アウグストゥス (称号)

アウグストゥス(ラテン語: Augustus、複数形: Augusti アウグスティー(アウグスティ))は「尊厳ある者」を意味するラテン語の用語であり、ローマ皇帝の称号のひとつである。「アウグストゥス」は初代ローマ皇帝を指すことが多いが、その後もローマ皇帝の称号として用いられた。ギリシア語形はアウグストス/アヴグストス(古代/中世以降、ギリシア語: Αὔγουστος Aúgoustos)、または同じ意味を持つセバストス/セヴァストス(古代/中世以降、ギリシア語: Σεβαστός Sebastós)であり、後にはこの形で用いられた。この用語の女性形はアウグスタ(ラテン語: Augusta、複数形: Augustae アウグスタエ、ギリシア語: Ἀυγούστα Augoústa アヴグスタ(中世以降))である。
概要
[編集]| 古代ローマ |
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| 統治期間 |
|---|
| 王政時代 紀元前753年 - 紀元前509年 |
| 古代ローマの政体 |
| 政体の歴史 |
| 身分 |
| 政務官 |
| 執政官 |
| 臨時職 |
| 独裁官 |
| ローマ軍団 |
| インペラトル |
| 名誉称号・特別職 |
| ローマ皇帝 |
| 聖職者 |
| 最高神祇官 |
| 政治制度 |
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「アウグストゥス」の称号と皇帝
[編集]「アウグストゥス」は、それを名乗ることが「ローマ皇帝」の地位に就くことを意味すると見なされることもあるほど「ローマ皇帝」にとって重要な称号であった。しかし、この称号は3世紀後半の皇帝ディオクレティアヌスの時代までは、法的には特定の公職や権限を指すものではなかった。そもそも、「ローマ皇帝」とは単一の公職ではなく、多くの公職や権限を一人で集中して兼ね備えた人物の立場を指すものである。「アウグストゥス」はその立場にある人物を明確に特定するための尊称であった。
初代「アウグストゥス」(すなわち初代ローマ皇帝)は、ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌスであった。彼は紀元前27年1月16日に元老院からこの称号を授与され、その日を境に名前を「インペラトル・カエサル・アウグストゥス(Imperator Caesar Augustus)」に正式に改めた。「アウグストゥス」を名乗ってからの40年間、彼は以下のように多くの公職や権限を集中して兼ね備え、自らの比類なき立場を確立し、後に続くしきたりを築き上げた。
- 彼はプリンケプス(元老院の第一人者)であり、元老院の議長として、討議の議長を務めたり提案を行うなどした。
- 彼はインペラトルであり、ローマ軍団の最高司令官であった。
- 彼は執政官あるいは執政官命令権保持者であり、首都ローマを含むイタリアの行政長官として、本国に対する支配権(インペリウム)を持った。すなわち、本国内のあらゆる政務官に対し指揮・監督する権限を持った。
- 彼はプロコンスル命令権保持者であり、属州に対する支配権(インペリウム・マイウス)を持った。すなわち、全ての属州総督に指令する権限を持った。
- 彼は護民官職権により身体不可侵権を持ち、ローマ内のあらゆる行政的な決定や提案に対する拒否権を持ち、立法権がある平民会の長であった。
- 彼は最高神祇官であり、ローマの全神官の長であった。
また、彼が名乗った「インペラトル」、「カエサル」、「アウグストゥス」という3つの称号はその後継者の多くにも受け継がれた。インペラトルの称号は「ローマ皇帝」に限定されておらず、「カエサル」はユリウス氏族カエサル家の家族名であったため、「ローマ皇帝」のみが用いる称号は「アウグストゥス」だけであった。
このように、初代「アウグストゥス」は多くの公職や権限を集中して兼ね備えた最高指導者の立場を確立した。これは単一の公職ではなかったものの、その立場にあった人物は「ローマ皇帝」として後世認識されることになった。そして、「アウグストゥス」もそれ自体に法的な意味合いがなかったにもかかわらず、ローマ皇帝を象徴する名称として認識されるようになった。
その後の「アウグストゥス」
[編集]3世紀後半に入ると、皇帝ディオクレティアヌスによって「アウグストゥス」は2人の正帝(せいてい)の正式な称号と定められ、2人の副帝(カエサル)と合わせた4人の皇帝がローマ帝国を統治する四分統治制(テトラルキア)という体制が築かれた。四分統治制はディオクレティアヌスの退位後に崩壊したが、「アウグストゥス」の称号は引き続き皇帝の称号として用いられた。
中世に入ってもこの称号はギリシア語化されたアウグストス/アヴグストスの形で用いられ続けたが、7世紀の皇帝ヘラクレイオス以降、皇帝の主要な称号はバシレウスであった。11世紀半ば以降、同じ意味を持つセバストス/セヴァストスは皇帝専用の称号ではなく爵位として用いられた。
神聖ローマ帝国でも皇帝のラテン語称号でインペラトルの他に「アウグストゥス」が用いられた(ドイツ語では「カエサル」に由来するカイザーが用いられた)。また、「アウグストゥス」は神聖ローマ帝国の貴族も使っていた男性名アウグストなどの由来にもなった。
アウグスタ
[編集]アウグスタは「アウグストゥス」の女性形であり、皇帝一門の女性に特別に贈られた称号である。これは女性にとって最高の称号であり、神にも喩えられるほどの地位を意味していた。
初代アウグスタは初代「アウグストゥス」の妻リウィア・ドルシッラであった。彼女は夫の遺言に基づき、14年にこの称号を贈られたため、ユリア・アウグスタとも呼ばれる。初代「アウグストゥス」に続いて後継者たちが「アウグストゥス」を名乗ったのと同様に、後の皇帝一門の女性の一部はリウィアに続いてアウグスタを名乗るようになった。小アグリッピナもまた、夫である皇帝クラウディウスの権威によってこの称号を贈られた。その後、アグリッピナは息子のネロを皇帝としたが、数年後にその息子によって暗殺された。