シティライト岡山硬式野球部

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
シティライト岡山硬式野球部
CITYLIGHT OKAYAMA
チーム名(通称) シティライト岡山
加盟団体 日本野球連盟
加盟区分 企業チーム
創部 2007年
チーム名の遍歴

  • シティライト岡山 (2007 - )
本拠地自治体

練習グラウンド シティライトボールパーク
チームカラー 青色
監督 桐山拓也(選手兼任)
都市対抗野球大会
出場回数 1回
最近の出場 2019年
最高成績 2回戦敗退
社会人野球日本選手権大会
出場回数 なし
全日本クラブ野球選手権大会
出場回数 ※出場資格なし

シティライト岡山硬式野球部(シティライトおかやまこうしきやきゅうぶ、CITYLIGHT OKAYAMA BASEBALL TEAM)は、岡山市に本拠地を置き日本野球連盟に加盟している社会人野球の企業チームである。運営母体は自動車売買業のシティライト

概要[編集]

2007年11月、自動車売買業を営むシティライトの丸山明社長が、選手の受け皿と人材の確保を目指して『シティライト岡山硬式野球部』を設立した。同年11月2日付けで、日本野球連盟に新規登録された[1]岡山市に本拠地を置く社会人野球の企業チームは、1973年に廃部したクラレ岡山以来35年ぶりである。監督に昭和コンクリートの元監督であった住川順治を招聘した。

2009年土屋朋弘東北楽天ゴールデンイーグルスからドラフト5位指名を受け、同チームから初のプロ野球選手が誕生した。その後も、都市対抗野球大会社会人野球日本選手権大会の出場がない間に、在籍選手から4名がプロ入りしている(他チーム経由を含む)。

あと一歩で全国大会の出場を逃し続けていたが、2019年6月の都市対抗野球大会予選で、通算13回目となる全国大会の出場を決定する試合を初めて制して全国大会初出場を決めた[2][3][4]。 都市対抗の本戦では1回戦で同じく初出場となった宮崎梅田学園に勝利し、全国大会初白星を挙げた[5]。 またこの年の日本選手権でも、中国地方代表として出場権を獲得し、都市対抗に続いての全国大会出場を決めた[6]

沿革[編集]

出身プロ野球選手[編集]

元プロ野球選手の競技者登録[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ チーム情報 登録・変更情報 2007年”. 日本野球連盟. 2016年10月10日閲覧。
  2. ^ 社会人野球:シティライト岡山12年 全国大会へ勝負の年 一球大事に、意識改革 /岡山” (日本語). 毎日新聞. 2019年6月4日閲覧。
  3. ^ 代表切符「13度目の正直」 シティライト岡山、社長が涙 台風被害「心配せんで」” (日本語). 毎日新聞. 2019年6月4日閲覧。
  4. ^ 2015年の都市対抗第2代表決定戦、2017年の都市対抗第1代表決定戦、第2代表決定戦、2012年と2017年の日本選手権第2代表決定戦、2015年、2016年、2018年の日本選手権第1代表決定戦、第2代表決定戦、2019年4月のJABA岡山大会決勝は敗退。
  5. ^ シティライト岡山、全国初勝利 都市対抗野球1回戦”. 山陽新聞 (2019年7月14日). 2019年9月9日閲覧。
  6. ^ シティライト岡山・後藤田が11奪三振の快投 都市対抗に続き本大会出場”. 毎日新聞 (2019年9月9日). 2019年9月14日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]