カエサル (称号)

カエサル(ラテン語: Caesar)は、ローマ帝国とその後継国家で用いられたローマ皇帝の称号である。ギリシア語ではカイサル/ケサル(ギリシア語: Καῖσαρ Kaîsar)という。「カエサル」は長くローマ皇帝を指す語として用いられてきたため、複数の言語において皇帝を意味する用語として「カエサル」に由来する語が使われるようになった。代表例としてはドイツ語のカイザーやスラヴ語のツァーリが挙げられる。
概要
[編集]| 古代ローマ |
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| 統治期間 |
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| 王政時代 紀元前753年 - 紀元前509年 |
| 古代ローマの政体 |
| 政体の歴史 |
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共和政ローマ末期、終身独裁官となったガイウス・ユリウス・カエサルは、内戦での勝利を経て事実上の単独支配を確立して帝政の礎を築いた。そして、これを継承して実際に帝政(プリンキパトゥス)を開始したオクタウィアヌス(アウグストゥス)は、カエサルの養子として後継者に指名されていた。このため、「カエサル」の名はオクタウィアヌスの名でもあった。
帝政を確立したアウグストゥスは、自らと同じように後継者を養子として迎えて「カエサル」の名を継承させた。このため、ユリウス=クラウディウス朝の皇帝たちはいずれも「カエサル」の家族名を有していた。こうした経緯から、「カエサル」は皇帝の家族名であると同時に、次第に皇帝そのものを指す一般名詞としても用いられるようになっていった。
この用法は、新約聖書においてイエス・キリストが語ったとされる「カエサルの物はカエサルに」という言葉にも見て取れる。ここでの「カエサル(カイザルと表記されることもある)」は、具体的には当時の皇帝ティベリウスを指しているが、より広い意味ではローマ皇帝、ひいてはローマ帝国そのものを指していると理解することもできる。
このような皇帝を指す一般名詞としての用法は、ユリウス=クラウディウス朝が断絶した後の皇帝たちもまた「カエサル」を名乗ったことから確立されていった。また、皇帝が自らの後継者に「カエサル」の名を与える慣行が続いたことで、この語は次第に次期皇帝を意味する用語としても用いられるようになった。
ローマ帝国後期に入ると、「カエサル」は正帝(アウグストゥス)を補佐する副帝を表す正式な称号となった。東ローマ帝国でも当初は同様に副帝を指す称号であったが、11世紀後半のコムネノス王朝の時代には、セバストクラトルとデスポテースというカエサル(カイサル)よりも上位に位置づけられる爵位が新設された。このため、カイサルの重要性は相対的に低下したが、依然として重要な爵位であった。
また、初代アウグストゥス以降のローマ皇帝(西の皇帝と東の皇帝を含む)などは、中期イラン語ではケーサル(パルティア語: kysr(Kēsar)、中期ペルシア語: kysl(Kēsar))、イスラーム世界の伝統的な歴史学ではカイサル(アラビア語: قَيْصَر Qayṣar)と呼ばれていた。東ローマ帝国を滅ぼしたオスマン帝国ではこれをカイセル(オスマン語: قیصر Kayser、トルコ語: Kayser)といい、ローマ皇帝などを指す呼称としてカイセリ・ルーム(オスマン語: قیصر روم Kayser-i Rûm 「ローマのカエサル」)という称号が用いられた。メフメト2世やスレイマン1世などの一部の皇帝は、自らがローマ皇帝の正統な継承者であることを示すためにこの称号を用いた。
関連項目
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