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インペラトル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

インペラトル(ラテン語: imperator インペラートル[1]、複数形: imperatores インペラートーレース)は、本義的には無限の権(imperium)を有する者を指す[2]ラテン語[3][注 1]の用語である。古代ローマにおける軍指揮者[4]、凱旋将軍[5]・大将軍[5]、元首[6]・皇帝を指す[6]。インペラトルのギリシア語訳はアウトクラトールであり、後にはこの形で用いられた。インペラトルは特にヨーロッパの複数の言語で「皇帝」を意味する言葉の語源となっている。この用語の女性形はインペラトリクス(ラテン語: imperatrix インペラートリークス[7] 「皇后、女帝」)である。

概要

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古代ローマ

ローマ時代の政治


統治期間
王政時代
紀元前753年 - 紀元前509年

共和政時代
紀元前508年 - 紀元前27年
帝政時代
紀元前27年 - 西暦476年

古代ローマの政体
政体の歴史
身分
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執政官
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ローマ軍団
インペラトル
名誉称号・特別職
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古代ローマ

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インペラトルは元老院よりインペリウムを付与された公職者であることを意味するラテン語の用語である[8][9][10]。インペリウム[3]は一般的に「命令権」と和訳されるほか[11]、「(文武の)命令権[6]」・「最高命令権[12]」・「皇帝国家」などとも訳される[13]。古代ローマにおいて、対外戦争で成功を収めた軍司令官(凱旋将軍)の称号としても用いられた[9]。

元老院は、元老院の決定を執行する者として各地にインペラトル(命令権保持者)を派遣し、ローマから遠く離れた地域へもローマの支配を行き渡らせた[14]。このローマの命令の届く範囲が「ローマのインペリウム(ラテン語: Imperium Romanum インペリウム・ローマーヌム)」であり、すなわちローマ帝国である[15][16]。

共和政期初期のインペリウムは平時と戦時を通しての包括的な権限であったが、次第に様々な制約を受けるようになり、最終的には特定の属州における軍事指揮権にまで縮小された[17][18][19]。インペリウムの適用範囲が「属州における軍事指揮権」ほどの意味にまで縮小されると、インペラトルも実質的にはローマ軍の軍司令官を意味する言葉となった[10]。戦争に勝利したインペラトルは、凱旋時に市民から「インペラトル」の歓呼で迎えられた[8][9][20]。インペリウム(軍事指揮権)には有効期限があるため通常はインペリウムの失効とともにインペラトルを名乗ることもできなくなるのだが、市民から「インペラトル」の歓呼で迎えられた凱旋将軍は、任期中に限ってインペリウム失効後にもインペラトルを名乗ることが許された[8][20]。紀元前189年にルキウス・アエミリウス・パウルス・マケドニクスがインペラトルの称号で呼ばれているのが確認できる最初の例である[8][21][22]。一説には紀元前209年にイベリア半島を制圧した大スキピオをインペラトルと叫ぶ歓呼が起こったともされるが、これが事実であるかは疑わしいとされている[22]。共和政末期にはスッラ、ポンペイウス、カエサルといった権力者たちが好んでインペラトルを名乗った[9]。ポンペイウスは自身が3度「インペラトル」と呼ばれたことを強調し[22]、カエサルはインペラトルを終身のものとして使用した[21][22][23]。

オクタウィアヌス(後のアウグストゥス)も紀元前43年以降たびたびインペラトルの称号を帯び[8]、紀元前29年には元老院より「インペラトル」を異例にも個人名の一部として使用することが認められた[8]。オクタウィアヌスには後に「アウグストゥス(尊厳ある者)」の添え名も贈られ、後の世で一般に最初のローマ皇帝であると認識されている。アウグストゥスの後継者たちは当初はインペラトルとは名乗らなかったが[8]、ウェスパシアヌスがインペラトルを名乗って以降にはインペラトルもプリンケプス(市民の第一人者、帝政期においてはローマ皇帝のこと)が名乗る個人名のひとつとして定着した[9]。

一方でローマ皇帝は「凱旋将軍」の意味としてもインペラトルの語を用い続け、部下の戦勝を自己の栄誉として「インペラトル何回」と数えた[21]。ただしインペラトルは特定の官職ではないため定員という考え方はなく[9]、同時に何人もの人物にインペラトルを名乗らせることが可能であった[24]。慣習的にも、インペラトルは勝利に歓喜した軍団兵士の声によって自然発生的に誕生するものと認識されていた[24]。アウグストゥスも配下の将軍30人以上にインペラトルを名乗らせており[24][25]、少なくともティベリウスの時代まではローマ皇帝でない人物[注 2]にもインペラトルの称号が与えられていたことが記録されている[24]。3世紀になると各地の軍団兵士がインペラトルを乱立し、軍人皇帝時代と呼ばれる混乱を招いた[9]。

その後

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中世に入ってもこの称号はギリシア語化されたアウトクラトールの形で用いられ続けた。

