イワン・レオニドフ

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イワン・レオニドフ(Ivan Leonidov 1902年2月9日 - 1959年11月6日)は、ソ連建築家都市計画家。ソ連の高等芸術学校ヴフテマス出身。

ヴフデマス入学当初は絵画の学科であったが、建築の学科に転科し、1924年創設のヴェスニン兄弟の三男アレクサンドル・ヴェスニンのスタジオへ。

1927年、抽象的な立体幾何学図形のみで構成された卒業制作の「レーニン研究所」で才能を注目され、卒業後に母校教員として採用される。こうして1927年から1930年まで、ウヴデマス建築学部で教鞭をとることとなるほか、ソ連重工業省の大規模プロジェクトに長くかかわっていた。1930年の文化宮殿計画案がスターリン主義の先駆グループである「ヴォブラ」から攻撃批判を受け、教職を辞任。

戦後は展覧会のインスタレーションなど晩年は不遇で実作の機会を得られず、アルコール依存症となり、その結果事故に遭遇し夭逝する。

代表作品[編集]

  • 図書館大学
  • 産業会館
  • マグニドゴルスク都市計画(設計競技案) 1929年
  • イズヴェスチヤ計画 1939年 - 1940年
  • 集団農場文化宮計画 1935年
  • ペレコップ英雄記念塔計画 1941年
  • クリミヤ島リゾート開発計画 1937年
  • サナトリウム付属庭園 1938年
  • 大アルテックのピオネールキャンプ地計画 1936年
  • 太陽の都計画 1957年 - 1958年

参考文献[編集]

  • レオナルド・ベネヴォロ著、横山正訳:近代都市計画の起源(SD選書)、鹿島出版会、1976
  • G.ギーデイオン著、太田実訳:時間・空間・建築、丸善、1974

関連項目[編集]