グロリアデカンペオン

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グロリアデカンペオン
現役期間 2006年 - 2010年
欧字表記 Gloria de Campeao
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 2003年7月1日(14歳)
Impression
Audacity
母の父 Clackson
生国 ブラジルの旗 ブラジル
生産 サンタレン牧場
馬主 ステファン・フリボーグ
調教師 コスメ・モルガド(伯)
パスカル・バリー(仏)
競走成績
生涯成績 26戦9勝(総合)
8戦5勝(伯)
3戦0勝(仏)
11戦3勝(首)
3戦1勝(星)
1戦0勝(米)
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グロリアデカンペオンGloria de Campeao)はブラジルで生産された元競走馬である。G1競走の勝ち鞍は2009年シンガポール航空インターナショナルカップ2010年ドバイワールドカップ

経歴[編集]

ブラジル時代[編集]

馬齢南アメリカ表記とする。

2006年 / 2007年(3歳)

2006年11月に競走馬デビューし、デビュー初戦で初勝利を挙げた。12月のデビュー2戦目は4着だったが、翌2007年1月と3月のレースを連勝し、4月にG3競走を制して重賞競走初勝利を挙げている。5月にはシダージジャルジン競馬場で行われたブラジル共和国大統領大賞(G1)で3着となりシーズンを終えた。

2007年 / 2008年(4歳)

シーズン初戦となった2007年7月にG2競走を制して重賞競走2勝目を挙げ、8月にガヴェア競馬場で行われたブラジル共和国大統領大賞(G1)で3着となった。そしてレース後にフランスのパスカル・バリー厩舎へ転厩した。

フランス時代[編集]

※馬齢は北半球表記とする。

2007年、2008年(4歳、5歳)

10月に転厩初戦となったダニエルウィルデンシュタイン賞(G2)にイオリッツ・メンディザバルが騎乗して出走したが、スピリトデルヴェントに敗れて11頭中6着だった。

5歳となった2008年ドバイ遠征を行い、1月のマクトゥームチャレンジラウンド1(G3)に以降しばらく主戦騎手となるクリストフ・ルメールを鞍上に迎えて出走し、レースでは勝ったハッピーボーイから9馬身差をつけられたが2着となった。続く2月の一般競走(ハンデ戦)はジャリルに2馬身半差で敗れて2着、3月のマクトゥームチャレンジラウンド3(G2)もジャリルに1馬身半差で敗れて2着となり惜敗が続いたが、迎えたドバイワールドカップではカーリンに敗れて8着という結果に終わり、レース後は帰国して休養に入った。そして8月に実戦復帰戦となったオールウェザーの一般競走に5走ぶりにメンディザバルが騎乗して出走して3着となったが、10月のドラール賞(G2)で再びルメールに乗り替わって出走したが8頭中最下位だった。

2009年(6歳)

前年に続きドバイ遠征を行い、1月のマクトゥームチャレンジラウンド1(G3)でマイインディに敗れて5着、2月5日マクトゥームチャレンジラウンド2(G3)は以降3走に亘って騎乗するジョージ・レームを新たに鞍上に迎えたが再びマイインディに敗れて4着だった。その後2月26日のメイダンホテルトロフィー(一般競走)を制して約2年5ヶ月ぶりに勝利を挙げ、2年連続出走となった3月のドバイワールドカップでは、勝ったウェルアームドに14馬身差をつけられたが2着となった[1]。5月にはシンガポールに渡り、5月17日シンガポール航空インターナショナルカップブラジル人騎手のティアゴ・ペレイラを鞍上に迎えて12頭中7番人気で出走し、レースでは2番手追走から早めに抜け出し、外を追い込んできた1番人気のプレスヴィスをアタマ差で抑えて勝利し、G1競走初勝利を挙げた[2][3][4]。なお勝ちタイムの1分59秒20はレースレコードを記録した。その後、米国に遠征し、8月8日アーリントンミリオンに出走したが、7着に終わった。

2010年(7歳)

3年続けてドバイ遠征を行い、1月のマクトゥームチャレンジラウンド1(G3)に出走し、勝利を収めた。 続くマクトゥームチャレンジラウンド3に出走したが、レッドディザイアの2着に敗れた。本番のドバイワールドカップではスタートから先頭を奪い、最後の直線で外から強襲するリザーズディザイア、間を割ったアリーバーの追い上げをハナ差凌いで逃げ切った。5月にシンガポールに遠征し、連覇がかかったシンガポール航空インターナショナルカップに出走したが、前走で負かしたリザーズディザイアの半馬身差の2着に敗れた。その後コックスプレートへ出走を予定していたが追い切りで故障発症し、競走馬を引退、母国のブラジルで種牡馬生活をスタートさせた。2011年からはスウェーデンでシャトル繋養される。

年度別競走成績[編集]

  • 2006年 / 2007年(3歳) 6戦4勝
  • 2007年 / 2008年(4歳) 2戦1勝
  • 2007年(4歳) 1戦0勝
  • 2008年(5歳) 6戦0勝
    • 2着 マクトゥームチャレンジラウンド1(G3)、マクトゥームチャレンジラウンド3(G2)
  • 2009年(6歳) 6戦2勝
    • 1着 シンガポール航空インターナショナルカップ(G1)
    • 2着 ドバイワールドカップ(G1)
  • 2010年(7歳) 4戦2勝
    • 1着 マクトゥームチャレンジラウンド1(G3)、ドバイワールドカップ(G1)
    • 2着 マクトゥームチャレンジラウンド3(G2)、シンガポール航空インターナショナルカップ(G1)

血統表[編集]

グロリアデカンペオン血統ファピアノ系Good Manners 4×4=12.50%、La Farnesina 5×4=9.38% (血統表の出典)
父系

Impression
1996 芦毛
父の父
Rubiano
1987 芦毛
Fappiano Mr.Prospector
Killaloe
Ruby Slippers Nijinsky II
Moon Glitter
父の母
Improbable Lady
1986
Liloy Bold Bidder
Locust Time
Gioconda Good Manners
Pallazzina

Audacity
1997 栗毛
Clackson
1976 栗毛
I Say Sayajirao
Isetta
Quarana Pharas
Coaran
母の母
Orient Girl
1987 鹿毛
Farnesio Good Manners
La Farnesina
Uruguaya Martinet
Unna F-No.3-d
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

脚注[編集]

  1. ^ 日本調教馬のカジノドライヴも出走しており8着となっている。
  2. ^ 鞍上のペレイラとバリー厩舎は共に同競走初勝利で、フランス調教馬としても同競走初勝利となった。
  3. ^ 日本調教馬のタスカータソルテも出走しており5着となっている。
  4. ^ シンガポール航空国際C、タスカータソルテ敗れるnetkeiba.com2009年5月17日閲覧。

外部リンク[編集]