また、神聖ローマ帝国でも皇帝のラテン語称号でインペラトルが用いられた(ドイツ語では「カエサル」に由来するカイザーが用いられた)。

ヨーロッパの「皇帝」の語源として

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インペラトルは特にヨーロッパの複数の言語で「皇帝」を意味する言葉の語源となっている。例としては、ロマンス諸語、英語のエンペラー[2](英語: emperor、女性形: empress エンプレス)、ロシア語のインペラートル(ロシア語: император imperator インピラータル、女性形: императрица imperatritsa インピラトリーツァ(インペラトリーツァ)、ロシア皇帝が用いた)などが挙げられる。インペラトルは「カエサル」と並び、ヨーロッパの言語で皇帝を意味する言葉の語源である。これは、同じくローマ皇帝を指す称号でありながら、周辺の言語で皇帝を意味する言葉としてほとんど用いられなかった「アウグストゥス」とは対照的である。

また、インペラトルを直接英語にしたインペレイター(imperator)は主に、「専制君主[5]」・「絶対的支配者[27]」・「(ローマ)皇帝」などを指す[5]。

しかし、歴史学においてはインペラトルの称号から直接ローマ皇帝の君主としての性格を論じるよりも、元首政初期のアウグストゥスとその後継者たちの位置から論じるものが多く、インペラトルについても元首政期のローマ皇帝が包含していた多様な属性のひとつであるという見方が一般的である。

関連項目

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脚注

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注釈

  1. ↑ 『旺文社世界史事典 三訂版』の原文:インペラトル … 「無限の権(imperium)を有する者」の意[2]
  2. ↑ 例えば22年のアフリカ総督クィントゥス・ユニウス・ブラエスス[26]。

出典

  1. ↑ ・フランス語: empereur アンプルール ・スペイン語: emperador エンペラドール ・ポルトガル語: imperador インプラドール(Pt)/インペラドール(Br) ・イタリア語: imperatore インペラトーレ ・ルーマニア語: împărat ウンパラト
  2. 1 2 3 『旺文社世界史事典 三訂版』「インペラトル」
  3. 1 2 『日本大百科全書(ニッポニカ)』「インペラトル」
  4. ↑ 『世界大百科事典 第2版』「インペラトル」
  5. 1 2 3 4 『プログレッシブ英和中辞典(第5版)』「imperator」
  6. 1 2 3 『百科事典マイペディア』「インペラトル」
  7. ↑ ・フランス語: impératrice アンペラトリス ・スペイン語: emperatriz エンペラトリス ・ポルトガル語: imperatriz インプラトリシュ(Pt)/インペラトリス(Br) ・イタリア語: imperatrice インペラトリーチェ ・(ルーマニア語: împărăteasă ウンパラテアサ)
  8. 1 2 3 4 5 6 7 [インペラトル]『世界歴史大事典』教育出版
  9. 1 2 3 4 5 6 7 [インペラトル]『世界大百科事典』平凡社
  10. 1 2 [インペラトル]『大日本百科事典』小学館
  11. ↑ 『日本大百科全書(ニッポニカ)』「インペリウム」
  12. ↑ 『デジタル大辞泉』「インペラトル」
  13. ↑ 『日本大百科全書(ニッポニカ)』「帝国主義」
  14. ↑ 吉村2003、pp.53-54。
  15. ↑ 吉村2003、pp.53-58。
  16. ↑ 木村ら1998、p.10。
  17. ↑ [インペリウム]『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』TBSブリタニカ
  18. ↑ [インペリウム]『日本大百科全書』小学館
  19. ↑ [インペリウム]『大日本百科事典』小学館
  20. 1 2 [インペラトル]『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』TBSブリタニカ
  21. 1 2 3 [インペラトル]『日本大百科全書』小学館
  22. 1 2 3 4 木村ら1998, p.9。
  23. ↑ [インペラトル]『マイペディア』平凡社
  24. 1 2 3 4 木村ら1998, p.28。
  25. ↑ スエトニウス1986, p.134。
  26. ↑ [インペラートル]『西洋古典学事典』京都大学学術出版会、2010年。ISBN 9784876989256。
  27. ↑ 『オンライン・エティモロジー・ディクショナリー』「imperator」

参考文献

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  • スエトニウス 著、国原吉之助 訳『ローマ皇帝伝 (上)』岩波書店、1986年。ISBN 9784003344019。 
  • 本村陵二、鶴間和幸 著「帝国と支配 古代の遺産」、樺山紘一 編『岩波講座 世界歴史 第5巻 帝国と支配』岩波書店、1998年。ISBN 9784000108256。 
  • 吉村忠典『古代ローマ帝国の研究』岩波書店、2003年。ISBN 9784000228329。 
  • 村川堅太郎ほか 『ギリシア・ローマの盛衰』 講談社学術文庫、1993年。
  • 弓削達・伊藤貞夫編 『ギリシアとローマ 古典古代の比較史的考察』 河出書房新社、1988年。
  • 南川高志 『ローマ皇帝とその時代』 創文社、1995年。
  • 長谷川博隆 『古代ローマの政治と社会』 名古屋大学出版会、2001年。
  • M.ロストフツェフ 『ローマ帝国社会経済史』 坂口明訳、東洋経済新報社、2001年。
  • E.マイヤー 『ローマ人の国家と国家思想』 鈴木一州訳、岩波書店、1978年。