クァエストル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
古代ローマ

ローマ時代の政治


統治期間
王政時代
紀元前753年 - 紀元前509年

共和制時代
紀元前508年 - 紀元前27年
帝政時代
紀元前27年 - 西暦1453年

終身元首制
西方帝国

専制君主制
東方帝国

憲法

王国法
共和国法
帝国法
後期帝国法
ローマ法の歴史
元老院
立法議会
政務官

政務官(常設職)

執政官
法務官
財務官
政務代行官

按察官
護民官
監察官
属州総督

政務官(臨時職)

独裁官
騎兵長官
執政官代理

ローマ王
三人委員会
十人委員会

名誉称号・特別職
ローマ皇帝

軍団幕僚
地方司令官
役人
親衛隊長官
ウィカリウス
二十六人官
衛士

軍団長
軍司令官
元老院主席
最高神祇官
尊厳者
副帝
テトラルキア

法律
ローマ法

インペリウム
モス・マヨルム
協調性

市民権
権威
クルスス・ホノルム

元老院勧告
元老院最終勧告

他国の政治 · 地図
政治ポータル

クァエストル (Quaestor) は、共和政ローマ政務官職の一つであり、執政官の下僚。国家財政の監督、国庫の管理を職務としていた。日本語では財務官会計検査官などと訳される。表記ゆれでクアエストルクワエストルなど。

王政期にも似たような名前をもった公職は存在したと考えられるが、共和政下で整備された時期は、パトリキプレブスの身分闘争が一旦終息し、ローマが対外進出を開始した紀元前5世紀後半である。毎年4人のクァエストルが民会トリブス民会、のちにケントゥリア民会)で選出された。職務権限は限定されていた。

クァエストルは、インペリウム保持者の下僚として対外戦争の大規模化・長期化や領土拡大とそれに伴う国家機構の改革を契機として何度か増員されている。イタリア半島の統一を目前にした紀元前267年には10人に増員された。彼らの職務範囲も広げられ、ローマなどの特定の都市の担当、属州総督や政務官の下に配置される者、また軍や軍事行動の財政を担当する者などに分けられた。各属州には総督の下に1名ずつ配属されたが、重要な属州であるシチリアの場合のみ東と西で計2名配属された。

紀元前81年元老院の権限の強化を目的としたスッラの改革の一環として、クァエストルに就任できる者の年齢制限が設けられ、パトリキは28歳以上、プレブスは30歳以上とされた。また人数も20人に増やされ、クァエストルに選出された者は自動的に元老院議員となることも規定された。元老院議員が担当する公職のランクとしては最下位という位置付けであった。