ジャーメイン・テイラー

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ジャーメイン・テイラー
基本情報
本名 ジャーメイン・テイラー
通称 Bad intentions(邪悪な意思)
階級 ミドル級
身長 185cm
リーチ 189cm
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 (1978-08-11) 1978年8月11日(38歳)
出身地 アーカンソー州リトルロック
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 38
勝ち 33
KO勝ち 20
敗け 4
引き分け 1
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獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
男子 ボクシング
オリンピック
2000 シドニー ライトミドル級

ジャーメイン・テイラーJermain Taylor、男性、1978年8月11日 - )は、アメリカ合衆国プロボクサーアーカンソー州リトルロック出身。元WBAWBCIBFWBO世界ミドル級スーパー王者。妻はWNBAプレーヤーのエリカ・スミス。ニックネームはバッド・インテンション(邪悪な意思)。アメリカ合衆国代表としてシドニーオリンピックに出場しライトミドル級銅メダルを獲得した。

2005年7月16日には史上初めてWBA・WBC・IBF・WBOの主要4団体の王座を統一したバーナード・ホプキンスを破り、史上2人目の主要4団体の統一王者となった。

来歴[編集]

幼少・アマチュア時代[編集]

1978年にアーカンソー州の貧しい家庭に生まれた。父親は彼が5歳のときに彼と彼の母親と3歳年下の妹の3人を残して家庭を捨てた。その後、母親は2人の幼い子どもを育てるためフルタイムの看護師として働かなければならなくなり、家事および妹の世話をジャーメインが行っていた。13歳の時に元ボクサーだった叔父に勧められてボクシングジムに通うようになった。ボクシングを始めると直ぐにその才能を開花させ、アマチュアボクシングの世界で頭角を現していった。アマチュアボクシングでの全米チャンピオンにもなり、2000年のシドニーオリンピック米国代表となって銅メダルを獲得した。

プロボクサー時代[編集]

アマチュアでオリンピックのメダルを獲得し、プロデビュー時からアメリカのボクシング界で注目の的だった。

2001年1月27日、マディソン・スクエア・ガーデンでプロデビューする。プロボクサーとなってからも全勝を続け2003年8月8日には空位のWBCアメリカ大陸ミドル級王座を獲得した。

2005年7月16日、オスカー・デ・ラ・ホーヤを破ってWBA・WBC・IBFWBOの主要4団体の王座を史上初めて統一したバーナード・ホプキンスと対戦し、2-1(2者が115-113、112-116)の判定勝ちを収め、WBA・WBC・IBF・WBOの主要4団体の史上2人目の主要4団体の統一王者となった。しかし、この試合は判定をめぐって議論が交わされた。

テイラーは明確な勝利を収めるために2005年12月3日にホプキンスとの再戦に臨んだ。この試合を実現するために彼は2005年10月11日にIBF世界ミドル級王座を返上した。12回3-0(3者とも115-113)の判定で勝利し、WBA王座の初防衛、WBC王座の初防衛、WBO王座の初防衛に成功した。

2006年6月17日、元WBA・WBC・IBF世界スーパーウェルター級スーパー王者ロナルド・ライトと対戦し、1-1(115-113、113-115、114-114)の判定で引き分けたがWBAへの認定料の支払いを拒否した為スーパー王座の防衛は認められなかったが、WBC王座2度目、WBO王座2度目の防衛に成功した。

2006年12月14日、WBA正規王者フェリックス・シュトルムと王座統一戦を行おうとせず、ハビエル・カスティリェホが正規王者となっても王座統一戦をせず、マリアノ・カレラが正規王者となっても(カレラがカスティリェホに勝利し王座を獲得するも[1]、カレラから違反薬物のクレンブテロール検出され、カスティリェホに王座が差し戻される前の話[2]。)王座統一戦をしようとしない為、スーパー王座を剥奪された[3]

2007年5月19日、IBF世界スーパーウェルター級王者コーリー・スピンクスの挑戦を受けるが、2-1(111-117、115-113、117-111)の判定勝ちを収めWBC王座は4度目、WBO王座4度目の防衛に成功した[4]

2007年9月29日、ケリー・パブリクに2回にダウンを奪いながら、プロ初黒星となる7回2分14秒TKO負けを喫し、WBC王座は5度目、WBO王座5度目の防衛にも失敗し、王座から陥落した[5]

2008年2月16日、166ポンドのキャッチウェイトのノンタイトル戦でパブリクとダイレクトリマッチで対戦するも、12回0-3(112-116、111-117、113-115)の判定負けを喫した[6]

2009年4月25日、WBC世界スーパーミドル級王者カール・フローチに挑戦。3ラウンドには右ストレートでフローチからキャリア初のダウンを奪うなどして一進一退の攻防を繰り広げるも、12回2分46秒TKO負けを喫し王座獲得に失敗した。

