イスラム銀行

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イスラム銀行(イスラムぎんこう)は、イスラムの教義、慣行に基づいて運営される銀行のこと。ムスリム(イスラム教徒)は、リバー(利子)を取って金銭を貸すことを禁止するクルアーンの言葉に従い、シャリーア(イスラム法)において利子の取得を禁止されている。したがって、基本的に無利子の金融機関として運営される。

概要[編集]

このような業務を行う銀行が誕生したのは近代以降である。それ以前には、シャリーアにおける利子禁止規定は、ヒヤル(奸計)と呼ばれる抜け穴によって回避され、実質的には有利子金融が行われていた。クルアーンにおいて禁じられているリバーという単語を、利子一般ではなく、高利のみを指すと解釈すれば、ヨーロッパ型の金融システムを躊躇なく導入できる。にも関わらず、その方法を採用しない理由については研究者によって見解が分かれる。

無利子金融にもとづくイスラム銀行が、20世紀以降に登場・発展した理由としては、イスラム復興の運動と結びつける説がある。政治的には、イスラム主義による、イスラムにもとづく国家の樹立という運動があった。経済的には、1970年代石油危機に始まる潤沢なオイルマネーという変化があった。これらが結びつき、イスラム金融は拡大したとされる[1]

その他に、アラブの「動かす」文化と結びつける説がある。中東では古来より、“動かずにあるものは不浄”という思想がある。同様に経済についても、動かさない金銭は不浄であるため、富裕者は金銭を蓄え込まず、貧しい人に差し出すことによって社会に還流させようとする。そうしたアラブ社会の思想を根拠とする説である[2]

無利子の金融の他に、イスラム経済の特色と言える要素として、喜捨(ザカートサダカ)などがあり、イスラム銀行はそれらも背景にしている。

歴史[編集]

シャリーアに則って無利子銀行が初めて試みられたのは、1950年代パキスタンであった。このころパキスタンでは、イスラムの教義を国家運営に適用しようとする動きが強まっており、農業改善資金を無利子で貸し出す銀行が開設された。しかし、融資の希望者が多数だったのに対し、無利子で預金する者が少数だったため失敗に終わった[3]。その後、1963年ミトル・ガムス貯蓄銀行アフマド・エミル=ナガルにより設立された。この銀行は成功したが、その理由として、借り入れ希望者に少額の定期預金を義務化したことがあげられる。1~3年返済の短期ローンが中心で、この時点ではムダーラバ方式に基づいていなかった。1972年ナセル社会銀行が発足され、アンワル・アッ=サーダートは公的資金を支出してミトル・ガムス貯蓄銀行をナセル社会銀行に統合した。同行は1980年代には、預金残高は2億ドルを越え、全国に数十の代理店を有する金融機関に成長した。

1970年代以降、石油危機により生じたオイルマネーを活用して、アル=バラカ銀行ドバイ・イスラム銀行イスラム諸国会議機構の拠出によるイスラム開発銀行ファイサル・イスラム銀行タイ国イスラーム銀行などが設立された。イスラム復興の潮流に乗って、1990年代までにイスラム圏のみならず世界中に広まった。銀行・金融会社などを含め、無利子を標榜している銀行や投資会社は全世界に200以上あり、総資産は1160億ドル(95年ベース)、年率15~20%で成長している。

イスラム銀行は、当初は国際金融システムの中で特異な金融機関と見られがちであったが、国際通貨基金 (IMF) が公認する銀行システムのひとつとなっている。

業務[編集]

イスラムでは利子は否定されるが、利潤は認可され、推奨される。ゆえにイスラム銀行は、シャリーアの認める範囲内で利潤を最大限追求し、現代資本主義の世界に適用することを目指す。

イスラム銀行は、シャリーアと金融の知識を備えた法学者であるウラマーからなるシャリーア評議会を持ち、評議会の勧告に従って金融活動を行う。法学者にはファトワを発する資格が必要とされる[4]。実際の運営においては、シャリーア評議会も柔軟な解釈を行っており、ほとんど他の銀行と異ならない業務を行う場合もある。

イスラム銀行は、以下のようなシャリーア上の商業・金融契約の制度を援用し、利子を獲得することなく利潤をあげ、一般の預金者を含む出資者に還元する。

出資型[編集]

