ヤンゴン地方域
| ရန်ကုန်တိုင်းဒေသကြီး ヤンゴン地方域 (MLCTS: yankun tuing/rankun tuing) | |
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| 州都 | ヤンゴン |
| 地域 | 下ビルマ |
| 面積 | 10,170 km² |
| 人口 | 7,163,551人 |
| 民族 | ビルマ族、カレン族、華僑、印僑、Anglo-Burmese |
| 宗教 | 仏教、イスラーム、キリスト教、ヒンドゥー教 |
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ヤンゴン地方域(ヤンゴンちほういき、ビルマ語: ရန်ကုန်တိုင်းဒေသကြီး、英語: Yangon Region)は、ミャンマーの行政区画である。北と東をバゴー地方域と、南でモッタマ湾と、西をエーヤワディ地方域と接している。ヤンゴン地方域は国で最も工業化した地域であり、主な国際的玄関口である。国内の大部分の工業地帯は、この地方域に位置している。
歴史
[編集]ヤンゴン地方域は、古くから下ビルマにおける政治・宗教・経済の要衝として発展してきた。
モン族の伝承によれば、現在のヤンゴン付近(当時のウッカラパ)出身のモン族の商人兄弟、タプッサとバッリカが、悟りを開いた直後(紀元前6世紀~紀元前4世紀頃)の釈迦(ブッダ)に会い、蜂蜜のケーキを捧げた。釈迦はその返礼として自らの8本の聖髪を授けた。兄弟はこれを持ち帰り、地元のモン族の王(ウッカラパ王)と共にシングッタラの丘(Singuttara Hill)に安置した。これが、世界最古かつミャンマー最大の聖地とされるシュエダゴン・パゴダの始まりであると信じられている[1]。
当時のこの地はモン族の居住地であり、「ダゴン(Dagon)」、あるいはモン語で「三つの丘」を意味する「ティクン(Tikun)」と呼ばれていた[1]。
パガン王朝崩壊後、14世紀にモン族の王朝がバゴーに首都を置くと、ダゴンは宗教的な中心地として重要性を増した。15世紀、ミャンマー史上唯一の女王であるシン・ソー・ブは、自身の体重と同じ量の金を寄付してシュエダゴン・パゴダを黄金に輝かせ、現在のヤンゴン市の大部分をパゴダの領地として定めとされる[1]。
1755年、アラウンパヤー王が下ビルマを征服した際、勝利を記念して地名を「敵が尽きた(平和)」を意味する「ヤンゴン(Yangon)」に改名した。当時のヤンゴンはチーク材の丸太で囲まれた堅牢な砦であり、すでに造船業や国際貿易の拠点として知られていた[1]。
19世紀の英緬戦争を経て、1852年にイギリスが占領。イギリスは当時「東南アジアのモデル都市」と称されるほどの格子状の近代的な都市計画を導入した。この時期に名称は「ラングーン」となった[1]。
1948年の独立後、急速な人口流入による都市問題に直面したが、1950年代後半以降、新たな衛星都市(オッカラパやサケタなど)の建設によって都市機能の拡張が図られた。2006年のネピドー遷都後も、ミャンマーの経済、文化、精神の中核としての地位を維持している[1]。
地理
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ヤンゴン地方域は、ミャンマー南部のエーヤワディ・デルタの東縁に位置し、総面積は約10,276平方キロメートルに及ぶ[2]。
地方域の中央部には、北方のバゴー山脈から南へと延びる「ヤンゴン・リッジ」と呼ばれる低い丘陵地帯が走っている。シュエダゴン・パゴダが建立されているのは、このリッジの南端である[2]。
中央丘陵の両側から南方にかけては、エーヤワディ川の長年の堆積作用によって形成されたエーヤワディ・デルタの広大な低湿地帯が広がっている。この平坦なデルタ平原は、水資源が豊富で肥沃な土地である一方、海抜が低いため雨季の増水や高潮の影響を受けやすいという側面を持っている[2]。
域内には、 ヤンゴン川、バゴー川、プズンダン川という三つの川が流れており、それらが合流する地点に市街地が形成されている。西側を流れるヤンゴン川は、アンダマン海から約30km内陸に位置しながらも、十分な水深と大きな潮位差(最大約6メートル)を有しており、この特性により、ヤンゴン港は国内貨物の大半を扱うミャンマー最大の国際貿易港として機能してきた[2]。