2009年10月に開始したSuper Six World Boxing Classicに参加。10月17日、グループステージ1でアルツール・アブラハムと対戦し、12回2分54秒KO負けを喫した[7]。重度の脳震盪を起こしていたため病院に運ばれ、脳に小さな出血が見つかり、試合の詳細を思い出せなかったことで短期記憶障害と診断された[8]

2010年1月、「私はボクシングを暫くのあいだ休みます。Super Six World Boxing Classicを棄権することにした。20年近くボクシングをやってきたから、私の体と精神は休息を必要としてるんだ。」としてSuper Sixを棄権することを発表した[9]。 テイラーのプロモーターであったルー・ディベラはテイラーの健康を気遣いテイラーのプロモーターから身を引いている。

2011年12月30日、約1年ぶりの復帰戦、カリフォルニア州カバゾンモロンゴ・リゾート・カジノ&スパでジェシー・ニックロウと対戦し、8回36秒TKO勝ちを収めた。重度の脳震盪と軽い脳出血が見つかった後の復帰だったことで、コミッションから追加の健康検診を要求されそれをパスした上で試合ライセンスの許可を受けた[8]

2012年4月20日、ミシシッピ州ビロクシボー・リヴァージュ・リゾート&カジノでカレブ・トラックスと対戦し、3-0(98-91、97-92、97-94)の判定勝ちを収めた。

2012年10月12日、ミズーリ州セントチャールズのアメリスター・カジノ・セントチャールズでラウル・ムニョスと対戦し、2回1分5秒KO勝ちを収めた。

2013年12月14日、テキサス州サンアントニオアラモドームでファン・カルロス・カンデロと対戦し、7回2分58秒TKO勝ちを収めた。この試合はコミッションがさらに厳しい検診を要求したため、世界的なクリニックでの検診をパスして挑んだ試合であった[8]

2014年10月8日、ミシシッピ州ビロクシボー・リヴァージュ・リゾート&カジノでIBF世界ミドル級王者サム・ソリマンに挑戦し、12回3-0(116-111、115-109、116-109)の判定勝ちを収め7年振りに王座に復帰した[10]。テイラーはこの試合の約1ヶ月前に従弟の男性へ発砲した疑いで逮捕されていた[11][12]。保釈金25000ドルを支払い釈放され、この対戦に向けたトレーニングも裁判所から許可されたとはいえ[13]、第一級家庭内暴行容疑及び、加重暴行容疑の重罪で保釈中の身であったため、法律的にも倫理的にも実現が危ぶまれた一戦だった[14][15]

2014年10月18日、IBFは最新ランキングを発表し、上述のソリマン戦に勝利し王座返り咲きを果たしたテイラーは、9年ぶりにIBF世界ミドル級王者としてランクインした[16][17]

2014年11月20日、従兄弟の男性へ発砲した事件で第一級暴行容疑などで最大26年の求刑で告訴された[18]

2015年1月19日、地元アーカンソー州リトルロックで、男性に向けて発砲し怪我をさせ、男性と一緒にいた男性の妻と子供にも拳銃を向けて脅したとして逮捕され、その際に隠し持っていたマリファナも見つかった[19]。これによって、2月6日に予定していた元WBC世界世界スーパーウェルター級王者のセルヒオ・モラとの初防衛戦が中止となった。その後、精神病院へ移送され精神鑑定を受ける事になった[20]

2015年2月6日、IBFから王座を剥奪された[21][22][23]

2015年3月3日、薬物依存治療のため、裁判所にリハビリ施設行きを命じられた[24]

2015年5月13日、リハビリ施設で入所者の男性に暴力を振るったとして逮捕される。男性は顔などを5箇所を骨折して集中治療室で緊急処置を受るほどの重傷だった[25] [26]

戦績[編集]

プロボクシング 戦績
38 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
33 20 12 1
4 3 1


日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 2001年1月27日 4R TKO クリス・ウォルス アメリカ プロデビュー
17 2003年8月8日 12R 判定3-0 アルフレッド・クエバス アメリカ WBCアメリカ大陸ミドル級王座獲得
21 2004年6月19日 9R TKO ラウル・マルケス メキシコ WBCアメリカ大陸ミドル級王座防衛1
22 2004年12月4日 12R 判定3-0 ウィリアム・ジョッピー アメリカ WBCアメリカ大陸ミドル級王座防衛2
24 2005年7月16日 12R 判定2-1 バーナード・ホプキンス アメリカ WBA・WBC・IBF・WBO世界ミドル級王座獲得
25 2005年12月3日 12R 判定3-0 バーナード・ホプキンス アメリカ WBA・WBC・WBO王座防衛1(IBFは返上)
26 2006年6月17日 12R 判定1-1 ロナルド・ライト アメリカ WBC・WBO王座防衛2
27 2006年12月9日 12R 判定3-0 カシム・オウマ ウガンダ WBC・WBO王座防衛3
28 2007年5月19日 12R 判定2-1 コーリー・スピンクス アメリカ WBC・WBO王座防衛4
29 2007年9月29日 7R TKO ケリー・パブリク アメリカ WBC・WBO王座陥落
30 2008年2月16日 12R 判定0-3 ケリー・パブリク アメリカ
31 2008年11月15日 12R 判定3-0 ジェフ・レイシー アメリカ WBC世界スーパーミドル級王座挑戦権獲得
32 2009年4月25日 12R 2:46 TKO カール・フローチ イギリス WBC世界スーパーミドル級王座挑戦・失敗
33 2009年10月17日 12R 2:54 KO アルツール・アブラハム ドイツ Super Six World Boxing Classic
34 2011年12月30日 8R 0:36 TKO ジェシー・ニックロウ アメリカ
35 2012年4月20日 10R 判定3-0 カレブ・トラックス アメリカ
36 2012年10月12日 2R 1:05 KO ラウル・ムニョス アメリカ
37 2013年12月14日 7R 2:58 TKO ファン・カルロス・カンデロ コロンビア
38 2014年10月8日 12R 判定3-0 サム・ソリマン オーストラリア IBF世界ミドル級王座獲得

