モーラミャイン

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モーラミャイン
Mawlamyaing
モスク(かつてムスリム商人が来訪していたことを示す)
モスク(かつてムスリム商人が来訪していたことを示す)
位置
の位置図
座標 : 北緯16度29分05秒 東経97度37分33秒 / 北緯16.48472度 東経97.62583度 / 16.48472; 97.62583
行政
ミャンマーの旗 ミャンマー
  モン州の旗 モン州
 市 モーラミャイン
Mawlamyaing
人口
人口 (2014現在)
  市域 491,130人
その他
等時帯 ミャンマー標準時 (UTC+6:30)

モーラミャイン (Mawlamyaing) は、ミャンマーの都市。モン州の州都。人口は約49万人で、ミャンマー第三の規模を有する。

概要[編集]

モーラミャイン近郊のガウンセー島

アンダマン海のモッタマ湾(マルタバン湾)に近い。タンルウィン川(サルウィン川)沿岸にあり、対岸のモッタマ(マルダバン)へはフェリーが運航している。2006年には両都市を結ぶタンルウィン橋が開通した。対岸のモッタマからヤンゴン鉄道道路が通じており、モーラミャインからはマレー半島を下る鉄道・道路が延びている。モン人地域における最大の都市であり、モーラミャイン大学では多くの学生が学んでいる。イギリスの文学者ジョージ・オーウェルは、一時英領インド帝国の警察官を務めており、モーラミャインが赴任先であった。この地での植民地支配に対する彼の葛藤は、エッセイ「象を撃つ」に示されている。

歴史[編集]

1900年代初頭、モーラミャインとサルウィン川河口

1826年第一次英麺戦争の結果イギリスコンバウン朝の間にヤンダボ条約が結ばれた。これに従い、コンバウン朝はタニンダーリ地方域ラカイン州をイギリスに割譲した。割譲領域は英領ブルマとなり、モーラミャインはその最初の首都になった。 [1]

1852年、イギリスは第二次英麺戦争で更にコンバウン朝から領土を奪った。首都は新しく奪った都市に移った。

1936年ジョージ・オーウェル象を撃つの舞台がモーラミャインだった。イギリス植民地時代、モーラミャインにはイギリス・ミャンマー混血児が多く生まれた。

脚注[編集]

  1. ^ Moulmein”. Encyclopædia Britannica online. 2009年2月3日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]