行政区画
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隣接行政区画
[編集]人口動態
[編集]人口
[編集]2024年国勢調査(暫定結果)による人口は716万3,551人である。ミャンマーで最も人口が多い地域であり、総人口の約14.4%を占める[3]。
民族構成と宗教構成
[編集]経済
[編集]ヤンゴン地方域は、ミャンマーの国内総生産(GDP)の約4分の1を占めると推計される、国内最大の経済拠点である。2006年に行政機能がネピドーへ移転した後も、商都としての重要性は揺るいでいない[2][6]。
- ミャンマーの経済的ゲートウェイ: 国内最大級の輸出入を担うヤンゴン港と、空の玄関口であるヤンゴン国際空港を擁し、国際貿易・物流の拠点となっている。主要な国内外の大企業の本社、各国大使館、そしてミャンマー最高学府であるヤンゴン大学が集積する、名実ともに経済・教育の中心地である。
- 工業と投資の集積: 地方域内には、日系企業が多く進出するミンガラドン工業団地や、ミャンマー初の経済特区であるティラワ経済特区をはじめ、25以上の工業団地が稼働している。製造業の集積度は国内随一である。
交通
[編集]ヤンゴン地方域は、ミャンマー全土の道路、鉄道、水路網が収束する交通の要衝である[2][6]。
陸上交通
[編集]市街地を一周するヤンゴン環状鉄道は、市民の重要な足である。日本などの支援により近代化プロジェクトが進められており、定時制の向上と車両の更新が図られている[7]。
また、ヤンゴン・マンダレー高速道路の起点であり、国内物流の動脈となっている。市内では、かつての路面電車に代わりバス(YBS)が公共交通の主力だが、急速な自動車普及による慢性的な渋滞が大きな課題となっている[8][9][10]。
水上交通
[編集]ヤンゴン川沿いの港湾施設は、ミャンマーの海上貿易の約90%を扱っている。川幅が広く潮位差が大きいという地理的利点を活かし、大型船の航行が可能である。また、市民の足として対岸のダラ地区などと結ぶフェリー(渡し船)が日常的に利用されていたが、2026年、韓国の支援でダラ大橋が完成した[11]。
航空
[編集]脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 6 “Embassy of the Union of Myanmar, Brussels”. www.embassyofmyanmar.be. 2026年4月8日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 “Yangon 2040 The Peaceful and Beloved Yangon” (英語). JICA. 2026年4月8日閲覧。
- ↑ “2024 Provisional Result” (英語). Department of Population 2025年12月5日閲覧。
- ↑ “Ethnic Population Dashboard” (英語). PonYate. 2026年4月4日閲覧。
- ↑ “CENSUS ATLAS MYANMAR” (英語). UNFPA Myanmar. 2026年4月3日閲覧。
- 1 2 “地域編①:ヤンゴン地域”. JBIC 国際協力銀行. 2026年4月8日閲覧。
- ↑ “ヤンゴン環状鉄道改修事業”. www.jica.go.jp. 2026年4月8日閲覧。
- ↑ “Asian Highway アジアハイウェイ”. www.mlit.go.jp. 2026年4月8日閲覧。
- ↑ “ヤンゴン・マンダレー高速道路~ITIミャンマー研究会現地出張報告(8)~ - 一般財団法人国際貿易投資研究所(ITI)” (2018年9月30日). 2026年4月8日閲覧。
- ↑ “フラッシュ401”. iti.or.jp. 2026年4月8日閲覧。
- ↑ “[APEX|エーペックス アジア地域旅行手配・航空券発券代理店]”. [APEX|エーペックス] アジア地域旅行手配・航空券発券代理店. 2026年4月8日閲覧。
関連項目
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