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ カスティジェホ防衛失敗 カレーラTKO戴冠 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2006年12月4日
  2. ^ カレーラ王座はく奪 カスティジェホ返り咲き ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年2月25日
  3. ^ Jermain Taylor and the Sanctioning Bodies BoxingScene.com(英語) 2006年12月21日
  4. ^ テイラー“明白な”2-1の勝利 統一ミドル級戦 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年5月20日
  5. ^ ダウン挽回!パブリック、テイラー倒し新王者 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年9月30日
  6. ^ パブリック、判定でテイラーに連勝 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2008年2月17日
  7. ^ スーパー6開幕 アブラハム豪快KO、フロッチ競り勝つ ボクシングニュース「Box-on!」 2009年10月18日
  8. ^ a b c Jermain Taylor back on Dec. 14”. ESPN.com (2013年11月19日). 2013年11月19日閲覧。
  9. ^ Jermain Taylor pulls out of the Super Six tournament The Sun 2010年1月13日
  10. ^ テイラー4度倒して7年ぶり王座復帰 IBFミドル級 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年10月9日
  11. ^ Jermain Taylor Arrested for Allegedly Shooting Cousin BoxingScene.com(英語) 2014年8月26日
  12. ^ テイラー逮捕、ジャモエがキグに挑戦 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年8月27日
  13. ^ Jermain Taylor shot cousin, cops say ESPN.com(英語) 2014年8月27日
  14. ^ クリチコvsプレフは11.15に、来月3団体トップ会談 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年8月28日
  15. ^ Middleweight Jermain Taylor getting undeserved IBF title fight”. Yahoo Sports (2014年10月6日). 2014年10月13日閲覧。
  16. ^ IBF Ratings IBF公式サイト 2014年10月18日
  17. ^ IBFランキング、新チャンピオン続々誕生で変動 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年10月19日
  18. ^ Middleweight champion Jermain Taylor to face trial for shooting incident”. Fight News (2014年11月20日). 2014年11月24日閲覧。
  19. ^ Jermain Taylor charged with assault in gun incident”. USA.TODAY.com (2015年1月19日). 2015年2月8日閲覧。
  20. ^ Psychiatrist: Boxer Jermain Taylor could be released with electronic monitoring, drug testing”. THE ASSOCIATED PRESS (2015年2月11日). 2015年3月2日閲覧。
  21. ^ Jermain Taylor stripped of his IBF middleweight title USATODAY.com(英語) 2015年2月6日
  22. ^ テイラーのIBFミドル級王座はく奪 Boxing News(ボクシングニュース) 2015年2月7日
  23. ^ IBF strips Jermain Taylor of title”. ESPN.com (2015年2月7日). 2015年2月16日閲覧。
  24. ^ ボクシング=元ミドル級王者テイラー、薬物依存治療で施設行き ロイター 2015年3月4日
  25. ^ Jermain Taylor Brutal Photos Of Alleged Beating Victim”. TMZ.com (2015年5月29日). 2015年7月26日閲覧。
  26. ^ Jermain Taylor’s Mental Eval Continues, 3rd Case Added”. Boxing Scene.com (2015年7月10日). 2015年7月26日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
バーナード・ホプキンス
第7代IBF世界ミドル級王者

2005年7月16日 - 2005年10月11日(返上)

空位
次タイトル獲得者
アルツール・アブラハム
前WBA・WBC・IBF・WBOスーパー王者
バーナード・ホプキンス
WBA世界ミドル級スーパー王者
2005年7月16日 - 2006年12月14日(剥奪)
次スーパー王者
剥奪により消滅
前王者
バーナード・ホプキンス
第28代WBC世界ミドル級王者

2005年7月16日 - 2007年9月29日

次王者
ケリー・パブリク
前王者
バーナード・ホプキンス
第17代WBO世界ミドル級王者

2005年7月16日 - 2007年9月29日

次王者
ケリー・パブリク
前王者
サム・ソリマン
第14代IBF世界ミドル級王者

2014年10月8日 - 2015年2月5日(剥奪)

空位
次タイトル獲得者
デイビッド・レミュー