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ジョン・プレスコット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジョン・プレスコット
John Prescott
生年月日 (1938-05-31) 1938年5月31日
出生地 イギリスの旗 イギリス
ウェールズの旗 ウェールズ プレスタティン英語版
没年月日 (2024-11-20) 2024年11月20日(86歳没)
出身校 ハル大学
所属政党 労働党
称号 プレスコット男爵
内閣 第1次ブレア内閣
第2次ブレア内閣
第3次ブレア内閣
在任期間 1997年5月2日 - 2007年6月27日
首相 トニー・ブレア
イギリスの旗 環境・運輸および地域担当大臣
在任期間 1997年5月2日 - 2001年6月8日
首相 トニー・ブレア
イギリスの旗 労働党
副党首
在任期間 1994年7月21日 - 2007年6月24日
党首 トニー・ブレア
選挙区 世俗貴族一代貴族
在任期間 2010年7月8日 - 2024年11月20日
選挙区 キングストン・アポン・ハル東部選挙区
在任期間 1970年6月18日 - 2010年4月12日
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プレスコット男爵ジョン・レスリー・プレスコット英語: John Leslie Prescott, Baron Prescott1938年5月31日 - 2024年11月20日)は、イギリス政治家労働党トニー・ブレア首相の下で副首相および副党首を務めた。

来歴

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ブレアとの出会い

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オックスフォードにあるラスキン・カレッジ出身。1970年、労働党から庶民院議員に初当選する。当初、労働党ではオールド・レイバー、伝統主義者などと呼ばれた、労組出身の守旧派であった。しかし、クローズドショップ制(会社が労組員以外を採用できない制度)の廃止を巡り、元影の雇用大臣として、党近代化を進めるトニー・ブレアに協力する。プレスコットも、影の雇用大臣時代に、クローズドショップ制が時代遅れであることは痛感していた。

副党首へ

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1992年の副党首選挙に敗れ、1994年の党首選挙でも、トニー・ブレアの優勢が伝えられていたが、党首選挙が必要であるとの判断と、副党首選への布石としてこれに出馬、次点におさまる。案の定、続く副党首選挙でトニー・ブレア党首のもと副党首に選出された。

ブレアは、プレスコットが党内左派で、「完全雇用」やEU統一通貨導入反対を口にするなど、自分とは政策的に対立していることを承知しながらも、プレスコットが党首に対しては従順であることを見抜いていた。また、後に「デイリー・ミラー」紙の政治記者だったアリスター・キャンベルが報道官として採用され、ブレアとプレスコットの間の伝令役・潤滑油になったことも、両者の関係が円滑にすすんだ要因となった。

新党首ブレアが進めた、党綱領第4条(国有化条項)の改定にあたり、ブレアはプレスコットを改定反対派に対する抑えとして活用し、これを成功させた。この第4条改定に協力して以降、プレスコットはブレアにとって最も必要な実力者になっていった。プレスコット自身も、党内左派を抑え、副党首として忠実にブレアを守った。

1997年の総選挙で労働党が勝利し、ブレア政権が発足すると、環境・運輸・地域担当の副首相に任命された。同年、地球温暖化防止会議に出席し、京都議定書の取りまとめにも活躍した。

叙爵と死去

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2010年5月28日、プレスコットに一代貴族の称号が授与されることが発表され[1]、6月15日に官報にあたるロンドン・ガゼットで解散栄誉として公示された[2]。プレスコットは7月8日にイースト・ライディング・オブ・ヨークシャーキングストン・アポン・ハルプレスコット男爵として下院に紹介され[3][4]、7月7日付けの特許状が7月12日に発表された[5]

アルツハイマー病との闘病の末、2024年11月20日に死去した。86歳没[6]

エピソード

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2001年5月16日総選挙の遊説運動中に、農場で働く男から卵を投げつけられる。直後に冷静さを失い、自ら男を殴り、もみ合いになってしまう。警備が間に入りことは収まったが、選挙期間中に副党首・副首相が一般人と喧嘩をするシーンがテレビカメラに収められ、繰り返し報道された(動画)。

メディアでは厳しい批判にさらされたが、一方でプレスコットを応援する声も多く、事件の後プレスコットに激励の電話や手紙が殺到、遊説先では大歓迎されることもあった。ブレア首相はこの件に関し 「まぁ、ジョンだからな」と苦笑いし、「彼が私の代理でよかったと思うよ」と擁護した。

脚注

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  1. “Dissolution honours: John Prescott made a peer”. BBC News. 28 May 2010. 2017年9月8日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2010年5月28日閲覧.
  2. “No. 59459”. The London Gazette (Supplement) (英語). 15 June 2010. p. 11151.
  3. Life Peerages – P”. Cracroft's Peerage. 2018年8月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月21日閲覧。
  4. “Lord Prescott takes his place in the House of Lords”. BBC News. 8 July 2010. 2010年7月8日閲覧.
  5. “No. 59485”. The London Gazette (英語). 12 July 2010. p. 13181.
  6. Former Labour deputy prime minister John Prescott dies aged 86 (英語). Sky News (2024年11月21日). 2024年11月21日閲覧。
公職
先代
マイケル・ヘーゼルタイン
副首相
1997年 - 2007年
次代
ニック・クレッグ
先代
創設
環境・運輸および地域担当大臣
1997年 - 2001年
次代
廃止
党職
先代
マーガレット・ベケット
労働党副党首
1994年 - 2007年
次代
ハリエット・ハーマン