ウスマン・ダン・フォディオ

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シャイフ・ウスマン・ダン・フォディオShaihu Usman dan Fodio1754年-1817年)は、アフリカのソコト帝国の初代スルタン(在位1809年-1815年)。フラニ人ジハードを起こして近隣諸国を瞬く間に併合し、一大帝国を築き上げた。

フォディオは、ハウサ諸王国の都市国家のひとつゴビール英語版でイスラム学者の子として生まれ、成人すると教師となった。

1804年、フォディオはゴビールの町でイスラム信仰の乱れを嘆き、改革運動を起こしたものの、ゴビール王に追放された。しかし、追放された先で自らと同じフラニ人遊牧民の支持を得て、ジハードを宣言(en:Fula jihads)。ハウサ人の農民の支持も受け、ゴビールの町を手始めに、フラニ人騎兵を従えハウサ諸王国と戦い(フラニ戦争英語版, 1804年1808年)、5年間で統一し、1809年ソコトにて帝位に就いた。

その後さらにジハードは拡大し、カネム・ボルヌ帝国やヌペ、イロリンを攻略。1815年、帝位を息子のムハンマド・ベロ英語版に譲って引退し、ソコトの町で再び教師に戻り、学究生活を送ったのち、1817年没した。