クルスス・ホノルム

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クルスス・ホノルム(ラテン語:Cursus honorum)とは、共和政ローマ期及び初期の帝政ローマ期の、政治的な野心を持ったローマ人(主に名門のノビレス(貴族)階級者が対象)が、最高の官位であった執政官(コンスル)に就任するまでの取るべき進路のことを指す。日本語では「名誉のコース」「名誉のキャリア」などと訳される。

概要[編集]

クルスス・ホノルムの対象となる公職(magistratus)としては、コンスル以外にプラエトル(法務官)、クァエストル(財務官)、アエディリス(按察官)が含まれ、プレブス(平民)出身者はこれら以外に護民官が該当する。

各公職には、被選挙権を得るための最低年齢が定められた上で、同一公職に連続で就任するのも法律で禁止され、また間隔も定められていた。しかし共和政ローマ末期の内乱の一世紀の頃には、これらの規則は空文化し、たとえばガイウス・マリウス紀元前104年から紀元前100年まで5年連続でコンスルの地位を保っている。

なお、古代ローマで各公職はいずれも無報酬であったため、クルスス・ホノルムを目指すには相応の資産背景と家柄が必要となった。ノウス・ホモで執政官まで登りつめた人物として、ガイウス・マリウスやマルクス・トゥッリウス・キケロらがいる。

クルスス・ホノルムの一例を以下にあげる。