利率を事前に定めることなく、事業から利潤が得られてはじめて出資者にそれを還元する。株式投資信託に類似する。

ムダーラバ
ムダーラバ (mudāraba) は、出資者(ムダーリブ、 mudārib )が、信頼すべき商才や手腕の持ち主と認めた事業家(ダーリブ、 dārib )に資本を全額出資するパートナーシップ契約を指す。すべてのイスラム金融の基本となる契約形態で、イスラム銀行以前から広く行われている。ただし、ムダーラバ契約のみでは、複雑化する西洋型を中心とする現在の経済・金融には対応できない。また、個人の小口預金者にはハイリスク・ハイリターンな契約を結ぶことは不可能である。そこで、銀行の介在する「二重のムダーラバ関係」などが登場することになる。
ムシャーラカ
ムシャーラカ (mushāraka) は、資本の出資者と労働を提供する事業家が共同出資により事業の共同経営を行い、生じた利益を契約時に決められた比率によって、もしくは損失が生じれば出資比率に応じて、それぞれ配分する契約形態である。イスラム銀行においては、銀行と企業・個人の出資者が共同資本をつくり、出資者全員が経営に関わることを前提として運用される。ムシャーラカの特徴は、資金の提供者もまた事業の組織や経営に参画し、事業主も一定の支出をするところにあり、発言権は概ね出資比率に準ずる。ムダーラバでは資金提供先の選択が限定的になる傾向があったのに比べ、相手方も一定の出資力があることを前提とするムシャーラカでは、その傾向がある程度は緩和されることが期待される。

掛け売り型[編集]

代金の後払い・分割払いによるものである。西洋型の販売信用と異なり、返済が遅れても延滞利息は請求できない。

ムラーバハ
ムラーバハ (murābaha) とは、ある財を、購入した際の原価よりも高い代金によって転売する形態の売買を指す。購入者が、原価と代金の差額を了解し、差額を転売者の売却益として納得した上で契約が結ばれることを前提とする。イスラム銀行ではこのシャリーアの制度を利用し、設備・備品を希望する顧客に代わって購入し、顧客に渡す。このとき、「手数料」を上乗せして分割払いあるいは後払いとする。こうすることによって、銀行は利子ではなく、売却益として顧客から利益を受ける。

賃貸型[編集]

出資者が自ら商品や不動産などを購入して、顧客に賃貸する。

イジャーラ
イジャーラ (ijāra) は、賃貸借契約を意味し、西欧型経済におけるリースに相当する。シャリーアにおいては、物件に対する所有権は、その物を所有し最終的に処分する権利(ラカバ (raqaba) 、所有権)と、その物を利用しそこから得られる利益を独占する権利(マンファア (manfa'a) 、用益権)の2つから成り立つと考えられており、イジャーラ契約とは所有者である賃貸者から賃借者への用益権の移転である。イスラム銀行においては、顧客の求めに応じて銀行が設備等を購入し、顧客に賃貸して使用料を取るリースとして運用される。売り切りとリースの違いが、ムラーバハとイジャーラの違いと言える。
イジャーラ・ワ・イクティーナ
顧客に賃貸して使用料を取るまではイジャーラと同じであるが、顧客は、銀行に口座を開設して積立てる、いわば「リース購入」である。この積み立ての積算が、購入代金プラス手数料(コミッション)の額となったところで、当該物件の用益権に加えて所有権が顧客に移る。この場合も、コミッションは売却益であって利子ではない。この方式の特徴は、開設した口座が当座勘定ではなく投資勘定として開設され、積み立てる間の投資の配当が、顧客の収入になる点にある。
カルド・ハサン
カルド (qard) は、借主が貸主の所有物を消費した上で、同種同等の物を貸主に返還する貸借契約のことで、「消費貸借」とも訳される。カルドがシャリーアに照らして合法となるには、返還される物件が、借りた物とまったく同種・同等でなければならず、貸主が貸し出しによって利得を得てはならない。このような合法と見なされるカルドのことを、カルド・ハサン (qard al-hasan) と言う。
イスラム銀行においては、人道的な無利子ローンとして活用される。この契約においては、借主はあらかじめ定められた期間内で貸主に返済する。金融機関によっては一定額の手数料を徴収するところもあり、この手数料は金額に連動したり、期間に随伴したりすることはない。定額の手数料は定額の報酬に通じ、定額の報酬は定率の利子に通じるため、カルド・ハサンは完全に人道的にゼロ・コミッションでおこなうべきという主張もある。手数料の問題に限らずイスラムの無利子金融の具体的あり方については、ウラマーの間でも統一見解がない。

有利子金融との接点[編集]

