萬谷康平

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
萬谷 康平
Kouhei mantani.jpg
2015年6月28日、平塚球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府大阪市東成区
生年月日 (1987-08-28) 1987年8月28日(31歳)
身長
体重
185 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2013年 育成ドラフト2位
初出場 2014年5月4日
最終出場 2015年7月20日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

萬谷 康平(まんたに こうへい、1987年8月28日 - )は、大阪府大阪市東成区出身の元プロ野球選手投手)。報道などで、苗字を万谷と表記する場合もある[1][2]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

実父はかつて、高校の硬式野球部で監督を経験。平田良介中日ドラゴンズ)とは、実家が道を挟んで2軒隣にあるという間柄で、小学校1年生から中学校1年生まで同じ少年野球チームに所属していた[2]

阪南大学高等学校から阪南大学に進学したが、高校・大学を通じて全国大会への出場経験がないまま、大学卒業後の2010年シティライト岡山へ入部。しかし、登板機会に恵まれずに、1年限りで退部した。

2011年から、クラブチームミキハウスREDSに入部。2012年都市対抗予選で、企業チーム・ニチダイ相手に好投し注目を集めた。この年ミキハウスREDSは京都・奈良・滋賀予選で姿を消したが、萬谷は予選での好投が評価され、近畿第3代表となった日本生命の補強選手に選ばれた。そして本戦ではチーム3試合目の準々決勝(対NTT東日本戦)で先発マウンドに立った(4回途中降板、自責点1。[2])。

2013年千葉ロッテマリーンズを退団してミキハウスREDSに加入した山田秋親と2枚看板を形成した。山田からアドバイスを受けてスライダーの投げ方が定まったという[3]都市対抗予選では2次予選で三菱重工神戸パナソニックといった全国大会優勝経験のある強豪相手に好投を続け、チームは敗退したものの萬谷は大阪ガスの補強選手に選ばれた。本戦では1回戦(対東芝戦)で5番手として登板したもののサヨナラ安打を打たれている[4]。初出場を決めていた第38回全日本クラブ野球選手権大会ではWエースの一角として活躍、準優勝に大きく貢献した。

2013年のNPB育成ドラフト会議で、横浜DeNAベイスターズから2巡目で指名。育成選手として入団した[1]。ミキハウスREDSの選手がドラフト会議での指名を経てNPBの球団へ入った事例は初めてで、入団時の背番号は「112[5]

DeNA時代[編集]

2014年には、4月27日に育成契約から支配下選手契約へ移行するとともに、背番号を「62」へ変更した[6]5月1日に初めての出場選手登録を果たしたが[7]、救援投手として一軍公式戦2試合に登板しただけで、5月6日に登録を抹消。6月22日の対埼玉西武ライオンズ戦(横浜スタジアム)に3番手投手として登板したところ、一軍での初勝利を挙げた。育成ドラフト会議での指名を経てNPBの球団へ入ってから、入団1年目に支配下登録選手として一軍公式戦で勝利を記録した投手は、宮川将東北楽天ゴールデンイーグルス)以来史上2人目。セントラル・リーグでは初めてであった[8]。一軍公式戦全体では、26試合に登板。1勝1敗4ホールド、防御率3.58という成績を残した。シーズン終了後には、大学生時代から交際していた小学校教諭の女性と結婚している[9]

2015年には、7月5日にシーズン初の出場選手登録。しかし、一軍公式戦4試合に救援で登板しただけでシーズンを終えた。イースタン・リーグ公式戦で10試合に登板。1勝2敗、防御率1.63を記録した[10]

2016年には、故障の影響で、一・二軍とも公式戦への登板機会がなかった。10月2日に球団から戦力外通告を受けた[11]12月2日付で、NPBから自由契約選手として公示[12]

DeNA退団後[編集]

妻と共に地元の大阪へ戻ったことから、古巣のミキハウスベースボールクラブから復帰のオファーを受けたが、自身や家族の意向で現役引退を決意。

2017年2月1日付で、保険会社の営業職に転じた。この間には、『結婚したら人生劇変!○○の妻たち』(TBSテレビ)のスタッフが、夫婦への密着取材を敢行。同月6日放送分の同番組で、その模様が紹介された[13]

選手としての特徴[編集]

ストレートの球速は最速149km/h。得意な変化球はスライダーとカーブ、フォークボール[3]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2014 DeNA 26 0 0 0 0 1 1 0 4 .500 117 27.2 23 3 11 0 0 23 3 0 12 11 3.58 1.23
2015 4 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 26 6.0 6 0 2 0 0 4 0 0 2 1 1.50 1.33
通算:2年 30 0 0 0 0 2 1 0 4 .667 143 33.2 29 3 13 0 0 27 3 0 14 12 3.21 1.25

記録[編集]

背番号[編集]

  • 112 (2014年 - 2014年4月26日)
  • 62 (2014年4月27日 - 2016年)

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b “横浜DeNA:育成ドラフト2位の万谷と仮契約”. Yahoo!ニュース(カナロコby神奈川新聞). (2013年11月12日). http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131112-00000009-kana-base 2013年11月22日閲覧。 
  2. ^ a b “【DeNA】万谷に中日平田から挑戦状”. 日刊スポーツ. (2014年1月7日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140107-1240834.html 2014年1月7日閲覧。 
  3. ^ a b 第38回全日本クラブ野球選手権大会プログラム38-39ページ
  4. ^ [1]
  5. ^ DeNA 新入団発表 1位柿田は背番号13「活力を与える活躍する」スポーツニッポン、2013年11月22日
  6. ^ 萬谷康平選手 支配下選手として契約DeNA球団公式サイト2014年4月27日配信
  7. ^ DeNAが加賀、万谷を一軍登録日刊スポーツ、2014年5月1日
  8. ^ 育成出身2人目!万谷「魂を込めた」新人年プロ初勝利Sponichi Annex、2014年6月23日
  9. ^ DeNA万谷結婚 小学校教諭・美佐さんと「活躍しないと」Sponichi Annex、2014年12月29日
  10. ^ 2015年度 横浜DeNAベイスターズ 個人投手成績(イースタン・リーグ)”. 日本野球機構. 2016年11月9日閲覧。
  11. ^ 2017年度 選手契約について”. 横浜DeNAベイスターズ公式サイト (2016年10月2日). 2016年10月2日閲覧。
  12. ^ 自由契約選手|2016年度公示”. NPB.jp 日本野球機構 (2016年12月2日). 2016年12月3日閲覧。
  13. ^ プロ野球戦力外通告を受けた20代夫婦の現実 夢に寄り添ってくれた妻を後悔させたくない”. 東洋経済オンライン (2017年3月13日). 2017年3月13日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]