大な原生林を含む深い熱帯雨林に覆われている[5]

平地は主に河口付近や沿岸部に限定されており、主要な河川であるタニンダーリ川英語版が山間を縫うように流れ、アンダマン海へと注いでいる。この限られた平地に主要な居住区や耕作地が形成されているのが特徴である[5]

また、複雑に入り組んだ海岸線と、沿岸に点在する無数の島々もこの地域の地理的な特徴で、800以上の島々からなるメルギー諸島(ミェイク諸島)とダウェイ沖合のモスコ諸島英語版を擁する[5][6]

行政区画

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タニンダーリ地方域の地図

ダウェイラウンロンタイェッチャウン英語版イェービュー英語版

ミェイッチュンス英語版タニンダーリ英語版プロー英語版

ボウッピン英語版

コータウン英語版

隣接行政区画

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人口動態

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人口

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2024年国勢調査(暫定結果)による人口は144万6,654人である[7]

民族構成と宗教構成

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  • 民族構成:内務省総務局(GAD)の2019年報告では、主な民族構成はビルマ族(87.4%)、カレン族(7.6%)、モン族(1.86%)である[8]
  • 宗教構成:2014年国勢調査による宗教構成は、仏教(87.5%)、キリスト教(7.2%)、ヒンドゥー教(0.2%)、ムスリム(5.1%)となっている[9]

経済

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タニンダーリ地方域の経済は、その広大な海岸線とタイ国境に接する地政学的条件を活かした、水産業、農業、および国境貿易によって支えられている。

水産業と海洋資源

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メルギー諸島の漁船

アンダマン海に面する本地域はミャンマー最大の漁場の一つであり、ミェイク(メルギー)やコータウン英語版は水産加工および輸出の重要拠点である。特にエビやカニの養殖、乾燥魚の製造が盛んで、多くがタイや中国へ輸出される[10]。また、メルギー諸島では古くからモーケン族(サロン族)やマレー系住民(パシュ)による真珠採取が行われており、現在も高品質な真珠の産地として知られている[11][12]

農業と資源

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内陸部の熱帯雨林気候を活かし、ゴム、パーム油、カシューナッツ、ビンロウ(ベテルナッツ)のプランテーションが広く展開されている[13]。特にパーム油はミャンマー国内の主要な生産地となっている。鉱物資源も豊富であり、錫(スズ)やタングステンの採掘が行われてきた歴史がある[14]

開発プロジェクト

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北部の州都ダウェイでは、タイ政府との協力による「ダウェイ深海港開発計画」および工業団地建設が進められている。これが完成すれば、インド洋と南シナ海を結ぶ新たな物流ルート(南部経済回廊)の起点となることが期待されている[15]2021年ミャンマークーデター後、タイと日本が撤退し、ロシアが参入したと報じられている[16]

交通

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本地域は南北に細長く、険しいテナセリム山脈英語版(テナセリム丘陵)に挟まれがタイとの国境を隔てているため、歴史的に陸路よりも海路が重要な役割を果たしてきた。

陸上交通

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国道8号線
  • 国道8号線英語版: ミャンマー主要都市からモーラミャインを経て、ダウェイ、ミェイク、コータウンへと南北を貫く幹線道路。かつては未舗装区間が多く交通の難所であったが、近年の整備により大幅に改善された[17]
  • 鉄道: モーラミャインからダウェイまでの延伸区間があるが、ダウェイ以南への鉄道網は未整備である(cf.ミャンマーの鉄道)。

海上交通

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複雑な群島構造を持つため、古くから沿岸航路が発達している。

  • 主要港: ダウェイ港、ミェイク港、コータウン港の3大港湾が中心。ミェイク周辺の島々やメルギー諸島への移動には、伝統的なボートや高速艇が不可欠である[18]

航空

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主要都市にはそれぞれ空港があり、ヤンゴンとの間を定期便が結んでいる。

国境検問所

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タイとの間には複数の陸路国境が開かれており、経済・物流の要所となっている[19]

  • ティーキー(Htee Khee): ダウェイからタイのカンチャナブリへ通じる。
  • マウドーン(Maw Daung): ミェイクからタイのプラチュアップキーリーカンへ通じる。
  • コータウン: タイのラノーンと海路(ボート)で結ばれており、ミャンマー最南端の交易・観光ルートである。

脚注

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出典

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  1. 1 2 Malay minorities in The Tenasserim coast (英語). UI Scholars Hub. 2026年4月6日閲覧。
  2. 世界大百科事典, 改訂新版. バーネイ条約(バーネイじょうやく)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2026年4月5日閲覧。
  3. Mawlamyine (英語). Britanica. 2026年4月5日閲覧。
  4. 1 2 Myanmar Regions”. www.statoids.com. 2026年4月5日閲覧。
  5. 1 2 3 4 Tanintharyi Region Profile - June 2014 (英語). UNHCR Operational Data Portal (ODP). 2026年4月5日閲覧。
  6. Ohsawa, Seiji; Naing, Than; Hone, Tin; U, San; Shimoda, Atsuko (2023). “Sorting Out the Changes and Confusion of Myeik Islands Names in Myanmar”. 人間生活文化研究 2023 (33): 22–41. doi:10.9748/hcs.2023.22.
  7. “2024 Provisional Result” (英語). Department of Population 2025年12月5日閲覧。
  8. Ethnic Population Dashboard (英語). PonYate. 2026年4月4日閲覧。
  9. CENSUS ATLAS MYANMAR (英語). UNFPA Myanmar. 2026年4月3日閲覧。
  10. FAO Fisheries & Aquaculture”. www.fao.org. 2026年4月5日閲覧。
  11. 神秘的な輝きを放つミャンマーの真珠”. 株式会社VACコンサルティング. 2019年7月12日閲覧。
  12. ミャンマーでの奨学金制度「TASAKI スカラーシップ」スタート”. TASAKI公式サイト. 2019年7月11日閲覧。
  13. Nomura, Keiko; Mitchard, Edward T. A.; Patenaude, Genevieve; Bastide, Joan; Oswald, Patrick; Nwe, Thazin (2019-08-15). “Oil palm concessions in southern Myanmar consist mostly of unconverted forest”. Scientific Reports 9 (1): 11931. doi:10.1038/s41598-019-48443-3. ISSN 2045-2322. PMC 6695397. PMID 31417153.
  14. MCRB 2018, pp. 33–34.
  15. ダウェイ開発の経済効果:道路、国境円滑化、港”. アジア経済研究所. 2026年4月5日閲覧。
  16. ロイター編集「ロシア、ミャンマーのインフラ・エネルギー事業への投資で覚書締結」『Reuters』2025年2月25日。2026年4月5日閲覧。
  17. Irrawaddy, The (2025年9月19日). Myanmar Junta Launches Major Offensive to Retake Main Coastal Highway (英語). The Irrawaddy. 2026年4月5日閲覧。
  18. ミャンマー国 連結性強化に係る情報収集・確認調査”. JICA. 2026年4月5日閲覧。
  19. Admin, I. S. P. (2024年4月25日). Unpacking the Political Economy of Myanmar’s Civil War | ISP-Myanmar (英語). 2026年4月5日閲覧。

参考文献

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関連項目

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外部リンク

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