現代の世界金融市場の主役の一つとなっているヘッジファンドや、先物取引のような金融システムは、イスラムにおいては基本的に認められない。2007年に世界金融危機が起きた当初は、西欧型の国際金融市場から距離を置くイスラム銀行には悪影響は少ないという予想が多かった。しかし、影響は予想以上に大きく、現時点ではイスラム金融市場も世界金融市場から独立してないことが明らかとなった[5]

かつてアル=バラカ・グループは西洋型金融の中心地であるロンドンの金融街にも進出していたが、撤退した。ただし逆に西洋系の銀行の中にも、イスラム圏においてムスリム向けの無利子金融商品を提供したり、イスラム銀行を子会社に持つ試みがなされはじめている。

中東・東南アジア以外への伝播[編集]

前節まで主として扱って来たのは中東諸国、および最大のムスリム人口を持つ東南アジアのイスラム無利子金融であった。ここでは諸地域への伝播について扱う。

地域別に見ると、1980年代には既にギニアリベリアニジェール南アフリカにまでイスラム金融機関が進出を遂げており、1996年にはデンマークジブチでも登場している。ソヴィエト連邦の支配から脱した中央アジア諸国は空白地帯であり、中東・東南アジアのイスラム金融機関に対する関心と期待が寄せられているという。

また、無利子銀行のムダーラバやムシャーラカといった貸付方式は、経済的インフラの僅少な地域で長期的な視野で経済を立ち上げることに適しているという指摘もある。実際、スーダンでは8行ものイスラム銀行が営業し、経済開発に大きく関わっている。仮に事業が失敗しても、借りた者が多重債務を背負い込まないこのシステムは、資本を持たない者が事業を起こすのに適している。

将来の展望[編集]

ムスリムによる将来展望[編集]

イスラム圏の大規模な企業組織では、内部に、企業の行動をシャリーアと照らして検討するための諮問委員会を持っている例がある。そうした場での議論では、長い時間をかければ、無利子経済が有利子経済を駆逐していくだろうという考えがある。たとえばパキスタンの研究者である Hussein Mullick は、無利子銀行が資本主義の搾取システムを止め、貯蓄家を資本家に変えてゆき、経済を活性化する点などから「無利子銀行制度が西洋の銀行制度に勝ることはあまりに明らかである」と述べている。

非ムスリムによる将来展望[編集]

宗教的情熱のみでは無利子システムの維持は困難であり、無利子金融機関は有利子金融の利子と同程度か、それに遜色ない業績をあげることが必要とされる。根拠としては、パキスタンでの無利子銀行の試みの挫折や、国庫から資金を入れたナセル社会銀行の成功、その後の発展はオイルマネーによる点があげられている。石油で潤った富裕者は、イスラム銀行に多額の無配当預金をしている。彼らがこうした行動に出るのは、ザカートに代表されるイスラム社会の互助的環境のゆえであり、これらが中東の無利子銀行の成長を支える一因でもある。

出典・脚注[編集]

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  1. ^ 加藤『イスラム経済論』 p35
  2. ^ 片倉もとこ『「移動文化」考』
  3. ^ 石田「イスラーム無利子金融の理論と実際」 p134
  4. ^ 加藤『イスラム経済論』 p72
  5. ^ 加藤『イスラム経済論』 p44

参考文献[編集]

  • 石田進 「イスラーム無利子金融の理論と実際」『人々のイスラーム その学際的研究』 片倉もとこ編、日本放送出版協会、1987年。
  • 石田進 「イスラーム無利子金融の動向」『現状イスラム経済‐中東ビジネスのすすめ‐』 武藤幸治・石田進・田中民之、日本貿易振興会、1988年。
  • イスラム金融検討会編著 『イスラム金融 仕組みと動向』 日本経済新聞出版社、2008年。
  • 片倉もとこ 『「移動文化」考 イスラームの世界をたずねて』 日本経済新聞社、1995年。
  • 加藤博 『イスラム経済論』 書籍工房早山、2010年。
  • 長岡慎介 『現代イスラーム金融論』 名古屋大学出版会、2011年。
  • ムハンマド・バーキルッ=サドル 『イスラーム経済論』 黒田寿郎訳、未知谷、1993年。
  • ムハンマド・バーキルッ=サドル 『無利子銀行論』 黒田寿郎・岩井聡訳、未知谷、1994年。
  • マクシム・ロダンソン 『イスラームと資本主義』 山内永訳、岩波書店、1978年。
  • MULLICK, Hussein 『パキスタンにおけるイスラム化経済の出現‐その起源、最近の諸手段、成功の見込み、回教世界に及ぼす影響‐』 日本経済調査協議会、1982年。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]