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キングストン・アポン・ハル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
シティ・オブ・キングストン・アポン・ハル
City of Kingston upon Hull
イングランドの旗
ハル海事博物館(旧港湾局)とクイーンズ・ガーデンズ
ハル海事博物館(旧港湾局)とクイーンズ・ガーデンズ
シティ・オブ・キングストン・アポン・ハルの市章
シティ, 単一自治体章
位置
キングストン・アポン・ハルの位置(イースト・ライディング・オブ・ヨークシャー内)
キングストン・アポン・ハル
キングストン・アポン・ハル
キングストン・アポン・ハル (イースト・ライディング・オブ・ヨークシャー)
キングストン・アポン・ハルの位置(イングランド内)
キングストン・アポン・ハル
キングストン・アポン・ハル
キングストン・アポン・ハル (イングランド)
キングストン・アポン・ハルの位置(イギリス内)
キングストン・アポン・ハル
キングストン・アポン・ハル
キングストン・アポン・ハル (イギリス)
座標 : 北緯53度45分 西経0度20分 / 北緯53.750度 西経0.333度 / 53.750; -0.333
歴史
建設 12世紀
市制 1897年
行政
国 イギリスの旗 イギリス
 連合王国 イングランドの旗イングランド
 リージョン ヨークシャー・アンド・ハンバー
 カウンティ イースト・ライディング・オブ・ヨークシャー
 シティ, 単一自治体 シティ・オブ・キングストン・アポン・ハル
地理
面積  
  シティ, 単一自治体域 71.45 km2
人口
人口 (2021年現在)
  シティ, 単一自治体域 267,014人
    人口密度   3,737人/km2
  備考 [1]
その他
等時帯 西ヨーロッパ時間 (UTC+0)
夏時間 西ヨーロッパ夏時間 (UTC+1)
Postcode HU
市外局番 01482
ISO 3166-2 GB-KHL
公式ウェブサイト : http://www.hull.gov.uk/

キングストン・アポン・ハル(Kingston upon Hull、通称ハル、Hull)は、イギリス・イングランド東海岸に位置するシティであり、イースト・ライディング・オブ・ヨークシャーに属する単一自治体 (Unitary Authority) [2]。北海からハンバー川を40キロメートルさかのぼったハル川との合流部に位置し、ヨークの60キロメートル南東にあたる[2]。人口は26万8852人(2022年)で、リーズ、シェフィールド、ブラッドフォードに次ぐヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー地方第四の都市である。

12世紀、羊毛の輸出港としてモー修道院の修道士らによって建設された。当初はワイク・オン・ハル (Wyke on Hull) といったが、1299年にキングス・タウン・アポン・ハル (Kings-town upon Hull) と改称され、マーケットタウン(市場町)や軍港、漁業や捕鯨の拠点として発展した[3][4]。イングランド内戦では早くに戦場となった[5]。18世紀には、奴隷解放論者として知られるウィリアム・ウィルバーフォースを輩出した[6]。

第二次世界大戦中にドイツ軍による空襲(ハル空襲)で市街の95%以上が被害をうけ、戦後も産業の衰退に悩まされたが[7]、21世紀に入ると商業施設や住宅、公共施設などの建設ラッシュが続いた。2017年度の英国文化都市 (UK City of Culture) となり、同年のターナー賞は市内のフェレンズ美術館が主催した[8]。観光名所としてハル大聖堂、ハル川水門、ハル・パラゴン・インターチェンジ(駅とバスターミナルの一体拠点)、ザ・ディープ水族館などがある。1927年開学のハル大学は、学生数1万6000人以上を数える[9]。

イギリスの都市で唯一、国内最大手の電話事業者「BT」ではなく、「KCOM(英語版)」が独占的に固定電話サービスを提供している。電話ボックスは一般的な赤色ではなく、クリーム色のものが見られる。

ハル川とハンバー川の合流部には、完成当時世界一の長さを誇った吊り橋ハンバー橋(英語版)(Humber Bridge)がある。

スポーツ

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サッカークラブ、ハル・シティAFCの本拠地である。

また、ラグビースーパーリーグのハルFC、ハル・キングストン・ローヴァーズの2チームの本拠地である。

出身人物

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姉妹都市・提携都市

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友好交流のある都市

  • 日本の旗 新潟市 (日本 新潟県)1963年、児童画交換展実施を契機に交流開始
  • シエラレオネの旗 フリータウン (シエラレオネ)シエラレオネへの解放奴隷移住計画を促進する奴隷貿易廃止促進協会のメンバーだった、ウィリアム・ウィルバーフォースの出身と言う事もあり交流がある。1979年、シエラレオネの高等弁務官S・T・マッシュがハルに訪問し、両都市は結び付き、1980年、ハルの市民委任が10月フリータウンを訪問した時、交流を開始した。1981年9月には両都市の社会は議会のサポートとして確立された。

出典

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  1. ↑ “city population”. 2023年5月11日閲覧。
  2. 1 2 “Kingston upon Hull”. Encyclopædia Britannica Online. 2008. 2024年2月5日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2008年7月8日閲覧.
  3. ↑ “Brief history of Hedon”. Hedon Town Council: Working for You. Hedon Town Council (2007年). 2013年4月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月25日閲覧。
  4. ↑ “History of Hull”. Hull City Council (2007年). 2008年1月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年9月22日閲覧。
  5. ↑ Allison, K. J., ed (1969). A History of the County of York East Riding: Volume 1 – The City of Kingston upon Hull. Victoria County History. Oxford University Press. OCLC 504890087. オリジナルの7 October 2014時点におけるアーカイブ。 2008年7月2日閲覧。
  6. ↑ “Slavery: unfinished business”. Wilberforce 2007: Hull (2007年). 2007年9月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年9月23日閲覧。
  7. ↑ Parkinson, Michael; Champion, Tony; Evans, Richard; Simmie, James; Turok, Ivan; Crookston, Martin; Katz, Bruce; Park, Alison et al. (March 2006). State of the English Cities: Volume 1. London: Office of the Deputy Prime Minister. p. 112. ISBN 978-1-85112-845-7. オリジナルの27 March 2009時点におけるアーカイブ。 2009年3月5日閲覧。
  8. ↑ “Turner Prize a 'honeypot' for Hull”. BBC News. BBC. 28 May 2015. 2016年1月6日閲覧.
  9. ↑ “About the University of Hull”. University of Hull. 2022年8月8日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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政府

観光